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ロストソング  作者: 雪那 由多
21/38

田舎にいると国王何て空想の人物なのです

 夜ヒューイと食堂で夕食を食べているとそこにミストとエクルが合流してきた。

 二人とも食事は外で済ませて来たらしく、お茶だけを持って席に着いた。


「二人とも今日は何してたの?」


 にこにこ顔のミストとエクルが俺達の食事風景を眺めながら


「俺は実家に忘れ物取りに行ってきたんだけど、夜は家で食べなさいって逃げるのに手を焼いたぐらい」

「俺んとこはレイが家を借りたからその新居の掃除に。

 で、お二人さんは?」


 聞けば二人とも顔を合わせてから笑いあい


「個室借りてるから食べたら来て」


 そう言ってエクルはミストの手を繋いで、もう片方の手にはお茶を置いたトレーを持って借りてた個室へと逃げる様に潜り込むのだった。


「まぁ、なんかいい報告らしいな?」

「って言うか、美少女が二人手を付ないで個室に逃げ込むなんてけしからん」

「だからそれ止めろって……」


 相変らずのヒューイの言葉に項垂れながらも大体想像の付く二人の報告を聞く為にがっついて食事を済まして個室へと向かう。

 先日利用した個室とは違い大きなソファが二つテーブルに挟んで設置してあるだけの部屋だった。


「で、どのようなご報告を?」


 わざとらしくヒューイが聞くのを俺も同様ににまにまとした顔で聞けば


「ミスト凄いんだよ!

 みんなと別れてから風精の神殿に二人で行ったの。

 休日でもなく約束もしないで行ったから驚かれちゃったけど、たまたま風精の神殿長の所に水精の神殿長がいらしていてお願いして取り次いでもらったの。

 最初は二人とも半信半疑だったけど、嘘ついてる事でもないと理解してくれたしお二方とも仕事は終わってお茶してただけだからってミストの事を見てくれるって事になったの」

「神殿って家の用事で入った事はあったけど連れられて行った所は部外者進入禁止の所で神殿長二人がいるからって許可してもらえたの。

 そして水精の巫女の場にはふさわしくない場所だったけど、水精の祈りの歌を神殿長の後に復唱すると言う形でちょっと練習して、多分その歌自体が魔法の呪文なのね。

 魔力を乗せて歌うと逆に魔力を奪われる位の物凄い魔力を消費する呪文だったんだけど、何とか一人で無事歌え終えてね……」


「そこからがすごいのよ!

 ミストってば風精の為に誂えた風精の神殿なのに、風魔法を扱いやすいようにできている場なのに一人で『水精の神殿』を造り上げちゃったのよ!

 魔力は100万以上ないと作り上げる事の出来ない水の精霊への祈りの場を一人で作り上げちゃったの!」


 ハイテンションにエクルは頬を真っ赤にしてミストの頭を抱きしめ、ミストはエクルの胸に顔を埋める様子に


「うーん、なんて言う目の保養……」

「だから……もういい……」


 変わらぬヒューイの態度についに俺はツッコミ役を辞退した目の前ではエクルがミストを抱きしめたまま凄い凄いと振りまわす中、ミストはただ一人窒息しそうになって助けを求める手を伸ばしていただけだった。

