水底の庭園
結局一日ミストへの好奇心を隠さない視線が止む事は無く一日が終わる。
誰もミストを認識しない時もあったが、逆に他の教室からもわざわざ見に来てこうもあからさまに注目を浴びるともはや嫌がらせの域だとクラスの連中ですら思うのだった。
帰り際にフレイ先生が
「朝話せればよかったのだが皆ももう知っての通りモリエール・シャトルーズが家の都合で退学となった。
急な話になって色々な憶測が飛んでいるようだが、旧ロンサール国との事でシャトルーズ家の事情はみんな知っていると思うだろう。
その調停役としてモリエールが向かう事になった。
色々なうわさが飛び交っているようだが、それをミストローゼに歪曲した話を作りだして語らせるのはウィスタリア魔導学園の生徒としてはあるまじき行為。
このような浮き足立った状況で問題が起きれば容赦なく減点対象だ」
生徒と視線を合わせず書類を見ながら感情を隠して淡々と話しフレイ先生にドアの入り口でにこにことしているシエル先生もそうだと言う様にうんうんと頷いている。
「では、本日は解散」
そんな当たり障りのない説明で誰もが納得しないものの、裁縫道具を片付けたミストは今日一日で疲れ切った顔をしていた。
この空気に辟易してクラブ活動に真っ先に向おうとしていた男子クラスメイトがドアを開けた所でたたらをふんだ。
そこにはこの学年のカラーと違うカラーのリボンを身に着ける生徒達がそろっていたのだから驚くのは当然だ。
「ミストローゼ様はまだおいででしょうか?」
鈴を転がすような涼やかな声にその男子は顔を真っ赤にしてミストを指さして
「シャトルーズ様、お客様がお見えです!」
あまり親しくはないと言わんばかりに家名を大声で呼べば、まだほぼ全員残っている教室は入口とミストへと集中して視線が集まった。
だけど訪問してきた女生徒が
「ミストローゼ様、昨日の事でお話が。
あとエクルーラ様も同じ教室でしたのね!
この後時間があればよろしければお茶をいたしませんか?」
やましい事はないと言う様に言えば
「オディール・プリドール、大声で話さないの。
淑女がはしたないぞ?」
シエル先生が話なら教室に入ってしなさいと進める彼女はありがとうございますと微笑んで、優雅な足取りで何人かのとりまきかなんかを連れてやってきた。
何やらもじもじとした仕種で連れと視線を交わした後ミストと視線を合わすかのように机に手を置いて
「昨日見せてもらった刺繍ですが、他の作品でも作りかけでも構いません。
どうか今一度見る事は可能でしょうか?!」
うっとりとした視線で興奮を隠さない口調でミストに詰め寄っていた。
息を潜めて耳を傾けていた一部のクラスメイトは「はあ?!」なんて顔であからさまにミスト達を見る事になった。
「昨日のハンカチですら小作品と申してましたから、まだほかにも作品をお持ちでしょう?」
「え?あ、はい。
寮に戻れば……」
「寮ですって……」
「今年の一年生はグラナート寮です」
「オディール様エスコラ寮から一番遠い寮になります」
「でしたら早くいかなくては門限に間に合いませんね!」
さあ行きましょう!エクルーラ様もご一緒にとミストとエクルの手を引いて全員駆け足で去って行くのを俺達は黙って見送る事にした。
と言うか、声が掛けられなかった。
声を掛けるのもはばかれると言うか、なんか異様な雰囲気が怖かったと言うか二人とも理解できないまま連れ去られたというか……
「あの二人大丈夫か?」
思わず心配気にいつの間にか校舎から脱出して寮へと向かって走って行く一団を見守るも
「まぁ、エクルが居るって事は大丈夫だろう……」
心配げなヒューイの声に何の不安があるのかと視線で促せば
「あのメンバーは全員水精の巫女の候補だ。
バーツとショーンはすぐミストを追いかけろ。
何か言われたら接待役と護衛役で通せ。
あと先輩含めた全員で夕食を取れるように個室のキープだ」
ヒューイの指示に昨日までミスト妹の犬だった二人はあまりの嵐の出来事に着いて行けなかった事を今頃理解してヒューイに頭を下げて追いかける様に駆けて行った。
「そしてハイネは一度シャトルーズに戻ってモリエール様の事を聞いて来い。
ミストに少しでも気を楽にしてやれ」
こちらは小声で俺にもやっと聞こえる声で告げていた。
黙って頷いてから教室を後にしたハイネに「後でなー」と声を掛けておく。
「というか、週末の休みの間に何でこんな事になったんだ……」
「だよな。出かける前はすげー楽しそうにしてたのに」
俺もヒューイも帰り支度をしていればヒューイはクラブに行くと言うから教室を出た所で別れれば……
「やあファロード君。
君はこれからどこに行こうとしているのかな?」
視界の外からシエル先生が気配もなく声を掛けてきた……
驚く心臓をなだめながら
「小さくて見えなかった」
「はっはっはー。それはシエル先生が可愛いって事だね?」
軽く地雷を踏んだようで俺はそっと視線を外せば、何も見ていないと言う顔でフレイ先生は黙って聞こえないふりをしていた。
「先生と一緒に実践上級魔導クラブに行こうね!
