20話 強情なゴブリンどもと遭遇したら、竜巻で脅かしてみよう。
先日、馬車を購入した。これまで移動時は馬を使っていたが、4人が馬上では、道中で話し合いするのが難しい。
そこで、レイはリーダーとして、馬車を購入することにしたのだ。
古代神殿ルマへも、この馬車で向かうことになった。
「まぁ。正しくは、古代神殿ルマの近くにいる、ゴブリンの群れだが」
ラプソディが瞳を輝かせる。
「ねぇ、レイ。ついでに、古代神殿ルマに足を運んでもいいわよね?」
「〈守護獣〉と戦うつもりか? 却下。あまり勝手なことをすると、冒険者ギルドをクビになるぞ」
「けど、〈守護獣〉を倒してあげたら、感謝されるでしょう?」
「そう単純な話ではないぞ。ルマの探索パーティは、もう組まれているんだからな。ここで、ラプソディが〈守護獣〉を倒してしまったら、連中の面子を潰すことになる」
「ふうん。人間というものは、面倒なのね」
「これでも、冒険者ギルドはマシなほうだよ」
レイは、不貞腐れたラプソディの横顔を見ながら、考える。
(それに、さすがのラプソディでも、〈守護獣〉が相手では苦戦を強いられるだろう。おれが、もっと強くなれば、ラプソディをサポートできる。そのときなら、〈守護獣〉と戦うのも有りだ)
その夜は、野営した。
翌日の昼頃。古代神殿ルマから3キロの地点で、ゴブリンたちの群れを見つけた。
大草原に、複数の天幕を張り、居座っている。
ゴブリン側も、馬車に気づいたようだ。馬車には、冒険者ギルドの紋章が描いてある。よって、こちらが何者かも分かっただろう。
ゴブリンの数体が、徒歩でやって来る。
レイとリガロンが馬車から出た。ラプソディとハニは、ひとまず馬車内で留守番だ。
それを指示したのは、リーダーのレイ。2つの理由があった。
1つ目の理由は、交戦を避けるため。ラプソディとハニは、好戦的。ちょっとしたキッカケで、交渉に来たゴブリンを殺してしまう懸念がある。
2つ目の理由は、リガロンのほうが、交渉を進めるのに有効だからだ。というのも、一般的にゴブリンは、リザードマンを恐れている。
交渉に来たのは、4体。
ゴブリンは通常、人間の子供くらいの大きさだ。
しかし4体のうち、1体だけはレイくらいの身長があった。
ゴブリンの上位種である、ホブゴブリンだ。
ホブゴブリンは図体だけではなく、知性もゴブリンに比べて高い。コイツが、ゴブリンの群れの、リーダーだろう。
レイは名乗った。
「おれは冒険者ギルドから派遣された、戦士のレイだ。悪いんだが、この地から立ち去ってもらえるか? すぐにとは言わない。そうだな、今週中に移動してくれ」
古代神殿ルマの探索パーティが来るのは、まだ3か月も先だ。急ぐことはない。
というより、急がせると、ゴブリンたちが暴れ出しかねない。
ホブゴブリンが答えた。
「冒険者ギルドの旦那、聞いてくんな。あっしも、群れを移動させたいのは山々なんだ」
「移動できない理由でもあるのか?」
ホブゴブリンは、本当に困った様子だ。
「呼ばれちまったものは、しょうがねぇわけで」
「呼ばれた? 誰にだ?」
ホブゴブリンに命じることができるのは、オークくらいだ。オークが、このゴブリンの群れを率いているのだとしたら、厄介なことになる。
というのも、オークは交渉できるような種族ではない。奴らの頭の中にあるのは、略奪や暴力だけ。
しかし、事態はレイの推測よりも、深刻だった。
ホブゴブリンが答える。
「古代神殿ルマにでさ」
レイは、すぐには理解できなかった。
「……まて。つまり、古代神殿ルマが、お前たちを呼んだといのうか?」
「へい。まぁ、正確には古代神殿ルマの〈守護獣〉が、ということになるんでしょうがね」
「……詳しく話してもらおうか?」
ホブゴブリンが話すには、こういうことだった。
何日か前の夜、群れのゴブリン全員が、ある夢を見た。
古代神殿ルマと、そこにいる〈守護獣〉の夢だ。
