第四話
風が、やわらかかった。
重くもなく、強くもない。花の海がゆれている。赤も青も黄色も、思い思いの方向へ傾いて、また戻る。
その中に、白が見えた。
小さな花が、ふわっと広がっている。密集していない。押し合っていない。ただ、軽く、そこにある。風が来るたびに、ほんの少しだけ揺れて、また元に戻る。
少女は少しだけ立ち止まった。それから、歩き出した。
二人は、白い花の中にいた。
年配の男と、その隣の女。夫婦だろうと思った。並び方が、そういう並び方だった。長い時間をかけて作られた、自然な距離感。
二人とも、花を見ていた。話していない。それでも、黙っているのではなかった。何も言わなくていい、という空気が、二人の間にあった。
少女は少し離れたところで、二人を見た。
それから、近づいた。
男が振り返った。穏やかな顔だった。
「こんにちは」
「……こんにちは」
女も少女を見た。少し目を細める。子どもを見るときの目だった。
「お花、きれいですね」
男が言った。
「うん」
少女は白い花を見た。
「ここ、よく来るんですか」
「たまに。二人で」
女が答えた。
「昔から好きなの、この花」
「どうして?」
「なんとなく。重くないから」
風が来た。白い花が、ふわりと揺れた。二人はそれを見ていた。
少女はいつも通り、口を開こうとした。
「それ、よくないって……」
止まった。
言葉が、途中で止まった。
男と女は、まだ花を見ていた。肩が触れそうなくらい近くに立って、風が来るたびに揺れる白を、ただ見ていた。
少女は二人を見た。
何かが消えかけた。消えるべきものを探した。
見つからなかった。
重さでもない。ただ、そこに二人がいて、白い花があって、風が吹いていた。
「……」
少女は何も言わなかった。
しばらくそこにいた。
二人は少女のことを気にしていなかった。嫌っているのではなく、ただ花を見ていた。それだけで足りているような、そういう時間だった。
白い花は揺れていた。崩れなかった。色が抜けなかった。ただ、軽く、そこにあった。
少女は、静かに踵を返した。
二人には言わなかった。振り返らなかった。
白い花の中を、来た道へ戻っていく。風がやわらかく吹いていた。
花は、残っていた。
少女は歩きながら、何も考えなかった。
次の花を探さなかった。
ただ、歩いた。




