第五話
風が、静かだった。
花の海は変わらず広がっているのに、どこか音が少なかった。赤も青も黄色も、ゆるやかに揺れている。
白が、見えた。
小さく、軽く、ふわっと広がっている。
白い花の中に、あの二人がいた。
同じ場所に、同じ並び方で立っていた。昨日も一昨日もそうしていたような、そういう自然さで。男が何か言って、女が小さく笑った。風が来て、白い花が揺れた。二人はそれを見ていた。
少女は遠くから、それを見ていた。
近づいた。
少し離れたところで、二人を見た。それから、歩みを進めた。
男が振り返った。昨日と同じ穏やかな顔だった。
「また来たね」
「うん」
少女は白い花を見た。それから、二人を見た。
「……それ、よくないって言われてる」
男の表情が、少しだけ変わった。
「何が」
「そのままだと、よくないって」
女が少女を見た。子どもを見る目ではなくなっていた。
「このままでいいの」
静かな声だった。
「終わらせなくていい。このままで、十分なの」
少女は黙った。
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、止まった。
男が言った。
「分かるだろう」
少女は前を向いたまま、口を開いた。
「終わらせたほうがいいって、言われてるから」
少女の手が、女の腕に触れた。一瞬だけ。それからすぐ、離れた。
誰も何も言わなかった。
「もう十分だって思えるまで、見ていいって」
「やめて」
「終わりにしよう」
女の表情が、動かなくなった。
白い花が、消えた。
一斉に、全部が、同時に。端からでも真ん中からでもなく、ただ、なかったことになるように。きれいに、跡形もなく。
土もなかった。空白だけが、そこにあった。
二人は、立っていた。
同じ場所に、同じ並び方で。
ただ、男が女の手を探した。女の手が、男の手に触れた。触れて、止まった。
動かなかった。
少女は空白を見た。
さっきまで白があった場所。軽く、ふわっと広がっていた場所。
何も言わなかった。踵を返した。
花はまだある。赤も青も白も、あちこちに咲いている。でも前より少なかった。色の密度が、少しずつ薄くなっていた。整っていた。きれいに、整っていた。
少女は道を歩いた。
次の花を探さなかった。探す必要がなかった。
黄色が、見えた。
道の端に、一輪だけ。他の花とは離れていた。群れていない。密集していない。ただ、一輪だけ、そこに咲いていた。
小さかった。やわらかい黄色だった。
少女は立ち止まった。
見た。
名前は分からなかった。なぜそこに咲いているのかも、なぜ一輪だけなのかも、分からなかった。
考えて、分からなかった。
「……言われてない」
小さく呟いた。誰かに確認するのではなく、ただ確かめるように。
少女はその花を見ていた。
風が来た。黄色い一輪が、やわらかく揺れた。
少女は歩き出した。
花は、残っていた。
白いワンピースの裾が、風に揺れた。
その白が、わずかに鈍かった。




