第5話 中華蕎麦は蕎麦だけど蕎麦じゃない
蕎麦屋に到着し、暖簾をくぐり入店すると、夕飯時だからか店内は混みあっているようだった。
幸いにも席は空いていたようで席へ案内されるのに時間はかからなかった。
着席した後に店員の方からメニューを受け取り、そこにずらりと並んだ文字列を眺めながら何を頼むかを考える。
もりそばにかけそば、中華そば、油そば...
ざっとメニューに目を通していくと、蕎麦のメニューは勿論あるのだが、ラーメンのメニューの割合が蕎麦屋にしては多いと思った。
これも佐倉が言っていたラーメン屋がクリティアスの物を売るようになったことと関係があるのだろうと俺は訝しんだ。
そういえば向かいの店にうどん屋があったが、もしかするとあそこもこの店と同じようにラーメン店かというくらいにラーメンをメニューの一部として提供しているではないかという疑念が頭をよぎった。
さきほど学ランの男が希望がなければラーメン屋になるがと言ったのも、この地下街ではあらゆる食の中でラーメンが異常に好まれているからといった理由があったからなんだろうか?
それとも、この蕎麦屋が特殊であって他はそうでもないのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は学ランに注文していいかと尋ねた。
彼がコクりと頷いたので、俺は大きめの声を出して注文をお願いしますと言った。
駆けよってきた店員に俺は卵とじそばの大盛りを頼み、学ランの男は豚骨中華蕎麦を頼んだ。
なんとなくこの男はラーメンを頼むのではないかと予想していたので、それがぴたりと当てはまってしまったことに俺は少し吹き出しそうになり、空咳をして笑いを誤魔化した。
店員が注文を聞き終えて厨房へと去った後、学ランの男が
「この混み具合だと提供されるまで時間がかかるだろう。そこで、注文を待つ間にこの街のルールを知らないお前にいくつか知っておかなければならないことを説明しようと思う。聞く用意はできているか?」
と言ったので、俺は首肯して同意を示した。
「では、さっそく説明を始めるが、まず第一に守らなければならないのはこの地下街のことは口外無用であるということだ。なぜかわかるか?」
「えっと、ここが政府にばれたら地下街がなくなる...とかか?」
「そうだ。日本政府はクリティアスの技術を一部提供されているが、クリティアス本国で一般的に利用されている技術や製品の国内での利用を規制している。これは以前クリティアスに関することが規制されていなかった時期に彼らの技術の便利さを知った人々が日本を属国としてクリティアスに帰依しようという大規模な計画を実行に移そうとしたことが直接的な原因とされているが、内情は違う。20年ほど前に、クリティアス製品が流通すれば日本国内での労働従事者の8割がその職を失うという調査結果が官僚や政治家たちの間で共有されたことで、労働市場の崩壊を防ごうという動きが活発になった。その結果としてクリティアス製品の輸入や利用が禁止されるようになった。属国化論者は政府の仕込みだったともいわれている。今となっては政府のの抵抗もむなしく、クリティアス自体に仕事を奪われてしまったことで国内の労働者は一割程度にまで減ってしまった。働かなくてもよい時代が到来したのを喜ぶべきかは俺には分からないが、いずれにしろ、日本という国の寿命を延命するためにとられた技術的鎖国が意味を失ってもなお続いているというわけだ。未だに政府のそうした態度は変わらず、当局にクリティアス製品の密売人が摘発された場合、彼らは例外なく厳罰に処されている。この地下街は国内でも有数のクリティアス製品の密売所だ。それから、ラーメンの楽園でもある。ゆえに、この街の存在を政府が知れば何としてでも潰そうとしてくるだろう。お前もクリティアスに憧れる者の端くれであるのなら、この地下街のことは何があっても話してはならないということを肝に銘じてくれ」
真剣な学ランの表情に、俺はゆっくりと頷いた。
「分かった。絶対に言わないと約束する」
「当然だ」
それからこの地下街は隣町の地下街などと地下鉄道を通じて行き来できることや、地下街が会員制で、俺は未だ仮会員であること、この地下街で入手したものの一部は専用の業者を通さなければ地上に持ち出せないことなど、他にも数多くの説明を卵とじそばが運ばれてくるまでに学ランから聞くことになった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。続きが気になると思えるほどの分量をまだ書けてはいませんが、執筆を応援していただける気持ちがありましたら評価や感想、ブックマークなどをしていただけると幸いです。