今日は新二年生を連れてギルド水底の庭園に行くよ!」
「ギルドって、学生の内は登録できないんじゃなかったっけ?」
言えばちっちっと舌打ちをしながら違うと言うシエル先生は腰に手を当て胸を張って
「水底の庭園は学園とギルド連盟公認の唯一学生が堂々とギルド登録できる所なのだよ。
ギルドの長はこのシエル先生で副ギルドと補佐をフレイ先生がやってるのだよ」
マジかと言う様にフレイ先生を見ればものすごくいやいやそうに頷いていた。
「本来魔物と戦うに当たり一通りの知識を得た2年生から受け付けているのだが、学園長と話した所お前の場合は実戦で覚えた方が早いだろうって言う事になった。
まぁ、プライベートから見張ろうって事だよ。
お前アホほど上級魔法を使い過ぎたんだよ」
白い目で見られる俺はやっちまった感半端ないのは理解していたが、それでも解せん。
「今日は三年生と二年生との顔合わせにするつもりでギルドに集めてるんだ」
「で、俺が参加するのは強制なのかよ」
「当然。
君は既に学校の先生達でも手に負えない魔法をバンバン打って騎士団からも目を付けられてる要注意人物だよ?
素直に先生のギルドに参加した方が後々楽だよ?
学校卒業と同時に先生のギルドからは脱退してもらって他のギルドに入ってもらうのも可能だし、先生のギルドは一応Aクラスだから引く手数多だよ」
「この学校は騎士団に勧誘したいのかギルドに勧誘したいのかどっちなんだよ」
思わず呆れてしまうも
「全員が全員騎士団向けじゃない事は当然わかるよね?
先生は選択肢の一つとしてギルドがあっても良いと思うの。
ギルドだって食い扶持減らす為に何の知識のない子供をよこされて死んでもらうよりも、その知識でそう言った子供達の指針になるような人を招き入れたい、もしくは高位ランクの任務をこなせる人材が欲しいってのも当然ある。
亀裂の入りやすいギルドと騎士団の梯になるような存在も欲しいしね?
ま、とりあえずお試しでおいでよ」
「お試しね……」
そう言って校門まで連れてこられれば三人の二年生がそこに待機していた。
シエルの言うとおり騎士とはかなり縁遠そうなガラの悪そうな三人だったが
「やあ、レオ君エドガー君ポーター君お待たせ。
そしてこっちは一年生の今話題のファロード君だよ」
「シエル、一年を連れて来るなんてどういう事だよ」
校門にもたれて俺を値踏みする目つきの悪い視線のレオと紹介された男にシエルは
「それは簡単な事だ。
君達三人が束になっても瞬殺できるファロード君を学園は見逃す事が出来ないからね」
「つまり、シエルは俺らよりそいつの方が強いって言うんだ?」
「そうだよ。
ひょっとしたら先生より強いかも?
先生が勝てるとしたら多分ファロード君より多い経験値が運を呼ぶかどうかぐらいだよ」
三人は少し驚きの顔をしたかと思うも
「けどそいつ一年だろ?」
「頭の方はちょっと怪しいけど、実践なら君達も良く知るフィーラルーゼ・シュヴァインフルト隊長より上だよ」
三人の息を飲む音が聞こえる。
その音に妙に不釣り合いな穏やかな口調のシエルはさあギルドハウスに行こうと足を進めれば、俺達の後ろを三人が黙ってついてきた。
学校から離れて商店街へさしかかる一番外れの一軒の二階建ての家の前にシエルは足を止めた。
「ここが水底の庭園のギルドハウスだ!
ちなみにシエル先生の私財だから大切に使ってね」
「先生金持ってるなー」
思わず感心してしまうも
「ふっふっふー、学校の給料ははした金だけど、冒険者の収入は家ぐらいちょちょいのちょいで買えちゃうくらいシエルは裕福な生活をしているのだよ?
