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ロストソング  作者: 雪那 由多
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Q:たいちょーさんの名前を知ってる?

 涙目逃げ腰のレイと何処か興奮して鼻息の荒いヒューイ兄を他所に


「坊ちゃま、旦那様がお話になりたいとおっしゃっておりますがよろしいでしょうか」


 まるでそんな事なんてなにもないと見事に平常心を顔に表したヒューイ兄の執事さんが恰幅の良いおっさんとやたらと重そうな綺麗な服を着たおばさんが並んでいた。


「父上に母上!」


 ヒューイが慌てて立ち上がれば周囲の人達も途端に立ち上がって背筋をピシリと伸ばして腰から身体を折って頭を下げる。

 父上と呼ばれた男がさっと手を横に払えば全員楽な待機の姿勢となった。

 ファロードでも学園で習った事なので知ってはいるが学校以外の場所で実践をしている人を初めて見て思わず拍手をしてしまった。


「おおー」

「バカか」


 ツッコミと共にレイに頭を殴られたがささやかな感動の前にあまり意味はない。


「フィーラルーゼ、お前も馬鹿か」

「あの、父上……」


 いきなりバカ呼ばわりされたヒューイ兄の名前はそう言えばそんな長い名前だったなと思い出しながら記憶しておこうと心に止めておく。多分無理だ。


「弟と同じ年の、しかも学園の一年生の生徒相手に本気になる奴がいるか。

 しかも木刀ではなく真剣を使うなど練習ならばこそ言語道断。

 更に相手が平民と分かりつつかつ自分より格上の相手を挑発するとは……

 跡取りとするにはいささか失望した」

「ち、父上……」

「と言う所までにしてくださいましあなた」


 愕然とするヒューイ兄の言葉にかぶせる様にそこにいた女性の声が割り込んだ。


「母上?」

 

 ヒューイに母上と呼ばれた女性はみんなに楽にしてと言ってから


「実はレイさんはヒュアランさんが戻ってきてから少し遅れてからいらして下さったのよ。

 ファロードさんが人と戦った事がないからひょっとしたら夢中になって相手が魔物と一緒になってしまうのではないかと不安でこっそり見学させてくれって、ずいぶん親バカねえと思ってましたが……

 私達も共に屋敷の中から拝見しておりました。

 そしてレイさんが危惧した通りの事が起きて……

 まだまだ学ぶ事だらけの年齢の方にいい大人が何をむきになっているのです。

 ましてや挑発など、騎士団の隊長ならば諌める側ではないのでしょうか?」


 窘められて言葉を呑み込み


「母上、申し訳ありません……」

「私に謝られても意味はありませんよ」


 さらにぐっと息を呑み込みながら俺へと向き合い


「大人げない態度を取ってすまなかった」

「あー、こちらこそ夢中になって思わず殺そうとしてすみません」


 お互いぺこりと頭を下げて謝る。

 ゆっくりと頭を上げればそこには学園で学んだ姿勢とは比べ物にならないくらいの美しい立ち姿にすら思わず心の中で拍手を送ってしまう。


「それにしてもレイ殿、先ほどの剣技は見事であった。

 どうだ、我が家に仕えてみてはいかがだろうか?」

「伯爵様、俺様程度の冒険者風情がお貴族様とつるんでるのさえ見られたらどんな足の引っ張り合いになって面倒になるんだか、悪いけどこの話はなかった事で」

「おや、シュヴァインフルト家ではご満足いただけないと?」


 どこか緊張を孕んで静まり返る訓練場にレイの笑い声がかかかと響き渡る。


「伯爵様悪いわねぇ、俺様トリアちゃんのおぱーいにメロメロなの。

 あれはお金にも権力にも変えられないのよ。

 同じ男ならわかっちゃうでしょー?

 むっちむちのばいんぼいん、お子様にはないあの貫禄!

