99話 豊穣楽土⑤
岐阜城の大広間は大勢の織田家臣らであふれている。
ざわざわととても騒がしい。
演壇の織田信長そっちのけで左右の者らとささやき合っているためだ。
「いいぞ。ざわつくのも仕方あるまい。今お前たち全員に配ったイカスルメルの土産は、どれも未知のシロモンだろう? どうだ、林?」
「たいそう高級そうには思えますが、これはどう使うので?」
「それは電動の髭剃り機だ。こうスイッチを入れると……、こうだ。ほら楽々と髭が剃れる」
「おおう!」
「――あのう。これは?」
「ボールペンと言う。ここを押すとペン先が出る。このように紙に字が書ける」
「ほお! 便利じゃあ」
信長は息を吸い込み、吐いた。
「しかしだ。残念ながら、それらはすべて消耗品を必要とする。髭剃りはこれ、電池という付属品が要る。またボールペンには替え芯が必要だ。これらをマメに仕入れなければならない」
「何ですと。ずっとは使えないのでありまするか?」
どよどよ……と満場が重く沈む。舌打ちやブーイングも漏れた。
「だがな。……もしもオレたち織田家が天下を取ったら」
ピタリと喧噪が止む。
全員信長の次の言葉を待っている。
それでも数秒、彼はだんまりを続けた。
唾を呑む音さえ聞こえるようになった。
「織田家が天下を取ったら、お前らは毎日そのような物を手にし、半永久的に使用することが出来よう。オレが流通ルートを開拓してやる」
ほぉぉぉ!
異口同音の感嘆詞が広間の壁や天井を振動させた。
「他にも酒、着物、腕時計、菓子、靴、薬、メガネ……、なんでも輸入してやるぞ? だからそうするためには、莫大な尽力と資金がいるって話だ。オレたちは、一刻も早く日ノ本をまとめ上げ、金が織田家に集中する仕組みを構築する必要がある」
「天下布武構想ですな!」
「そうだ、【天下統一】だ!」
おおおっ!
「――応仁の乱以来、日ノ本は百年にわたり、戦に明け暮れ、荒廃している。そして味方を裏切り、仲間をだまし、主に逆らい、人を酷使する。民からすべてを搾取する領主、食うに困り人を殺める良民が後を絶たない。オレはそんな世の中を糺す。そして民の害を全て無くす」
広間に暗幕が張られた。
どよめく聴衆に向かい、天井から下ろされたスクリーンにプロジェクタ画面が映し出される。
うおぉぉぉ!
またもや驚嘆の響き。
スクリーンには精密な日本全図が大写されている。
京都付近を中心に、織田の勢力圏が少し濃いの色で識別されていた。
さらに武田、毛利、長曾我部、本願寺、そして上杉など敵対する周辺大国を、それぞれ独自に色分けし、それらの推定戦力など浮かび上がった。
「まずは西部戦線から。現在、大坂表は、本願寺の包囲を継続しているが戦況は思わしくない。佐久間」
「ははっ。てか、西国の毛利が籠城中のヤツらに物質を運び入れており、対応に苦慮して申す」
「九鬼」
「はっ。伊勢湾にて現在、大型の戦船を建造中でございます」
「鉄板で覆った鉄甲船だ。信忠がつくって琵琶湖で活用した輸送船のバージョンアップ版だ。【戦艦大和】と名付けたい」
シーンとなる。
信長の頬がやや紅潮した。
「てか殿、大スベリですな!」
「ウルセーよ。そしてだ、今回伝える作戦だが。みんなの総力を結集したいが、どうだ?」
「な、なんですかな?」
「東部戦線だ。上杉と武田の動向が問題だ。ヤツらを全力で叩く。叩き潰す」
フッ……と黙り、家臣たちを見渡す。
次に何を言い出すのかと一同、身構える。
「おい。入って来い」
上座脇の戸襖に声を掛けると、ガラリと開いた奥から大柄の男が身をかがめて登場した。
ざわつきがピークに達した。
「浅井……長政!」
奇声を上げ口をパクパクさせたのは、信長の息子、信忠だった。
「お前、生きてたのかっ?」
「おいおい。呼び捨てとか、お前とか、年上に対して礼儀知らねぇな」
と言いつつ別段気にするふうでもなく、頭を掻きながら当の信忠の横に「よっこらせ」と身体を落ち着けた。
「おっお前、何様のつもりなんだ!」
彼の怒りに同調し、織田家臣たちが長政を取り囲んだ。
「なー、テメエらヤメロ。さっきっから話進めたくて待ってんだ。さっさと元の場所に戻れ」
信長があまりに静かに話したので、皆、逆に背中がピン! と張り、そそくさと自座についた。
「パパ上。どういう腹積もりなんだ?」
「どういうって……。見ての通りだ。今日から【ネオ浅井家】と共同戦線を張る。異存のあるヤツは前に出ろ。退職金渡してやる」
「ハアッ?」
ポンポンと頭を叩き、息子のカオを覗き込み。
「信忠。お前は賢いよ。それに随分しっかりしてる。お前はオレの自慢の息子だ。だから、もう分かるよな? 今しなければならないこと」
「……え?」
「分かるよな? 言ってみろ」
信忠は父の瞳に吸い寄せられそうになりながら、頭をフル回転させた。
そしてようやくこう答えた。
「織田家の総力でスケルトンカセット師匠を粉砕する。総力には浅井家も含まれる……」
「グー!」
ニッコリの信長。ギュッと息子を抱きしめた。
佐久間が立ち上がる。
「てーか、ソイツは裏切りモンでしょうが! また裏切るかも知れませんぞ?」
「佐久間!」
柴田勝家が鬼の形相で怒鳴った。
「空気読め、空気っ!」
「よく出来た、勝家」
拍手する信長に感激した勝家は涙腺が崩壊しつつ、「恐悦至極に存じ奉りまする」と舌噛み無しに平伏した。
「勝家、お前に越前北ノ庄城を与え、能登、加賀、越中、越前の統治を任せる。上杉謙信と渡り合って来い」
「へっ?」
「地方支店に栄転だ。良かったな」
「左遷?」
「違うって! 羽柴秀吉! 浅井長政! 前田利家! 佐々成政!」
「ははっ!」
「お前ら、柴田に協力して一緒に上杉を退治して来い」
ポカーン。
「え……殿……は?」
「どーするのでござるか? キー」
「お前はどーすんだ?」
信長はちょっと面倒くさそうな表情をさらしたがすぐに真顔に戻り、
「お、オレは……少し用事がある!」
佐久間がボソッと。
「てーか、……昼寝ですな」
家臣たちの冷たい視線が信長に突き刺さった。
浅井長政も例外ではない。誰よりも大口を開けて彼を凝視した。
「……マジか」