ちなみにシエルのお家は別の所に在るからここは本当に実践上級魔導クラブの為に用立てた家なんだ」
ふーんと思うも後ろの三人の喉がゴクリとなる音に思わずチラリと三人を見てしまう。
「な、なぁシエル。
冒険者になると本当に家ぐらい買えるのかよ?」
ポーターの呟きに
「そうだねえ。Cクラスなら中古の家ぐらい買えるし、Bクラスになれば確実にそれぐらいの収入にはなるよ」
「俺は……」
「とりあえず2年。
この二年でCクラスまで上げて卒業してもらうからそこからは自分の責任だ」
「二年でCクラス……」
同じように呟くレオに
「去年もその前もその前もずっと立ち上げた時から実践上級魔導クラブに所属してくれた子にはそこまで底上げして送り出しているのがシエルの自慢だ。
可能性のある子をシエルはちゃんとシエルの目で見て厳選して選んだんだから、学校の授業についていけなくてもその内容を理解できるぐらい鍛えてあげるよ」
さあ、三年生を紹介してあげるとドアを開けて入って行くシエルに二年生の先輩方は何か覚悟したように足を進めてギルドハウスに入って行くのを俺とフレイは見守っていた。
「まぁ、お前には既にそこまでの実力があるからシエルの言葉に心が揺れる事はないだろうが、このクラブにはお前の足りない一般常識が山ほどある。
それを教えるよりも実践で学ぶ場だと思えばお前には理解しやすいだろ?」
「まぁ、そうかもしれないけど……
何か何気に馬鹿にされてる気がするんだが?」
「それがわかるくらいには賢くて先生は安心したよ」
釈然としない言葉を残してギルドハウスに向かうフレイの背中を睨みつけ、中から新人を迎え入れる三年の喜びの悲鳴に俺も足を向けるのだったが、視線が校章のカラーを見て何でと言う。
さっきまで湧き上がっていた悲鳴が一瞬にして俺の存在で止まるも
「シエル、フレイこの一年ってなんだ?」
当然のように疑問を抱く三年だったが
「こいつだよ!シュトルムカイザーって言う騎士団も早々使えねーって言う風魔法使ってた一年!
だったよな?」
何故か俺に問うも、俺は確かに使ったからとコクンと頷けば
「これが噂の奴かw」
「訓練場破壊したって奴w」
「生徒会長も口を閉ざして呆然とさせてたって子!」
「そんで騎士団に連行されたってあれか!」
「されてないけど……」
思わずなんだその噂話はと思う中チーム二年生は沈黙していた。
「三年どもおちつけー」
フレイ先生のやる気のない声が響くも
「とりあえず自己紹介しえるがちゃっちゃとやっちゃうね!
三年生の赤髪のエリック、長身のクレマン、メガネがドニス、紅一点がジブリル。
二年生のお馬鹿三人組で有名な金髪のレオ君、ロンゲのエドガー君パシリその他でひきこもってたポーター君」
「シエル、さすがにその紹介は酷いぞ」
「いやいや、彼の境遇を理解して打開するには必要な事だよ?
おかげでレオ君とエドガー君と言う友達が出来たじゃないか」
とどうでもよさ気にさらりとかわしながら
「そして今年は異例だけどみんなも噂で知ってるかも知れないファロード君だぁ。
ディヴィール村という超辺境の村からやって来た一般常識の欠けた子だから面倒見てあげてね!」
どんな紹介だと思うも二年、三年も先輩方は残念そうな目で俺を見て
「ディヴィール村というと旧ブルトランとプリスティアの二国の国境に触れる村ですね。
人口300人にも満たない村ですが、いくつもの山々を取り込む面積だけは王都以上に広い村でしたね」
三年のメガネが懇切丁寧に説明してくれるも全員が呆れた顔に変わって行く。
「どこの馬鹿だよ、そんな国境の秘境に住む奴……」
散々俺を値踏みしていた二年の金髪が納得したような呆れていた。
「とりあえず、水底の庭園恒例の新入歓迎会をやるぞ」
そう言って三年の赤毛が奥から机の上に血抜きをしたワイルドボアをどでんと置いた。
「こいつをバラしてバーベキューを裏庭でやるぞ」
にやにやと笑う三年に二年は思わずと言う様に息を呑み込んでいた。
が……
「だったら時間がないな、さっさと捌くか」
俺は用意されていたように置かれているナイフを失敬してこの場で肛門から喉元に向かって真っすぐ腹を切って臓物を取り出して……
「所でこの臓物どこに置けばいいんだ?」
普段は窓から崖下に放り投げてたからなぁと呟けば
「ファロード君!
ここはシエルが私財を出して買った家だから大切に使ってって言ったばかりでしょう!」
机の下にずるずると落ちて行く腸やつられて落ちていくいを見て床が血の色に染まって行くのを誰もが顔を青ざめてバケツを探しに走り回るのだった……




