誰にも苦手な事があるのです。
先輩達が慌てて掃除するのを見ながら
「魔法で掃除すればいいだろ」
言いながらテーブルに手をぱんと音を立てるようにして置いて滴り落ちる血や脂を綺麗にする。
「むう、やはりファロード君は生活魔法をかなり密接に扱う事が出来るんだね」
「いや、普通は生活するうえで使うだろ……」
呆れて云うも、誰もの視線がさっと反らされる。
どういった意味だよとシエル先生を睨めば
「あのね、ウィスタリア魔導学園に通うのは知っての通り貴族の子供が多いの。
掃除なんかの生活魔法だって使う事のないまま育つの。
もしくはそんな魔法を知らないまま育つの」
前半は三年に向けて、そして後半は二年に向けての視線でそれだけで簡単に彼らの身の上が理解できてしまう。
「知らないんじゃともかく随分甘やかされてきたなって言うか、させてもらえないからってできないって言い訳にはならないだろ?」
「そう言えるのは大きくなって何もできない状態に初めて気付いた時に言われる言葉だよ」
「そう言うもんかねぇ?
レイに言わさせると優しい虐待って言うはずだぜ。
誰にでもできる簡単な事すらさせずに出来ないまま育つなんて嫌がらせと言うには意地が悪い。
親切だろうが何だろうが結果何もできないまま大人になるってのは問題だと思うぜ?」
言いながら俺は机の上に置かれたままのワイルドボアを捌いて行く。
内臓を落して首を落して皮をはいで血を押し出すようにして血抜きをする。
ある程度血抜きをしておいてくれたせいかあまり血は出なかったがそれでも普段からのくせでぐいぐいと押しながら可能な限り血を抜き、空っぽの腹を綺麗にする。
「って言うか、何でファロード君はサクサク解体するのかな?
みんなの勉強にならないじゃない」
「夜はミストの事で集まれって言われるからな。
何かこいつを捌いて食べるとなると夜になりそうな予感がするから」
「良く判っている事で」
フレイが呆れながらも正解と言う様に呆れて見せるが
「とりあえず部位ごとにばらしに行くぞ」
「あー、もう!
いい皆、これが大体正しい解体の仕方よ!
今回はちゃんと見て学んで!
やり方知ってても上級者のやり方と自分のやり方の差を理解して!
手順は教える人の数だけあるけど、血を抜く、内臓を取り除く、頭を取り除いて皮をはぐの手順だよ!
場合によっては頭付けてとかあるけど基本のやり方は同じだから。
臓物で肉を汚染しないように気を付けるのよ!
買取価格叩かれなかったらファロ君の見本をちゃんと見よう見まねで覚えるのよ!」
「手と足の皮さえ先にはずせば後は力技で皮は剥がせる。
部位の外し方はファロードの剣をよく見ろ。
ちゃんと骨と骨の合間に切っ先を当てて一気に押し込む」
フレイの説明に関節を断ち切る音が響く中誰もが息を飲んで黙って見ていた。
「で、骨が外れた所で肉を切る。
骨を切るのは力が要るが、こればかりは慣れろ」
身も蓋もない説明だがそれ以外言い様がないので黙々と切る。
ただし机の上で大の字になってるワイルドボアの半分だけ。
「で、完成」
額や首筋の汗を袖で簡単に拭えば誰もが何で?と言う顔をしている。
だけどシエルやフレイには当然と言う顔をして
「綺麗な見本が半分で来た所で後はみんなでやるよ~」
シエルの間の抜けた声に「ええー?!」と誰もが叫ぶ。
「じゃあ俺は約束の時間があるから、授業料としてこの肩の所貰います」
「ぐふっ、一番いい所を……
だけど一番働いたのはファロ君だから持って行けドロボー!」
「まいどー」
フレイが持っていくのならと渡してくれたさらしを巻いて油紙で包む。
「いいか、さらしで巻いて肉の水分を吸い取る。
保存が長くなればさらしを何度も取り換える様に。
カビが湧いてすぐ腐って行くぞ。
持ち運びには見ての通りその上から油紙包んで肉汁がしたたり落ちないようにする。