 もう眼福で眼福で!」

「あれは、そうか、あれでは仕方がない……」


 最後は周囲にも丸ぎ声だけどこっそりと話す様子にヒューイ母は顔を真っ赤にしてのおかんむりのようだが……

 ゲスイ笑みを浮かべるおっさん二人の間に貴賤の差は無いようだった。

 ヒューイ母が咳払いする事で二人はしゃんと背筋を伸ばすが


「あなた、少々お話したい事があるので書斎の方へお越しください」

「は、はい!」

「レイさんはゆっくりしてくださいね。

 よろしければうちの愚息の相手をお願いできると私とっても助かりますの」

「よ、よろしければ喜んで!」


 二人とも声が裏返ってものすごい量の冷や汗が流れていたが、ここは変に口を出さないのが正解だろうと同じように冷や汗を流しておく。

 それからレイは俺にぶっ刺して血のりの付いたままの剣から血を払い落とし無造作に袖で拭ってから空間に片づけてかわりに別の木刀を二本取り出す。

 それをヒューイ兄に一本投げつけ


「奥様にお願いされたから一度だけ見てあげるわ」


 やれやれと言う、さっきから不敬極まりない態度が続くもこの家のトップと裏のトップがそれを許したのだ。

 騎士団の方達も非番の時なのでとやかく言う間もなく黙っている中ヒューイ兄が黙って剣を受け取って構える。


「まぁ、隊長さんだけあってか姿勢はいいわね。

 体の中心にちゃんと剣が通ってて両肩の高さの位置も同じ。

 足も自然に肩幅より軽く開いているし、腰も落としている。

 模範生の正しい見本通りの基本姿勢ね。

 あまりにお手本通りすぎておっさんあくびが出るわ」


 いいながらそっぽを向いて本当にあくびをしてしまう。

 周囲から当然のように反抗的な空気が流れるが


「でもそんな教科書に載ってるような姿勢で本当に戦えるの?

 模範試合するだけなら十分だけど、実践交じりの格上相手にそんな姿勢意味あるの?」


 あくびの後目尻に溜まる涙を拭ってチロリと視線だけ送る。

 少しだけ目元を引きつけてたが黙ったままで


「折角騎士団とはかけ離れた場所での訓練でしょ?

 いつまでそんなお坊ちゃんの遊戯で満足しているの?

 だから俺様仕込みとは言えガキのファルにですら負けるのよ」


 バカにしたような、実際バカにしている口元を釣り上げれば何かが切れた様にヒューイ兄は激情のままレイに斬り付けていた。

 だけどつまらなそうに左右によけながら


「模範生らしい訓練しかしてこなかったから攻撃の手数が少なくってすぐに読み切れる、簡単に避けれて……」


 カツン……


 乾いた音と共に木刀が訓練場に転がっていた。


「だから騎士の命ともいえる剣をあっけなく手放す羽目になる。

 さあ立ってもう一度木刀を手に取りなさい」


 言いながら再度訓練を促せば悔しそうな顔を隠さないままのヒューイ兄は木刀を手に取ったかと思ったらそのまま駆け出してレイに襲い掛かるけど、あっという間に床に転がっていた。


