97話 豊穣楽土③
「国友鍛冶製の種子島試作が暴発したんですって? ……アンタ、とんでもないわね?」
銃身が発する熱や弾丸発射の衝撃に装具部品が持たなかったのだ。
松永弾正から【けん銃の図面】を受け取った織田信長はニヤッと口を歪めた。
「言うな。お前こそ、よくこんなのが入手できるな」
「わたし、母星じゃ結構なアウトローの世界に居るのよ? ナメないで頂戴な」
「知ってるよ。じゃついでに【元顧客】を紹介してくれ。螺子屋に発条屋にプレス屋、よーするに金属加工屋もろもろな。あとは熱処理屋とかもだ」
「熱処理って。それこそ図面提供必要じゃない? 足つくわよ?」
「黙れよ。【そのくらい】幾らでも口封じ出来るだろ? 四の五の言うな」
「それが人にモノを頼む態度かしら。そんならいっそ、【現物】仕入れた方が手っ取り早くない?」
真昼間の居酒屋はクズなダメ男しか席を占拠しておらず、二人の【ざっくばらんな】話には誰一人関心を寄せない。聞こえたところで何の話か、理解などしようともしない。
「当然だ。この際、そういうのも集めまくれよ。単価十万だ」
「バカ言わないでよ。三十は出しなさいよ」
ハハハと乾いた笑いの後、
「八だ。どーせアジア渡来のパチモンも混じるんだろ」
「ハー。……アンタ、よーやくヤル気になったみたいね」
――織田信長は戦国期の地球の科学技術に見切りをつけ、母星イカスルメルでの銃パーツ供給に着手した。
イカスルメルで金貸しをしている松永弾正は、喉から手が出るほど仕事が欲しい零細部品屋を幾らでも知っていた。
彼らは、自分たちが【何の】部品を造らされるのか、にはまったく興味が無い。単価幾らでどのくらいの量注文して貰えるのか、ただそれだけ。
信長はそこに目を付けたのだ。
「紹介料、安くないわよ?」
「適当な茶器をやる。それで許せ」
「バカ。それより、大和・多聞城を返してよ」
「冗談だろ。オマエ、肝心な状況で裏切りやがったろ。息子を窮地に立たせたそうじゃねーか。今回の件はその罪滅ぼしだと思え。命繋いでるだけでもヨシとしろ」
フフフと弾正。
「完全復活じゃなーい? ノブちゃん。ひさびさに夜のお楽しみ、しない?」
「するか! つーか、もともと久々も何もあるかっての!」
「まっ。ヒドイ男」
熊のようなごつい手をしたオヤジが置いた芋焼酎をグイと飲み干すと、弾正は席を立った。
「いつまでに?」
「三日後だ」
「随分悠長ね。スケカセ師匠とやらは冬眠中なの?」
サイフから万札を出しテーブルに置くと、信長はトイレを目指した。
「今は冬だ。越後は動けねぇ。それにヤツの息子は徳川が押さえている」
「本願寺は?」
「大坂の地でカメ状態だ。顕如のヨメを使って攪乱してっから、しばらく持つだろ」
「如春ちゃん?」
「秀吉が得意でな。顕如にハニートラップ仕掛けまくってジェラシーストーム・大乱闘騒ぎ。夫婦喧嘩をウーチューブ配信させて士気ガタ落ちにさせた。一時しのぎだがな」
「……アンタ、自分の事はてんで鈍いのに他人の色恋沙汰にはとんでもなくツボ押さえたえぐり方するわね」
「なんか言ったか?」
「別に」
トイレのトビラを開け、
「弾正の監視役に塙直政をつけるから、ヨロシクな」
「塙。な、なんですって! よりによって」
図体のでかい男が暖簾をくぐり入って来た。
塙本人だ。信長に呼ばれ指定された時間に来たのだ。
彼は鉄砲奉行を務め、近々大和国守護職が内定している出世頭。
大和国、ということは弾正の支配地におさまろうとしているにっくき政敵だということだ。
「以前に何回かお会いしましたが、塙直政です」
「イカスルメル星人だったわね、アンタ……」
マークしたことが無かったのは不覚だった、と弾正は内心歯噛みした。
(コイツ、元刑事だったわ。昔、コイツにパクられたことあったのに……)
「どこかでお会いしましたか?」
信長は用足しですでに居ない。
舌打ちする、弾正。
「ま、抜け抜けと。よくものたまうわね? 元刑事さん?」
「いやいや。わたしも今は同じ穴の狢です。これからも仲良くしましょう。どうかヨロシク、美人武将さん」
二人の大声はトイレの中にもよく伝わっていた。
信長は水量が少ない蛇口でちまちま手洗いしつつ、目前の鏡に映る自分にウインクした。
「……さてと。塙の監視役には丹羽ちゃんをあてて。そろそろ浅井長政を連れて地球に戻るか」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
――五日後。
岐阜城に帰着した織田信長は羽柴秀吉と明智光秀に伝令を飛ばし、鉄砲量産の見切りをつけたことを報告した。
受けたふたりはそれぞれ国友と堺に分かれ、製造競争をますます加速させていく――。
世に言う【長篠の戦】は目前に迫っていた。