 そろそろ本当にやばそうだったけど声を掛けるタイミングがわからないまま妙なテンションのエクルが落ち着くのを待ち


「おかげで来週の終末からの水精の祈りの歌の練習会に参加する事になったの。

 これもファロがレイ様に導いてくれたおかげなの。

 ありがとう」


 はにかむ様に笑うどこか不器用な笑顔のミストにそんな事大したことじゃないだろうと言うも


「所で精霊の事とかどうするんだよ」

「その事は先に神殿長にお話をさせてもらったよ。

 ミストが水属性一つしか使えなくって水特化って言う事も。

 精霊とミストへの橋渡しをしてくれたレイさんに精霊から忠実に仕える事を約束させられた事も」

「内容がないようだから神殿長たちもすごく驚いてて、でも特化属性って言うのは知ってらしたの。

 数百年前の文献にも乗ってるらしくって見せてもらったよ」

「珍しい事には珍しいみたいなんだけど、その数百年前にも文献に乗ってたからそう言う周期で出現するんじゃないかって何か話してたよ。

 だけどそれに精霊付きって言うのは聞いた事がないっておっしゃってたの」


 何所か不安そうなかのミストに「大丈夫よ!」と明るい笑顔を振りまくエクルにそうだよねと笑い返す。


「仲の良い美少女がほほ笑みあう光景って癒されるなぁ」


 とりあえず三人でヒューイの寝言には無視しておいて


「俺は田舎から出て来たばかりだから神殿とか巫女とかそう言うのよくわかんねーけど、今頃巫女候補って混ざって大丈夫なのか?」


 眉間に皺を寄せて二人に問うも、不安にさせたのではないかと思ってすぐにお茶に手を伸ばして誤魔化せば


「そこは私も心配した所だからちゃんと神殿長にお尋ねしたわ。

 そうしたら水特化の巫女が居て何で他の子が候補に挙がるのかって笑われちゃったよ」

「だけど一度レイ様にお会いしたいそうなんだけど……」

「そういやレイも一度ミストと精霊に会いたいって言ってたし」


 キョトンとするミストは少し不安げな顔をして


「他に何か言ってなかった?」


 恩はあれど初めて会った人間に自分の人生を総て捧げてしまったのだ。

 今頃後悔とかしてもいるのか逆に問いたいがとりあえず


「巫女になったらお勤めする間は神殿に任せればいいけど問題はその後と前だとか言ってた。

 なんつーか、ミストはレイの好みじゃないから責任とって下さい的なお断りの上手い方法を考えてるっつーか……」


 俺の言おうとしてる事を理解してくれたのだろうが、あからさまにほっとするミストの様子は性的な要求とかを強要されたらって所だろうか。

 というか、レイのベッドにもぐりこむ女性の精霊達はいつも素っ裸だ。

 出る所は出て引き締まる所は引き締まる裸体に無造作に手を伸ばすレイを小さい頃から日常的に普通に見てただけにミストのこの恥かしげなもじもじとした動作になるほどと謎の納得を覚えてしまった。

 因みにエィンシャンとかがレイと女性の精霊達との営みについて


「こう言った大人になったらだめだぞ」


 と、子供が出来て責任を取れないうちは子作りはするなと説教モードに入るのも何時もの事だった。

 なので羨ましいとかそう言う羨望とか男としての本能とか言う以前にエインシャンのめんどくさい説教の方が前面に出てきてどうしてもそう言った興味が薄れて行っているような気がする。

 っていうか、精霊達の裸体を見慣れた感覚ではミストやエクルでは……


 貧相とか言わないぞ。

 ここに来てミスト達は世間一般的な事も理解したぞ。

 子供っぽいとかじゃなくって子供なんだって理解したぞ。

 だけどだ。

 培われた美的センスと言うか見慣れてしまった美と比べるのは失礼だけどどうしてもねと言うしかないのが精霊達の俺への性的教育だと知るにはまだ先の話しだ。

 極上の世界の中で育ってしまった俺は今更一般的な美にどうこうつられるわけはないし、性格の悪い精霊達の俺への悪戯だと思えば寧ろそっちを納得してしまって寧ろヒューイの方が普通の反応なのではと気づいて少しだけ落ち込んだ。


「ファロどうした?」

「なんか急に落ち込んで大丈夫?」

「ああ、いや、大したことじゃないんだよ。

 今頃気付いたって言う俺の間抜けさにやっと気が付いただけだから、大丈夫だ」

「全然大丈夫そうに見えないよ?」


 俺は返事もするのもめんどくさくなってそのままコテンとソファへと倒れ込むのだった。


「なんかよくわからんがとりあえず今はそっとしておいてやろう」

「だね……」

「うん……」


 そんな俺をほっといて


「ミストのおかげで水精の神殿の候補が一気に決まったも同然だって。

 筆頭巫女候補もミストにほぼ決定らしいんだけど、一人で神殿作っちゃうんだからもう納得しちゃうしかないよね」

「おや、エクルはそれで納得できるんだ?」

「ヒューイの家なら見た事ぐらいあるでしょ?

