夜の箱庭の過ごし方
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夕食後にヒューイが俺の部屋にやってきた。
俺は食堂から山ほどの軽食などをトレーを皿代わりにして部屋に持ち帰ったものを食べながら本棚にあった本を読んでいた時だった。
ちなみにお貴族様と言う生き物はトレーに食べ物を乗せて運ぶと言う事が出来ないのか俺の様子を見よう見まねで挑戦した奴は見事階段で躓いて転んでいた。
脛は痛いよなと、食堂のあまり話しかけたくない人達に声を掛けたら丁寧に傷の手当をして姫抱っこで新たに用意した軽食と共に運ばれていた。
何とも言えない悲鳴と無言で見送る視線にトレーに乗せて運ぶと言う訓練を始める一行の行動は成長の1つだと思えば微笑ましい。
勉強の本から物語の本など、この年頃の男の子を何だと思っているのかと思うもこのお年頃の男の子向けの本という内容に思わず発見した夕方から休みなく読み続けていた。
エロ本では事は言っておこう。
いわゆる英雄譚なのだが、子供の頃呼んでもらうような胸躍る活劇ではなくかなり現実的な指南書のような本の為に読んでいてあるよなーと言う出来事の連続に夢中になっていればトントンとノックの音。
居留守を決めようかと思ったものの
「ファロー、居るんだろー。
居留守を決めるならドアの前で歌うぞー」
という嫌がらせに扉を開けた。
「なんつー嫌がらせだ」
「嫌がらせとは酷いなぁ」
「悪いな。本が面白かったもんで」
読みかけの本を見せながらしおりを挟んで机の上に置けば
「あー、これまだ読んでないな。
読み終わったら借りても?」
「どうぞ、って言うか有名なのか?」
「兄貴が好きでその余波が俺の所まで来ている」
苦笑するヒューイに
「そういや、昼間お前の兄貴に会ったぞ」
「らしいな。手紙が入っていてぜひ今度家に遊びに来てもらうようにって書いてあったんだが何をやった……」
「何にも?
あの訓練場の話しをしてシュトルムカイザーの事を話して、俺の推薦者の事を話してぜひ騎士団にヒューイと共に門をたたいてくれって感じ。
それは授業の合間の休みの時に言ったのと同じ事しか言えんぞ」
「となると、兄貴はファロの何が気に入ったかだ」
「単にシュトルムカイザーの詠唱破棄のコツを聞きたいんじゃね?」
「兄貴は出来ないのか?」
「呪文に囚われてるっぽいぞ。
あんな長くてややこしくて覚えられんような呪文をいちいち唱えてるから使えんって言うか、シエル先生と同級生らしいな?」
「マジか?!
俺初耳だぞ……」
「どうもコンビも組んでたそうな」
「何で一言も言わないんだよ……」
「多分勉強以外でシエル先生に勝てなかったのがネックになっているのかと」
「兄貴のプライドか……
そういや小さい頃の兄貴のイメージって勉強ばかりしてる感じだったからな」
「遊んでくれなくってすねたとか?」
「いや、騎士団に入ってから遊んでくれるようになって、その前の頃は年齢的に記憶が薄いから覚えてないな」
「どうやらシエル伝説の場にも居合わせたようで、お前んとこのオヤジさんに友人以下の関係になれとせっつかれてると言う……」
「兄貴あれでも跡取りだから」
シエル先生が兄貴の嫁何てありえねーと喚くヒューイにご愁傷様と言う様に軽食を目の前に出す。
黙って口へと運ぶのを見てからキッチンで紅茶を二人分入れる。
さすがにお酒の持ち込みは禁止なのでお酒を含ませて固めた砂糖を添えて差し出す。
香りのよさに少しだけ元気になったヒューイはそのまま軽食を口へと運びながら紅茶を飲み
「所で今日の宿題やったか?」
やっと本題を切りだしてきた。
本を見せながら
「やってるように見えるか?」
「まったく。
って言うか、魔法理論の宿題って何で小難しい言葉が多いんだよ……」
「だよな。
こんなの考えなくても何とかなるのが魔法なのにな」
「いや、それはお前だけ。
だけど、その頭の中を文字にして説明するととこんな小難しい言葉を並べないといかんっつーのが厄介な所か」
「いっそコツをミストに聞いてみるとか?」
「確かにミストだったら上手く説明してくれそうだけど……」
