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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
番外編
222/227

砂漠の歌姫7

大広間の近くの部屋に,メイシーはセイキと入った.

すぐにメイドたちが,お茶と菓子を用意する.

メイシーはウィッヂをソファーの上に置き,自分はその隣に腰かけた.

セイキは,向かいの席にいる.

メイドたちが退出すると,彼はさっそく話を切り出した.

「今,自治区では困ったことになっていてね.」

「困ったこと,ですか?」

メイシーは不安になった.

「あぁ.現在,自治区と神聖公国の交易は,私たちの一族がしきっている.」

その立場により,結構な利益を得ているらしい.

「だがそれに,君の父親であるヘキ族長が,横やりを入れてくる.神聖公国に嫁いだのは自分の娘だから,ヘキ一族が貿易を独占すべきだと言ってね.」

初めて耳にする話に,メイシーはとまどった.

父はメイシーの立場を利用して,セイキたちの権益を侵そうとしているのだ.

セイキたちが貿易権を得たのは,スンダン王国との和平に協力したからだ.

しかし父は,何もしていない.

「ゆえに私とロウシーは,一族の者たちから責められている.」

ロウシーの妹とはいえ,なぜちがう部族のメイシーを嫁がせたのか?

どうして一族内の女と婚姻させなかったのか?

「確かに,みんなの言うとおりだ.君とライクシード殿の縁組みは,まちがいだった.よって,結婚相手を変えようと考えている.」

結婚相手を変える?

メイシーは,まゆをひそめた.

「間者を放って,簡単に調べさせてもらった.君が,彼の子を宿している可能性はない.」

「あ,」

ぎくりとする.

ライクシードはメイシーに,指一本触れていない.

「従って,たやすく離婚できる.君は自治区に戻り,別の男と夫婦になる.」

メイシーを愛し守ってくれる男を,ロウシーが探す.

女性に手を上げるような悪い男は,けっして選ばない.

「そして私のめいであるチーキーが,神聖公国に嫁入りする.彼女はもう,その気になっている.」

セイキは,にこにこと笑った.

「ライクシード殿は,単身でスンダン王国の砦に乗りこんだ勇敢な男だと,自治区でもうわさになっている.おまけに,あれほどの美貌だ.チーキー以外の女性たちも,ぜひ花嫁になりたいと大騒ぎしている.」

メイシーの方は,とてもではないが笑えない.

「だからメイシー,私と自治区へ帰ろう.ロウシーは君の身を非常に案じている.彼女からの手紙を渡してもいいかね?」

メイシーは迷ったが,うなずいた.

セイキは懐から,折りたたまれた一枚の紙を取り出して,メイシーに渡す.

メイシーは手紙を開いて読みだした.

『メイシー,あなたをまったく見知らぬ国に嫁がせてごめんなさい.さらに父は,あなただけを神聖公国の城に置いていった.姫であるあなたに,メイドのひとりすらつけなかったなんて.かわいそうに.心細い思いをしているでしょう.』

ライクシードたちからも驚かれたが,メイシーには,ともの者がいない.

慣れ親しんだ故郷の人間がいなくて,さびしいと言えばさびしいが.

『夫とも不仲と聞いたわ.ただのうわさだとセイキは主張するけれど,部屋に閉じこめられているとも…….どうか遠慮せずに私を頼って,自治区に帰ってきて.』

メイシーは返答に困った.

姉は親切心で,帰郷を勧めている.

しかしメイシーには,都合の悪いことだ.

セイキは,優しい笑みを浮かべた.

「私はこの城に五日間滞在してから,君を連れて帰るつもりだ.」

「待ってください.」

勝手に決めないでほしい.

まだ,はいともいいえとも返事していないのに.

「あぁ.待つよ.ただちに決められることではないだろう.けれど自治区のことを第一に考えて,心を決めてくれ.」

彼は席を立ち,部屋から去った.

メイシーはぼう然と,テーブルの上の,ちっとも手のつけられなかったお茶と菓子を見つめる.

どうして,こうなったのか.

昨日までは何も知らずに安楽に過ごしていたのに,今や妻の座すら危うい.

自治区のことを考えれば,メイシーは身を引くべきだろう.

ライクシードに必要なのは,セイキとつながりのある娘だ.

メイシーにこだわる必要はなく,チーキーでも,またほかの女性でも構わない.

そしてメイシーは再び,ちがう男のところへ嫁ぐ.

別に,いいではないか.

乱暴でない男なら,誰でもいい.

誰でもいい,はずなのに.

メイシーは,姉からの手紙を胸にぎゅっと抱いた.

ライクシード以外の男性は嫌だ.

だって彼を愛している.

離れたくない.

ほかの女性に取られたくない.

メイシーは,父を恨んだ.

なんて余計なことをしているのだ.

メイシーが婚約者の暴力から助けてくれと訴えたときは,何もしなかったくせに.

今,目の前に父がいたら,思う存分ののしっただろう.

メイシーは心を落ちつかせようと,手紙を懐に入れてウィッヂを取った.

腹に抱えて,少しだけつまびく.

ゆっくりと息を吐くと,だいぶ気持ちがおさまってきた.

とにかくセイキは,五日間は城にとどまるのだ.

あせる必要はない.

父の困った行動について,誰かに相談してみよう.

離婚以外の解決策があるかもしれない.

特にマリエは,頼りになる女性だ.

それに大広間では,セシリアもメイシーを心配していた.

そうだ,大広間でウィッヂの演奏をするようにバウスから頼まれていたのだ.

まず歌とウィッヂを披露してから,マリエかセシリアを捕まえて話をしよう.

メイシーはウィッヂを持って,部屋を後にした.

廊下を歩いていると,大広間から,なぜかウィッヂの音が流れてくる.

「戦いを終えて,戦士たちが帰ってきた.」

若い女性の歌声だ.

メイシーが演奏しようと思っていた定番の曲をやっている.

「さぁ,祝え,さぁ,踊れ.無慈悲な太陽は消えて,今はうるわしき月の夜.」

なぜ?

素直に考えれば,自治区の若い女が奏でているのだろう.

歌もウィッヂもうまいが,人前で演奏するのに慣れていない風だ.

緊張しているのが,聴くだけで感じ取れる.

そして,けれんみのない上品な音色だ.

すなわち,歌で金を稼ぐ旅芸人ではなく,メイシーと同じく趣味や教養で弾いている金持ちの娘だろう.

だから今,歌っているのは,チーキーだ.

メイシーは血の気が引いた.

セイキは,――メイシーには教えなかったが,チーキーを連れてきていたのだ.

そして彼女を城に残して,メイシーを連れて帰るつもりだ.

チーキーはすでに,メイシーの居場所を奪っている.

メイシーが弾くはずだった曲を,メイシーが弾くはずだった場所で弾いている.

涙が出そうになって,メイシーはこらえた.

さっときびすを返して,大広間から離れる.

どうしよう.

どうすればいいのか分からない.

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