氷魔法が使えるのなら氷らすのも一つの手だ」
覚えておけとフレイの声を聞きながら俺は
「凍らすなら食べやすいように切ってから凍らす事をお勧めするぜ」
と言って帰り支度をしていれば
「ファロードだったな。
今日は助かった。
このクラブは休みの前の二日をミーティングと買い出しに充てる。
よかったらクラブに入ってくれる事を楽しみにして待ってる」
「ええと……」
「三年のエリックだ」
「そうそう、エリックね……」
「ひょっとして名前覚えるの苦手とか?」
「わりと」
誤魔化すようににっこりと笑って半眼の先輩をみれば
「まぁ、誰にも欠点はあるが……
せめて俺達の名前を覚えてくれ。
赤毛のエリック、のっぽのクレマン、メガネのドニス、喪女のジブリル。
二年は金のレオ、ロンゲのエドガー……」
少しだけ最後の一人を眉間に皺を寄せながら
「チビのポーターだ」
「パシリ、引きこもり、デブを言わなかった事シエルは誉めるけどね」
苦肉の策なのは誰もがポーターを見て納得するのを見るが本人さえ恥ずかしそうにしているものの他に特徴がないので頷いていた。
「エリックはシエルよりもっと略したな。そしていくらなんでも酷い……」
フレイさえ憐れんでしまう中
「まぁ、特徴さえ覚えればそのうち名前も関連づけて覚えれるさ。
フレイは酷いと言うがそれは俺達の責任もある、特にジブリル。
お前はもうちょっと年相応におしゃれをしろ」
「おしゃれって人の好みを押し付けられるものじゃないと思うんだけど。
私はその時間を趣味の時間に費やしてるだけです!」
猫ならば毛を逆立てての攻撃態勢、でもちょっと逃げ腰な様子だが
「まぁ、人それぞれに価値観は違うからな」
「だけどね、先生だっていくらなんでも髪位は切ろうって言いたいよ。
入学以来切ってないでしょ?
毛先がひどい事になってるよ?」
「うう、美容院に行くお金で欲しい本が買えるんだからどっちが重要かなんて決まってるじゃない……」
「って言うかさ、髪位自分できればいいだろ……」
思わず呆れて云えばくるりと尊敬のまなざしで見上げられてしまう。
「だったらファロ君切ってあげなさいよ」
シエルは言うが
「悪いが、今日はぼちぼち帰りたいし、肉も傷まないうちに保冷庫に片づけたいんだ」
「じゃあ、別の日で……」
ぽつりと零した声にジブリルは真っ赤になった。
さすがに自分でもあまり見目が良くない事を理解しているようで、恥ずかしそうに長い髪をもじもじと指先で弄りだしていた。
なんとなく自分の外見にあまり興味がないような人だけど、ただそれ以上に大切な事があって打ち込んでいるだけの姿に俺は溜息を零し
「今度来た時だ。
ただし俺だって素人だし自分の髪位しか切った事ないから文句は言うなよ」
「ええ?!ファロ君は自分で切ってるんですか?!」
何故かシエル同様ファロ君呼びにされてしまったがまあいいと溜息を零し
「人よりも魔物の多い地域だ。
さっきの話しじゃないが自分で出来る事は自分でやる。
たまたまその中に自分の身なりの世話もあったって言うだけの話しだ」
なるほどと頷くジブリルはくいっと顔を上げて
「よかったらジビーって呼んで。
名前覚えるの苦手ならその方が覚えやすいと思うから」
「お?それは助かる」
言いながら玄関へと向かう。
「じゃあ今度は三日後だな?」
「え?ああ、まってる!
後ここではシエルもフレイも先生って言うよりギルドの仲間だから呼び捨てにする事がギルドのルールだ!」
「りょーかい、じゃあ悪いが先帰らせてもらうな」
「ああ、予定も聞かれずにいきなり連れてこられたのに付き合ってもらって悪かったな」
「まぁ、シエルに巻き込まれた口なら仕方ないって思うだろフレイ?」
わざと呼び捨てれば驚いた瞳が笑いだす。
じゃあまた明日と担任に言いながら暗くなりだした街を駆け抜けて寮へと駆け足で戻るのだった。