「もっと相手を見なさい。だから簡単に足払いをされて転がる事になる。

 木刀を持って立ちなさい」


 悔しそうな顔で転がった先から立ち上がって今度は周囲を回りながら近寄るも


「足が遅い、意味もなく周囲を回るのは止めなさい、そして襲い掛かるならちゃんと視界の外から襲ってきなさい。

 だから攻撃が丸見えよ」


 背後からの攻撃も卑怯と言う前にダメ出しを出しながら足を引っ掛けてヒューイ兄をまた床に転がしていた。

 悔しそうに地面を睨みつけているヒューイ兄を見もせずに


「こんなんじゃ練習にならないからファルも入りな。

 それと壁際で突っ立ってる奴らもよ。

 隊長さんなら指揮を執って全員でかかってらっしゃい。退屈で俺様眠たくなるわ」


 それでも余裕だけどとあくびを零すレイは周囲の人達にも木刀を用意した。

 ここまでけなされて怒りで立ち上がったヒューイ兄と剣を交えながら。

 戸惑うヒューイ達を他所に俺はさっさと参戦する。

 ヒューイ兄の攻撃の合間を埋める様に木刀を打ち込むもひょいひょいと言う様にいなして行く。

 くっそ余裕な顔で腹が立つ。


「相変わらずむかつく!!!」

「これが実力の差よ~それだけ実力差があるしょうこよ~ふっふっふ~!」

「何が実力の差だ!」

「これがよ」


 打ち込んだ瞬間木刀を弾かれた瞬間すっぽ抜けて高く宙を舞い、それに気を取られた瞬間突きを受けた体は見事吹っ飛んで大の字に寝転んだ頭のすぐ横にすっぽ抜けた木刀がまっすぐ地面に突き刺さっていた。


「中々にして芸術的でしょ?」


 にこやかに俺を見ながらヒューイ兄の剣をはねのけながら笑う姿にヒューイ兄の顔が信じられんと言う様に


「まさかこの一連総てを計算されての事でしょうか?」

「んあ?当然でしょう?

 計算狂ったらファルの顔面に剣が直撃するからねぇ。

 さすがに俺様と違って綺麗な顔で生まれたんだから、何を思って手放したか知らないけど産んだ親に悪いじゃない。

 そこん所は気を使うわよ。

 まぁ、ミスっても魔法でちょちょいのちょいって治して来たけど」

「ミスってきたのですか?!」

「そりゃもう、俺様は計算通りやってるけどファルはどんくさいから時々俺の計算に追いつかないのよねぇ」

「おかげで血を流した所がないぐらいボッコボコになったけどな!」


 ファロードがヒューイ兄事叩き斬るつもりで襲い掛かってきたけど、さすがにそれは良くないとレイはヒューイ兄をかばう姿勢を取ったのを見て木刀ではなく足蹴りを食らわそうとするも、レイの剣を持たない方の手がヒューイ兄の腕を掴んでその手が持つ木刀でファロードの蹴りを受け止める。


「いい事考えたと思ったんでしょうが、その手は既に世の人は対策を考え済みなのよ」


 せこい手よね、でも見本とヒューイ兄事俺を吹っ飛ばしたところで笑っていた。


「さて、隊長さん。いつまで部下を遊ばせておくつもり?

 攻略済みのファルと隊長さんだけじゃ俺様は退屈なのよ」


 笑う視線にヒューイ兄は少しだけ無言だったが


「これより全員でレイ殿を攻撃する!

 木刀を持って参加するように!」


 そう叫べば戸惑いながらも全員剣を持ってヒューイ兄の後ろに立っていた。


「おや、隊長さんやる気になったのね」


 やっとかと言う様に頷いてるレイをおにーさんは睨みつけて


「その隊長さんと言う名前を止めて戴きたい!

 私の名前はフィーラルーゼだ!」

「俺様に勝てたらそう呼んでやるよたいちょーさん」

「せめてフィールと!」

「悪いけど俺様ヤローと仲良くする気はないのたいちょーさん」

「くっ!何という屈辱!」

「これをばねにハイ頑張る!

 足がもつれてる!木刀をちゃんと握らないとまたすっとばすよ!後剣筋がぶれはじめた!

 基本的に体力不足よたいちょーさん!