〈守護獣〉は、ゴブリンたちに手招きしたという。
「それで、『呼ばれたのだ』と解釈したわけか」
「へい」
このホブゴブリンは、真実を口にしているだろう。
レイは呻いた。
〈守護獣〉は、探索パーティが来ることを知ったのだろうか。そして、探索パーティへの障害とするため、ゴブリンの群れを呼びつけたのか。
(だとしたら、呼び寄せられるのは、ゴブリンだけでは済まないかもしれないぞ)
レイは改めて、厳しい口調で言った。
「お前たちゴブリンが、この一帯にいては困る。立ち退いてもらえないのなら、実力行使に出るしかないが?」
ホブゴブリンは、馬車のほうをチラッと見た。幌がかかっているので、ラプソディたちの姿は見えない。
「何人いるんで?」
「こっちのパーティか? 4人だ。しかし、忠告しておこう。1万の軍勢と思ったほうがいいぞ」
ホブゴブリンは、ただのハッタリと解釈したようだ。
「あっしらは、冒険者より、〈守護獣〉のほうが恐ろしいんでね」
「……交渉決裂か」
交渉役のホブゴブリンたちが、群れへと駆け戻っていく。
群れのゴブリンたちは、すでに戦闘準備を整えていた。鎧を着て、武器を持っている。
レイは溜息をついた。
ゴブリンたちも気の毒ではある。古代神殿の〈守護獣〉に呼ばれたら、来ないわけにはいかないだろう。
だが、こちらも大事なクエストだ。
レイは馬車に戻った。
「ラプソディ。頼めるか」
ラプソディは、嬉しそうに言う。
「出番ね。殲滅に張り切るわ」
「いや、殲滅に張り切らなくていい。というより、あまり死者は出したくない」
「あら、そうなの。残念」
「こうしてくれ。初めは、ゴブリンの群れの外側に、〈トルネード〉を出してみてくれ。それでゴブリンたちが逃げてくれればいい。だが、それでも立ち向かってくるようなら、群れを竜巻で吹き飛ばしていい」
ラプソディは微笑んだ。
「レイは優しいのね」
レイは首を捻った。
「そうか?」
馬車から出るなり、ラプソディは詠唱省略で、〈トルネード〉を発動。
天まで届きそうな竜巻が、ゴブリンの群れの少し先に、出現した。
盗賊団〈斬〉を壊滅させた、竜巻である。
ラプソディが竜巻を操って、じりじりとゴブリンの群れへと近づける。ゴブリンたちは、パニックに陥った。武器を投げ捨て、恐怖の悲鳴を上げる。
先ほどのホブゴブリンが、慌てふためき、単身で駆けて来た。
レイは、両手剣の柄に手をかけつつ、ホブゴブリンを迎えた。
「どうした、顔色が悪いぞ」
「冒険者の旦那! 承知しやした! あっしらは、すぐにここから立ち去りやす! だから、竜巻を消してくださせぇ! このままじゃ、全滅しちまう!」
「立ち去るのは、この草原からだけじゃないぞ。古代神殿ルマから、最低でも20キロは離れてもらおう。そして、もう戻ってくるな。どんなに〈守護獣〉に呼ばれようともだ。もしも、戻ってきたら──」
レイは竜巻を指さす。
「次は、お前たちの群れの中心に、竜巻が出現すると思え」
ホブゴブリンは、レイの条件を呑んだ。
「約束しやす! 母の命にかけて、守ります! ですから、旦那、竜巻を!」
竜巻は、もうゴブリンの群れから、数メートルの距離だ。すでに30体ほどのゴブリンが、突風に巻かれて、吹き飛ばされている。天幕などは、とっくに空の彼方だ。
(まずい。このままじゃ、本当に、ゴブリンの群れが全滅しかねない)
レイは慌てて、ラプソディに向かって、手を振った。
レイの合図によって、竜巻が消える。
殲滅系魔法の〈トルネード〉は、やはり恐ろしい魔法である。しかし、ラプソディは以前、言ったものだ。
「殲滅系の中では、〈トルネード〉なんて可愛いものよ。いつか、レイに〈アステロイド〉を見せてあげるわね」
ちなみに、小惑星を落とす〈アステロイド〉を使うと、一国が普通に滅びるそうだ。
(おれの使命は、ラプソディに〈アステロイド〉を使わせないこともかもしれないぞ)
レイは固く決意したものだった。




