83話 織田信忠の野望②
松永弾正は後に戦国の梟雄と評される人物である。
彼(いや、彼女か?)は、昨年、元亀2年の年初めに、信長を見限り織田陣営から離反したが、その後、木下秀吉の説得によって中立に態度を軟化させ、いたる場面で暗躍を続けている。
「織田を滅ぼすのが目的じゃね? 将軍の追い落としに手を貸すとか、どーゆー了見だよ?」
「ごめんなさいねぇ。まさかわたしの書いた、あんな駄文が清書されて、将軍宛てに送られちゃうなんて思いもしなかったから」
あの木下秀吉とかいうエテ公、なかなかのクセ者だと弾正は舌打ちした。
秀吉は、どこから入手したのか知らないが、弾正が以前信長から言われて下書きした将軍への事実上の弾劾文を、《十七箇条意見書》と銘打ち織田信長の名を使ってまとめ上げ、それを室町御所に突き付けたのだ。
「見え見えの嘘をつくな。テメエの脳には、強いオトコに寄りかかるエロい妄想しか刻まれてねーんだろ?」
「まあ、そんな物言い。ほんっとイケズねぇ、アンタってオトコは」
武田信玄(=スケルトンカセット師匠)のプニプニした腹をつついた弾正は、彼らの背後に控える数人のメイド女性らに命じた。
「アンタたち! しっかりとこの御屋形さまのお世話をするのよ? 地球人の役割りって言ったらイカスルメル星人を楽しませることぐらいしか無いんだから! 分かったわね?」
「はい。ご主人様」
「おいおい、彼女たちはオレっちのカワイイカノジョたちなんだぜ? まるで自分の所有物みたいな言い方するなよ、なあ? オマエたち、エラそうに言ってゴメンなあ?」
「いいえ、ご主人様」
鼻の下を伸ばしている信玄に、そっとほくそ笑んだ弾正は、
「将軍が惨めな最期を迎える前に、ちゃんと彼のお迎えに来るのよ? お願いね?」
「チッ。オレに指図すんじゃねーよ、オカマの分際でよ」
「ほんっと、一言多いわねぇ、アンタ」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
遠路甲府から帰阪の途中、岐阜に寄った弾正は、引きこもりを継続中の信長に面会を求めた。だが当然のようにそれは叶わなかった。
「殿は吉乃さまがご他界して以降、ずっと部屋に籠られたままです」
もう1年半以上もそんな状態だと言う。
ほんっと、こっちはこっちで情けないオトコ。
たかが女ひとりに……、いえ、ふたりか? と、弾正は苦笑した。
「小谷のお市どのとは、その後?」
応対している丹羽五郎左は見るからに不機嫌そうに眉を寄せた。他家の噂話を聞きたがるなど下品だと言わんばかりだった。何でもペラペラとしゃべってくれるかと期待したのだが……内心やれやれと首を振った弾正、話題を逸らし、
「そういえば信長どののご子息が立派になられたって聞いたんですけど? 今日はお会いできないのかしら?」
「信忠さまはご不在です」
にべなく答えた丹羽の後ろで戸があき、年端のいかない少年が、そろそろと後ろを振り返りながら入って来た。
「あ。奇妙さま」
気付いた丹羽に呼ばれると、少年は一瞬「マズイ」と狼狽したカオを見せたが、「なんだ丹羽か」と開き直り、何事もなかったように行きすぎようとした。
「なんだ、じゃありません。どちらにおられましたか、城中くまなく探したのですぞ!」
「パパ上の車を借りてた」
弾正がひざまずくと、少年は彼に手を差し伸べた。
「のこのこと織田家に出入りしてんの? 松永弾正さん……だっけ。ひょっとして武田あたりと会ってたの?」
「なっ?」
「武田と織田、今度はどっちにつくことに決めたの?」
「こ、この子……!」
ポンと弾正の頭を軽くたたいた少年は、あらぬ方を見つつ、
「パパ上にはしばらく会えないよ」
とため息をついた。そうして、
「ボクが代わりに天下布武を達成してやるよ」
と静かに豪語した。
弾正は内なる震えを覚えたが、それを隠しつつ、「ははっ」と目線を落とした。




