第50話:世界リフォーム、竣工。――現場監督の検収印で、新しい時代が始まります
世界の裏側に、三千年の歴史で初めて「完成」の静寂が訪れた。
かつて錆とヘドロと絶望にまみれていた巨大な魔導配管は、今やカイポリス製の銀色の遮熱材に包まれ、規則正しく美しい脈動を刻んでいる。空を覆っていた次元コンクリートの殻は、リリスが施した聖法気によって「青空」を投影するスクリーンへと変貌し、バックヤードそのものが一つの巨大な「地下都市」のような輝きを放っていた。
中央広場には、この大規模修繕を戦い抜いた面々が集まっている。
泥まみれのヘルメットを脱ぎ、清々しい顔をしたバルガスとドワーフたち。
弓を置き、満足げに微笑むセレナ。
そして、傍らで僕を支え続けてくれたリリス。
「……カイ様、ついに、この時が来ましたね」
リリスが差し出したのは、金色のインクが充填された特注の「管理者用・検収印」。これを基幹システムの最終確認書に押せば、この世界の管理権限は神の手を離れ、恒久的に「現場」へと委譲される。
「ああ。……長かった。……でも、まだ一人、確認してもらわなきゃいけない人がいる」
僕は、群衆の後ろで、すっかりツナギが板についた老人――新人作業員(0番)として働いてきた「神」に声をかけた。
彼はこの数週間で、手に豆を作り、腰を痛め、そして「自分で直した配管から綺麗なマナが流れる喜び」を知った。今の彼には、かつての傲慢な創造主の面影はない。ただ一人の、熟練した「手伝い」の顔をしていた。
「……オーナー。……見ての通り、工事は完了だ。……あんたの目から見て、この世界はまだ『全損』かい?」
神は、ゆっくりと顔を上げた。
彼は銀色の配管を見つめ、地上から流れてくる「公民館で笑い合う人々の声」に耳を澄ませた。
「……いや。……全損どころか、我の設計図よりも遥かに……強くて、温かい。……カイ、我は間違っていた。……世界を支えているのは奇跡ではない。……汚れを厭わず、一歩ずつ積み上げる『人間の歩み』だったのだな」
神は、自らの手で書き換えた「保守管理マニュアル」を僕に手渡した。それは神の力による解決を禁じ、人が自ら修理し続けるための、泥臭い知恵の結晶だった。
「……よし。……なら、これにて竣工だ」
僕は、アーカイブの最終ページを開いた。
そこには、三千年前から「未完」のまま放置されていた世界の設計図が浮かび上がっている。
僕は大きく息を吸い込み、金色の検収印を、渾身の力でその設計図へと叩きつけた。
――【竣工検収:合格】。
――【管理者:カイ・ハイランド】。
ゴォォォォォォォォォォォン……ッ!!
世界が、歓喜に震えるような音を立てた。
地上の空に、見たこともないほど巨大で鮮やかな七色の虹が架かる。
それは神の奇跡ではない。新しく張り巡らされた魔導ネットワークが、余剰マナを光へと変換して放った「インフラの輝き」だ。
「……じいちゃん。……見てるか。……ハイランドの家訓、今日で終わりだよ。……これからは『床下を気にするな』じゃなくて、……『床下が一番の自慢だ』って言える世界にしたからさ」
傍らでじいちゃんが、鼻をすすりながらタバコに火をつけた。
「……ああ。……お前は、最高の現場監督だ、カイ」
***
数日後。
聖王国ハイランドの王都。
かつての「追放された王子」を嘲笑った貴族たちは、今やカイポリスが提供する「全自動魔法掃除機」と「温水洗浄便座」の虜になり、僕にペコペコと頭を下げている。
だが、僕は玉座には座らなかった。
王都の片隅に建てた小さな事務所――「カイポリス・メンテナンス商会」のデスクで、僕は新しい依頼書を眺めていた。
「カイ様、お茶が入りましたよ。……次は、どこの現場へ向かいますか?」
リリスが、新しいヘルメットを僕の机に置く。
「……次は、隣の大陸の『砂漠化問題』かな。……あそこの地下水路、設計ミスで詰まってるみたいなんだ。……放っておくと、また神様が『リセットボタン』を押しに来るかもしれないからね」
僕はヘルメットを被り、スパナを背負って立ち上がった。
「……さあ、行こう。……世界は広い。……直すべき場所は、まだまだ山積みだ!」
夕日に向かって走り出す一台の魔導バイク。
その背中には、世界一頼もしい「現場監督」の文字が輝いていた。
第二部第一話:無能力者の再起。――「魔力」はないが、僕には「てこ」がある
『強くてニューゲーム・ハードモード』