 そして転がっても剣を手放さないたいちょーさん!」

「うう、反論の余地がない……」

「体力回復の為の部下を動かすのよたいちょーさん!」

「全員一斉にかかれ!」

「それは指揮って言わないわよたいちょーさん」

「貴方相手指揮も何もないだろう!」

「なんとなく失礼ねたいちょーさん……」


 言えば一人ひとり全員を壁際まで吹き飛ばしながらヒューイと見合いながら


「さて、ファルのお友達君。外野が静かになった所でちょっと遊ぼうか」

「あはは……お手柔らかに?」


 言いながら他の奴らとは違い一太刀一太刀丁寧に剣を交える。


「そうそう、まずは模範どおりに交互に、力がないんだからおにーさん達みたいに片手で剣を振らない。

 相手の出方を待つのなら縦でも横でもいいから必ず体の中心に、何所へでも動かせるようにするから基本姿勢なのよ」

「腕が・・・・・・」


 何度か剣を交える間にヒューイが弱音を吐けば


「鍛えてきたつもりだけどほそっこいから疲れるのよ」

「でもファロと同じくらいの腕の太さ……」

「鍛え方が違うもの。

 ファルには瞬発力を行かした速さを重視した剣技を教え込んできたけど、お友達君は早さよりもたいちょーさんと同じで力重視の方が良さそうね。

 重剣士、大剣振りまわしてぶっ潰すように叩き斬るってね?」

「俺はレイピアみたいなやつで……」

「お友達君の肉体的にそれは合ってないわ。

 お友達君のパワーでそれをやるとスコアの数だけレイピアをぶっ潰す結果になるわ。

 ってか、憧れで武器を選ぶんじゃないの。

 ちゃんと自分と対話して武器を選びなさい」


 レイはそう言って木刀をレイピアのように持ってヒューイに向かって突き刺すように攻撃を加えて行く。

 素早く、そして刃もない木刀なのにヒューイの服は少しずつ切り刻まれて行って……


「こうやって削って行く戦い方って地味ねぇ。

 って言うか今なら判ったでしょ?

 お友達君は完全に大剣タイプの肉体なのよ。

 たいちょーさんを見れば身長も骨格もこれからずっと大きくなる。

 大剣でなくてもロングソードみたいな武器がおすすめ。

 使える様になったらまた相手してあげるわ」


 言いながら木刀を交わせて、まともに組んだヒューイは壁まですっ飛んでいた。

 

「ほらほら、たいちょーさんを見本にして模範生の剣術ばっかりしてるから相手の剣の力を殺す術がないじゃない。

 たいちょーさん達もお友達君が犠牲になってまで下手な受け身の見本を曝してくれたんだから、俺様の言いたい事分かってくれるわよね」


 俺のすぐ隣に吹っ飛んできたヒューイはそれでも


「そりゃないですよ」


 なんて力ない声で抗議をしていたが


「ファロー、さっきは悪かった。お前を酷い目で見てた……」

「まぁ、なんつーか、慣れてる」

「わりぃ……」


 俺達の話しなんて知らないと言う様におにーさんの仲間が面白い位吹っ飛んでいる光景を見ながら


「ファロはあの人にああやって鍛えられながら強くなったんだよな?」

「まぁっていうか、さっきの串刺しになるのがお約束って言うか、ああやって痛いのが嫌なら強くなりなさい的な?」

「おま……良く生きてこれたな」

「だから生きてこれたんだよ」


 串刺しになるのはましだと言えばヒューイはくつくつと、でも笑うと痛いのか腹を押さえながら俺を見て


「こんな俺だけど友達で居てくれ……」

「まぁ、俺もこんなんだけどそれでもよければ?」


 言えばヒューイは笑うも本当にまともに笑えないくらい痛いのか床に転がりながら笑いながら手を伸ばしてくれた。

 俺はしばらくそれを眺めた後手を握り


「なぁ、やっぱり何かあった時握手するのは王都の習慣なのか?」

「ああ、相手の思いを受け入れた時の答えだからな。

 だからお前は俺の友達なんだ」

「拒否は?」

「もう無理だ」


 言いながら笑うヒューイに俺は何処かこそばゆく、何とも言えない恥かしさからか木刀を持って立ち上がりレイに向かって走って行く。


「がんばれー」


 背後から楽しそうな笑い声と共に聞こえたエールを受けながら剣を振り下ろせば、俺達の話を聞いていたかのようないい笑顔のレイが視線で『少し遊んでやるよ』と笑いかけてきた。






A:ヤローの名前を言うつもりはないので知りません

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