空席
休み明けの教室はとにかくどこかざわついていた。
重苦しい空気に視線は彷徨い、普段なら弾けるような楽しげな声はなりを潜めていた。
俺とヒューイはこれは一体と視線を合わせるも、遅れてやってエクルと……
教室中の視線はミストに集中していた。
「何があったんだよ?」
「さあ、俺にもさっぱりと?」
俺達は結局門限ギリギリまで剣の練習をしたりチェスで遊んだりと休日の時間を堪能していたために食堂による時間もなく部屋へと入らなくては行けなく、食堂での情報収集は何もしてなかった揚句に、朝は部屋で飯をヒューイと取っていた為に食堂によりもせずに部屋から教室まで駆け足で直行となった。
俺が寝坊したわけじゃないぞと原因の方へと視線を向ければ、ヒューイは何があったと言う様にハイネに耳打ちすれば、彼は苦しい顔をしてちらりとミストへと視線を向けた。
俺達もつられるようにミストへと視線を投げればその背後につい先日までミスト妹の護衛だった二人が立っていた。
そして休み前まで二人が待機していた場所は何故か誰もが敬遠する様にぽっかりと空いた空間に誰も座る事のない席が一つ取り残されていた。
その光景を見守ってハイネが廊下へと視線で促すのでそっと立ち上がってヒューイと共に教室の外へと出る。
「一体何があったんだよ。
ってか、あの二人はミスト妹の護衛じゃねーのかよ」
思わずと言う様に毒づいてしまえば少し視線を暗くしたハイネが
「昨日の事ですが、ミスト様を水精の巫女として神殿にお招きすると言う事でシャトルーズ侯夫妻が神殿へと招待されました。
その折に練習に向われていたモリエール様と何かあったようでシャトルーズ侯はモリエール様を巫女候補から辞退、学校を退学させてシャトルーズ領へと昨日の晩にはお戻りになられた姿のまま送り出しました。
何をお考えか判りませんが、馬車を外からカギを掛けさせてそれは厳重な警備と共に、物々しい空気の中の出立でした」
「それはまた、変だな」
貴族の事ならヒューイなので俺は小首をかしげたまま二人の会話を黙って聞いている。
「はい。
今朝シャトルーズ侯の執事の方が寮の方へとお見えになってミストローゼ様と我ら三人の護衛が朝早く呼ばれました。
モリエール様は領の方へと赴く事になったので今後我ら三人はミストローゼ様の護衛に着くようにと。
ミストローゼ様はシャトルーズ家の長姫として今まで通りそつなく健やかに暮らすようにと言い残して帰られました。
詳しくはお話しいただけなかったのですが、ミストローゼ様がモリエール様が昨日水の神殿でしてはいけない事をしようとして旦那様がご立腹になられ、奥様が悲しまれたとおっしゃられ、今回の措置はその一環だと思います」
「ミストはそれ以上詳しくは?」
「言いませんでした。
シャトルーズ家の措置に神殿側がお許しになられたという事で収まったので勘弁してほしいと」
「ったく、あのミスト妹は何かしでかすと思ったけど……」
「そうじゃないだろファロ。
ちょっとした事なら何もなかったようにできる侯爵の地位だ。その地位を持ってもお家の汚名を大々的に外に向かってアピールと言う事をしてるんだ。
普通なら何としても隠す事をだ」
そこまで言われて初めて理解できた。
「つまりなんだ?
ミスト父はミスト妹のしくじりを隠す事無く公にして、それをきちんと処罰したと言う事も公にしたってわけか?
今まで散々可愛がっていた妹を学校から、王都から切り離してシャトルーズ領に連れて行くくらいに……」
貴族の矜持なんて知らないが、ついきのうまで可愛がっていた子供に対していくら何でもやり過ぎなのではと顔に出てたのだろう。
ヒューイはそんな俺の肩を掴んで
「これはミストの家の問題だ。
俺達が首を突っ込んでいい問題でもないし、ここまでおおっぴらにしなくちゃいけない理由はたぶん侯爵家でもリスクを取ってまで謝罪の態度を示さなくてはいけない相手がいるって事だ」
「な、何だよそれ。
貴族って俺の感覚でも下々から声を掛けれないくらいすげーって言うのにさらにすげー奴を相手してるって事かよ……」
「簡単に想像しても相手はたぶん王族だ。
そもそも神殿は王が保護している王によって独立した機関だ。
王族ですら簡単に口出しできない場所なんだ。
モリエールが何かした所は神殿で、多分神殿で禁忌とされる事をしたかしようとしたか。
王族への反逆罪とされるような事なら納得が出来るんだよ」
そこの言葉にハイネも納得が出来たと言う様にミストを見ていた所にエクルが教室から出てきて
「今日の昼食個室を七人入れる場所を予約して来て。
詳しくはそこで話すから要らない事を空想で語らないの」
睨みつける視線は怖くはないが、妙な迫力に俺達は頷く合間にハイネが早速と言う様に食堂の方へと走り出していた。
出来たら俺もそっちに向かって走りたかったなと心の中で呟けば
「とりあえず簡単に教えておくわ。
モリエールは神殿長と夫妻の目の前でそれだけの事をしたの」
王家の血のつながりのある神殿長での目の前の失態に隠し事は一切許されないと言った事だろう。
「つまり、シャトルーズ侯は先に手を打たないとお家取り潰しもあったというような事か?」
小声で、隣に立つ俺にやっと聞こえるような声でエクルに言えばただ小さく頷くだけの返答。
思わず言葉を失ってしまうも
「とりあえずミストが何とか取り持ってくれそうだからそこまでは悪くはならないと思うけど、暫く悪い噂は絶えないと思うの」
「なんであいつがいつも周囲の風評被害にさらされるだか……」
少なくとも妹の事にまで迷惑を被る理由になるわけじゃないだろうと思うのだけど……
「で、ミストは今どうしてる?」
「とりあえず刺繍させて落ち着かせてる。
次の教科は前年度に習得してるから、参加しなくても良いんだけど……」
「この教室の一員として参加してるのか。
真面目なこった」
「真面目なミストだから先生の方からサロンの個室でお茶をしてていいって言われてるみたいだけど、ふさぎ込みそうだから教室に居たいって」
「なるほど……って、あの布なんだ?
