ep77.臨戦態勢
暴食が、裏世界に立った。
それだけで、空気が沈む。
地面が軋み、瓦礫が浮き上がり、ゆっくりと吸い寄せられていく。
質量。
それはもう、黒ではない。
都市そのものだった。
零が一歩、前へ出る。
「――ブラックアウト」
空気が凍る。
嫉妬の世界が広がる。
色が削がれ、存在の差異がむき出しになる空間。
“足りない”という感情が、刃になる。
魅魅も、続く。
「ブラックアウト」
甘い香りのような圧。
色欲の領域。
欲望が引力を持ち、絡み、縛る。
夢魔が、面倒くさそうに目を細める。
「……起きちゃったよ」
それでも唱える。
「ブラックアウト」
重さ。
思考が沈む。
怠惰が空間を鈍らせる。
三つの王の世界が重なり、裏世界を塗り替える。
久我の銃声が響く。
弾丸が、暴食へ吸い込まれる。
天音がページをめくる。
「借りるね」
強化が重なり、時矢が消える。
刃が、暴食の中心へ突き込まれる。
零の氷が貫く。
魅魅の歪みが締め上げる。
怠惰が沈める。
全員の攻撃が、一斉に叩き込まれる。
裏世界が揺れる。
光が弾ける。
轟音。
そして、静寂。
煙がゆっくりと晴れていく。
そこに。
暴食は、立っていた。
無傷。
表面が、ほんの僅かに波打っただけ。
巨大な口が、ゆっくりと開く。
声はない。
だが、確実に。
“足りない”
零の領域が、軋む。
亀裂が走る。
魅魅の空間が、歪む。
夢魔の重さが、押し返される。
暴食が、一歩踏み出す。
それだけで。
嫉妬の世界に、ひびが入る。
色欲の空間が、剥がれ落ちる。
怠惰が、揺らぐ。
零が歯を食いしばる。
「押されてる……!」
魅魅が舌打ちする。
「冗談でしょ」
暴食が、腕のような影を振る。
見えない衝撃。
その一撃で。
――バキン。
嫉妬のブラックアウトが、砕けた。
氷の世界が、粉々に割れる。
続いて。
色欲が裂ける。
甘い空気が消える。
最後に。
怠惰が押し潰される。
三王の領域が、同時に崩壊する。
裏世界が、本来の歪んだ姿へ戻る。
暴食は、ただ立っている。
無傷で。
圧倒的に。
そして、次に喰う対象を選ぶように、
ゆっくりと、視線を向けた。