 六つの神殿で同時に6人の各神殿の巫女が祈りの歌を捧げて神殿を作り、この国の精霊、精霊王ウィスタリアに平和と安寧を感謝するの。

 その時の祈りの歌が要は魔法の呪文なんだよね。

 祈りを捧げる場、『祈りの神殿』を作る事から始まるんだけど、まずこれが大変なんだ。

 人数揃えて100万って言う数字は数字上なら簡単なんだけど、実際6人の魔力で一つの魔法を作るのってすごく難しくって、簡単に合わせて300万の魔力値があるとしても本番で成功できるか判らないの。

 実際失敗した年もあったらしいしね。

 神殿側の長い研究の末にとりあえず三倍用意出来れば成功するって数字に落ち着いたらしいんだけど、それでも怪しいの。

 後はメンバーの仲の具合だって」

「ちょっと待て、そうなるとミストと妹の関係からくると」


 思わず起き上がって話に混ざれば


「ミストとモリエールとの仲の悪さは有名だからね。

 モリエールが水の神殿長達にミストの魔力なしの事を散々口にしてたからとてもじゃないけど巫女補佐にはできないって。

 そもそもモリエールの魔力じゃ巫女候補所でもないらしいし、学年が違ったり、学園に通ってない子も候補としているしすでに50万近い魔力値の人達がそろってるんだって」

「つまりモリエールはこの時点でお役御免か……」

「近いうちに十人位に人数を整理するんだって」

「おおう……」

「年末に決めるんじゃ……」


 想像よりも早い候補者選びに驚いていれば


「巫女服も仕立てないといけないし、装飾具も新しく誂えないといけないし結構そっちの方に時間がかかるんだって。

 だからこの時点で無駄な出費を抑える為に各神殿候補者が30人ぐらいいるからここでバッサリと切り落とすんだって。

 ちなみに巫女服にドレス一着作るのと同じぐらいかかるらしいよ」

「えげつないけど納得の理由……」

「ああ、反論の余地ないな」

「そんなわけで、特化で100万越えのミストはほぼ決定らしいよ。

 失敗したら次の巫女選出までその神殿は世間から指さされて笑われ続けるんだもの。

 仲良しこよしは神殿とは関係ない所でやってくれって言われたわ」

「おおう、既に大人の社会だな」

「何でも今神殿を纏めてる火精の神殿長が国王の姉だからね……」


 それじゃあそう言う考え方になっても仕方がないと納得。


「そういや俺本当に国王がいるって今初めて知った」


 突然訪れた沈黙にエクルが頭を指先で支えながら


「ウィスタリア王国立ウィスタリア魔導学園に通ってて今更国王がいるって初めて聞いたはないでしょう?」

「いや、そう言われると何も言えないけどな……

 ほら、田舎って都会の情報って全く聞こえないから王様がいるかどうかも眉唾物だったし、あ、でも貴族が居るのは知ってるぞ。

 たまに私設騎士団かなんかを連れて来て狩りに俺が住んでいる山まで来て全滅してるのを数年に一度の割合で見てたから」

「生すぎる情報ありがとう。

 っていうか、情報に偏りがあり過ぎるだろ」

「でもさすがにハウオルティアやブルトランの国が統合したとかセラファザードやフリューゲルに名前が変わったとかは娯楽の少ないあの村では盛り上がったぞ」

「あー、うん。

 なんとかその程度の興味でもあって嬉しいっていうかよかったって言うべきかな……」


 頭痛そうに項垂れているヒューイを援護するようにミストまで参加する。


「そんなわけで本当に王様はいるんだよ。

 未成年だから私もあった事はないけど、新年の祝賀の折りには毎年テラスまで出て来てくれて国民に顔を見せてくれるんだよ」

「な、なるほど。本当に居る事は理解できた。

 となると、王子様とかお姫様も当然いるわけだ」


 へー、ほーと聞いていればとたんに黙る三人になんだよと眉をひそめて聞けば


「その調子じゃ知らないみたいだけど、現国王の直径王族は今の国王が最後の一人なの。

 血筋的には公爵家から養子を迎えなくちゃいけないんだけど、今いる公爵家は二人いる未婚の方が両方とも子供を産めない身体なの。

 病気と事故で国王の補佐も出来ないし、他にいる公爵家の方々も何とか血を残そうと励んでらっしゃるって噂では聞くんだけど国王同様高齢だからそれは既に望めないの」

「それは大変だなぁ」


 他人事のように聞いておく。

 実際他人だしなとふーんと聞いていれば


「ファルはこの国は精霊王ウィスタリアと王族が契約しているのを知っているかな?」

「ん?ちっさい頃よく読んでくれた本に出てくるあの話だろ?