かなりデカいけど……」
「テーブルクロス位はあるな……」
「昨日神殿長におねだりされて、せっかくだから大作作るって言いだして……」
意味わかんないと涙を流すエクルにはとてもじゃないけど刺繍は期待できそうにない。
そしてそんなで昼時に俺達のチームとハイネ達護衛チームが一堂に集まって昼食をとる中、エクルの説明に俺以外の貴族の奴らは食欲を失い顔を青ざめさせていた。
「そんなわけで、姉妹で殺し合うような仲にまでなっちゃったから侯爵はモリエールを寮に引っ込めたと思うの。
もう社交界では傷物も同然だから結婚相手も見つからないだろうし、ミストの事を優先して考えなきゃいけないから仕方がない措置だと思うわ」
「貴族ってそう言う物かよ。
で、ミストはそれでいいと思ってるのかよ?」
当人に効けば彼女はまるで盾のように刺繍を刺してる途中のテーブルクロスを胸の高さまで掲げ
「よくはない事は判ってる。
だけどお父様がもう二度と王都に入れないと言ったのならその言葉は実行される。
私はお母様の考え方を知ってるからたぶん近いうちに遠い親戚に預けられる事になると思うの。
モリーは貴族の令嬢として家の駒として使えないから、遠い親戚の、決してシャトルーズ家に声を掛けれないくらいの家にお嫁に行く事になると思う」
「嫁って、何でそんな突拍子もない事になるんだ?」
言えばエクルが冷たい視線を俺に向けて
「本当は何処かの神殿に生涯奉仕に出る事になるんだろうけど、神殿の中での事だから神殿はきっと受け入れてくれないと思うの。
それを考えればモリエール様をシャトルーズ家から切り離すには家名を消すのは簡単だけど、どこで何をするか判らないから、普通の人より魔力が高い以上放置するのも危険だし、何かしでかしてシャトルーズの名前を恨みつらみ込めて言うだろうから……
手っ取り早く結婚させて家名を変えるの。
監視の意味を含めて。
立場が違い過ぎるから向こうの家はそれこそモリエール様を逃がさないように、自害しないように管理するわ。
都住いの令嬢が心折れるような田舎の、逃げ出すような事も考えるのを諦めるような所でね……」
思考が追いつかなくてポカンとしてしまうも
「貴族えげつねぇ」
「と言ってもモリーの嫁ぐ先はシャトルーズの領地の中だろうから、ロンサールじゃなくってセラファザードだったね、その国境近い所に行かされると思う。
今はリンヴェル国とのいざこざですごく荒んでるって聞くし、いろいろあったからお父様も切り捨てようかと考えていた場所で、一応その村長を変えてそれなりにましになったから褒賞として美談の形で与える事にすると思う」
「逃げ出そうとするにも向こうは砂漠だし、助けは求められないし……
なるほどね……」
ヒューイも納得するけどミストはなお顔を暗くして
「前村長が旧ロンサールにした事で恐ろしい金額の賠償を請求されてるの。
国からも賠償はシャトルーズで返済しろって言われてて、お父様には返す能力はあるんだけどお父様はその大切な事を領主であるお父様抜きで調印してしまった事にものすごく怒ってて、その借金は村につけられる事になったの」
「マジか……」
「借金の内容が褒賞はもちろん、村の整備や農業への労働へ給金のだから。
さらに言えばその売り上げなどはみんな前村長や村人の懐に入って湯水のように使っていたから……」
「そりゃ仕方がないな」
「モリーもその借金を背負う事になる……」
「まぁ、労働で奉仕って事を考えれば無難じゃね?」
「金額がシャトルーズの財産程度を無難と言えるかしら……」
あまりの高額な金額と言うかよくわからない金額に誰もが息をのむも
「まぁ、家が御取り潰しになるか全財産を支払うか、とんとんじゃね?」
「ファロ、そのほかにシャトルーズの家に仕えてくれる人達への褒賞が入ってない。
何百とも言える人達の暮しが崩壊するんだよ。
その人達には家族だっている。
働けない者を養ってる場合もある。
モリエール様はシャトルーズを支えてくれる人達を総て裏切ったんだ。
金額の問題じゃないんだよ」
「そうか、そうだな……」
貴族が敬われているのはそれだけの事をしているからで、誰もが羨むような生活をしているのはその勤めをきちんとしている証拠で
「モリーはちゃんとその事を判ってくれればいいんだけど……」
殺されそうになったと言うのにもそんな顔をするミストはただ黙々とテーブルクロスに針を刺し、珍しく指に針を刺して血がぷっくりと浮いた場所を舐めるあたり、言葉と態度からは想像つかないくらい動揺している事が、妙に痛々しく目に映った。