「部屋にいるあいつらに取る連絡方法がない」
「明日の学校でか……」
「この不便さ何とかならんのか……」
食堂の閉まる夜8時以降は男女とも各寮からの出入りは禁止になる。
いわゆる門限だが、男子寮なら男子寮の中だけ、女子寮なら女子寮の中の移動は消灯時間の夜10時までなら許されている。
ちなみに夜10時だから灯が強制的に消されるというわけではなく、各部屋に戻りなさいと言う時間だ。
夜10時消灯となると宿題が終わらなかったり勉強時間が足りなかったりと言う問題が発生するためにそこまでの強制はない。
「その為の外出届とか週末の外泊許可なんだろう。
とはいっても連絡ぐらい自由にさせてくれ」
「定期的に実習室を借りるようにするか」
食堂とは違い勉強を目的とした食べ物持ち込み禁止の殺風景な勉強部屋は食堂の個室の影に隠れて人気はない。
ミストに連れられて見学しに行ったことがあるのでどんなのかは知っていたが、北側の暗く寒く、窓の外は壁なので圧迫感のある部屋だった。
ミスト曰く「カーテン閉めればいいんだよ」というそれだけの対処なのだが、寮の図書室に近く食堂と違い制限時間はないので最初の申請さえ怠らなければ使い放題だ。
「ただ、あまり人目がないから必ず何人か一緒の方が良いし、声も食堂まで通らないから注意が必要だよ」
そんな警告に何があるかなんて想像は容易い。
「とりあえずは丸々聞くとミストに怒られるだろうからある程度はやろう。
属性魔術の発生理由と魔力の加減でのレベルアップの法則ぐらいは書きだしておこう。
後は纏め方のコツとか不備を聞きだすようにすれば怒られないだろうし……」
「ヒューイはミストにビビり過ぎだろう……」
「いや、ああ云う女の子は無言で怒るタイプだろうからいつから怒り出すのか判らないから注意しないといけないんだ」
「何だその体験談みたいな話は……」
「うちのオフクロがめんどくさいって話しで、親父がいつも大変な目にあってるって言う実例が身近な所にあるだけの話し」
「休日に遊びに来いって言われたんだけど、行くのが楽しみなのか怖いのか……」
「まぁ、そこは是非とも来てくれ。
オフクロはこの季節別荘に行ってるから気楽に来てくれと言うか、早速週末泊まり約束な」
「オキゾクサマノマナーガワカラナイノデエンリョシタイデス」
「明日にでも連絡出しておく」
「人の話を聞け」
こつんと頭を叩いてやるもヒューイは楽しそうに笑っている。
ひょっとしてこいつ友達いないのか?この人の多い王都で田舎暮らしの俺と違いそんなわけないだろうけど、そこまで楽しそうにされると拒否するのも申し訳ない。
「その代り行く前にレイに会いに行ってからだぞ」
「それぐらい問題ないさって言うか、ミストとの件はどうなったんだか」
「まぁ、レイにはレイの考えがあるみたいだからほかっとけばいいんじゃね?」
「義理母の出現かもしれないのに気楽だなぁ」
「そこはちゃんとお断りするみたいだから、その点さえ何とかなればいいんじゃね?」
「まあそうだけどよ。
そうだ。うちにくるとき剣は持って来いよ。
兄貴が稽古付けてくれるかもしれないし、この様子なら隊の人達も来るだろうから自分の剣術がどれくらいか理解するにはちょうどいいぞ」
「それは嬉しいかも。
ほら、いつもレイたちに一方的にボコボコだから実際強いかどうかわからないから客観的な意見が欲しいんだよ」
「お前も苦労してるな」
「まあな」
エィンシャンを始め精霊共は見た目の美しさとは裏腹にバケモノ級の実力を持った俺の教師役なのだ。
それを束ねるレイもぶっ飛んでいるけど、少なくとも俺は人間の枠の内の実力しか持ち合わせてないと思うし、山を吹き飛ばしたりあんなふうになりたいとは思わないし、一緒にされたいとも思わない。
そこからはこつこつと宿題をこなす。
ヒューイは毎晩宿題を持ってやってきて勝手知ったる俺の部屋でふんぞり返りながら紅茶を飲んで
「料理上手な友人を持つと幸せだよな」
そう言ってあからさまに多めの食費を差し出してくるあたり俺はこいつの飼育係と言うアルバイトをしていると思って納得する事にしよう。