 小さな人形劇や商隊の紙芝居なんかでもよく話に上がる奴だろ?」

「大体話はどの地域でも同じって信じているけど、精霊王は王と契約した当たりの話しの流れって覚えてる?」

「ああ、あの『友の血が途切れるまで我らの約束は永遠に続く』って奴だろ?」

「そこは田舎でも同じでよかったよ。

 今、その友の血が途切れる直前なのが今のウィスタリアの現状なの。

 精霊が居なくなればどうなるかアズラインやロンサールとかでも想像がつくよね?」

「おお、それは大変だな?」

「何とも思わんのか……」

「すまん。ロンサールもアズラインも話でしか知らないから正直どうなってるかなんて想像がつかないんだよ」

「まぁ、何度話をしても見てもらわないとあの状況は説明できないからな……

 とにかくだ、ロンサールは見渡す限り砂漠でアズラインは国全体がスラムだと思えばいい」

「それは……大変だな?」

「いや、スラムも砂漠も知らなさそうなファルに聞いた俺が馬鹿だった……

 今この国は過去千年の中で精霊と契約が切れると言う一番の危機に直面している。

 貴族共は物資を買いあさり、国は少しでも使えそうなやつを引き込む事に躍起になっていて、ギルド辺りは情報収集に走り回って逃げ道を探っている。

 一番の脱出口はハウオルティアだったんだが、リンヴェル国に変わり政治はまだ不安定だが、とりあえず復興は順調に進んでいる。

 ブルトランとロンサールからの移民、そしてロンサールからウィスタリアに出稼ぎしてた奴らもリンヴェルに移り住んでいる中にウィスタリアが入る余地はない」

「へー、大変だな」

「そんな中での巫女達による『祈りの神殿』をやるの。

 だから国の期待は半端ないんだよ」

「エクルもミストも大役じゃないか」

「特にミストだ。

 精霊付きの巫女だから、国王に息子が居たら問答無用で結婚させられるはずだったのに」

「息子もいないし、契約もある。

 ひょっとしてレイのヤツ今やばい状況?」

「まぁ、最低限儀式までは大丈夫かもしれないが、何かと接触はしてくるだろうな」

「ああ、レイも大変だ」

「こっちも大変そうじゃないね……」

「いやいや、レイの周囲の下僕達が何しでかすか判らないから、そっちの火消が大変って意味で」

「うわー、よくわかんないけど後始末役は大変だね」

「大変なのです」


 真剣な顔でこくりと頷けば


「なんでこんなにもすごく嬉しい報告したつもりなのにこんなにも疲れるんだろう……」

「多分ファロがまだこの辺の事を詳しく知らないのが原因かな?」

「考えるな。ファロのびっくり田舎暮らしはまだ序の口だと思えばこんな事で疲れている暇はないはずだ」

「お前ら一体俺を何だと思ってる……」

「手の付けられないどうしようもない田舎者」

「ヒューイ、それはさすがに酷い……」

「ファロ、大丈夫だよ。明日から色んなところ案内してあげるからね」


 ヒューイの発現にすねたファロを慰めるエクルにミストもくすくすと笑う。


「どのみち近いうちにレイにまた会いに行くよ」

「だったらレイさんの新しいお家みたいかも!

 長期休みに入ったら寮出なくちゃいけないから連絡先を知っておきたいよ!」

「まぁ、いきなりの新居だし買い出しもあるから巻き込まれるつもりならどうぞ」

「じゃあ、私もお手伝いするよ。

 一応契約もあるし、ファロの部屋も作らないといけないだろうから手数は必要だしね」

「そういう事なら俺も手伝うぞ」


 ヒューイも賛成と手を上げた所でコンコンとドアをノックする音。


「ちょうど意見がまとまった所?

 約束の時間だし、次に借りたい子がいるんだけど代われる?」


 ガラス窓から顔をのぞかせた食堂の人達に俺達は食器を持って席を立つ。


「代われます。

 じゃあ、今日はここまでって事で」


 宿題もあるからそれじゃあと言って部屋を別れた。

 部屋に戻る途中、部屋に持ち込み可能な軽食がある事をミストから教えてもらって俺達はそれを手にして各自の部屋へと戻る事になったのだが……


「それはそうとだ。

 ファロ、お前算数の宿題どれだけ進めそうか?」

「えーと、渡されたプリント5枚だっけ……」


 お互いまっさらなプリントを眺め


「とりあえず協力しないか?」

「基礎問題は置いといて応用問題から潰そうか……」

「って言うか、何で授業初日でこんなにもいきなり宿題があるんだよ……」

「宿題は多いと話で聞いていたが、こうやってみるとほんと多いな……」


お互い顔を見合って溜息を吐く。

仕方がない、やろうか……

そんな言葉にならない事を溜息に乗せてカリカリとペンが紙をひっかく音を奏でるのだった。



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