77話 兄・信長包囲網⑧ 連合軍の攻勢
― 妹・お市 ―
――元亀元年(1570年)9月12日。
第4回目のテレビ会議を緊急開催。
毛利家代表の小早川隆景さんと、武田スケルトンカセット信玄さんは、欠席。
「それじゃあ、さいしょに本願寺顕如さんの奥さん、教光院如春尼さん。ご発言をどーぞ」
『はーい。今日は緊急で集まってもろうて、おーきにねぇ。と、ゆーんも最近、信長が摂津で暴れて困ってんのよ。なんでうちらの信者さんを目の敵にされなアカンねんってねぇ。どなたか助けたろうとか思ってくれはるイケメン紳士、おらしませんのん?』
申しわけなさげに、白塗りの貴公子が挙手。
「はい、義昭将軍。どーぞ」
『で、でも、予には手勢が無いのだ。というよりいつも信長の目が光っていて、うかつに出せないんだ……』
『いやあ、アンタのコトやのーて、朝倉義景さんと浅井長政さんに言っとるんやがな。一揆勢かて大事な兵なんやで? あの連中はねぇ、アンタらが先導してくれはらへんかったら、動けるモンも動けやしませんで? ちょっと動きがグズすぎるっちゅーてるんや』
『でもさー。こないだ、その一揆に苦しめられたんだよね』
『言い訳無用や。あんさんからもちょっと苦言したってな、顕如はん?』
うながされた本願寺顕如さんは、眼前で両手の平を合わせて、拝むようにゆっくりと一礼した。大写しになった額にハッキリ青筋立ててるから、この人も、相当怒り心頭してるっぽい。言葉に出さなくても分かるってカンジ。モニター越しに夫妻の気迫が伝わってくるよ。
モニター越しの義景さんに頭を下げるナガマサ。
「義景兄さん、頼んます。浅井は全力で頑張りますんで、朝倉を引っ張って、そちらも全力で織田に挑んでください」
それでも義景さんは口ごもる。
『そ、そんなの、こっちだって手抜きしてるわけじゃないさ。色々考えて動こうとしてるんだよ』
「分かってます。それは痛いほど分かってます。でもここはスピード、アクションが最も重要なファクターになっていると考えます、どーかご裁断を!」
ナガマサ、伝えたい主旨は伝わってる……と思う。でもムリに横文字使わないでもいーから。舌噛みそうじゃん! 必死のナガマサ見てたら、お尻のおザブが熱くなってきた。
わたしも事務局の立場だけど、すすっと手を挙げる。一同の注目を浴びる中、宣言。
「浅井はたとえ孤軍でも、京に向かいますからっ。前回会議の決定通り、本願寺の方々に呼応します。――だよね、ナガマサ?」
「おお、そーだ」
「朝倉義景さん。お願いです。しっかりと決断してください。信長包囲網に加わるのか、それとも否なのか? 二択です」
うう、と唸る義景さん。
ジッとにらむと、わたしと目を合わせたまま口を結んでいる。根気を要する時間が流れた。
『今晩返事しよう。それでいいか?』
「分かりました。今夜中にLINEください」
「義景兄さん」
『……なんだ? 長政よ?』
「また、カニ喰いに行きましょうね」
『……機会があれば、な』
――その日の深夜、ナガマサに直電があった。
部下に兵を率いさせて行かせるから、という義景さんに、直接会いたいと一言。
義景さんはしばしの沈黙ののち、『京の湯豆腐がタノシミだ』と答えたそう。
「市っ! 朝倉が動くぞっ!」
ナガマサの手を握るわたし。汗ばんだ感触。
とっても嬉しそう。
すぐさま彼は本願寺に電話した。
『おーきにねぇ。これで心置きなく、信長はんを殺れる』
如春尼さん、そう言ったらしい。ナガマサは、そのままの言葉では、わたしにはそれは伝えなかったけども、意訳して言った。
「今夜、信長がギャフンと言うだろう」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
――9月22日。
わたしたち浅井、朝倉の連合軍は、大坂本願寺の挙兵にあわせて、琵琶湖の西岸沿いに南下を開始しし、近江・坂本に迫った。一揆衆とかも合流したからだけど、よく集まったものだ。
ゼッタイに、お兄ちゃんの吠え面を拝んでやるんだから。
「織田の守備勢が出てきたが粉砕された。森可成って武将が戦死したそうだ」
朝倉軍の猛攻の前に織田の前線は四散したらしい。淡々と語るナガマサ。多分、わたしに気を使ったんだと思う。
たしかに三左さんは、わたしもよく知っている人。奥さん想いで立派な息子さんもいる。
「やると決めた以上、朝倉はやっぱり強いね」
「ああ。しかし、宇佐山城にはまだ残兵がいるそうだ」
早く逃げて欲しい……。
彼らのことを考えると無性に息苦しくなる。
「こりゃ、お市どの。感傷的になっておっては戦国の世は渡れんぞ」
後頭部をいきなり叩かれたっ。まん丸頭のおじいさん、宮部継潤さん。初登場のクセにベテランな現れ方するねっ。
「痛たって……おうえぇぇ」
勢いよくその場にしゃがみこむわたし。――って、
「なんじゃあコレぇ! くっさーい!」
「ってゲロじゃあ! わ、ワシそんなに強くドツいとらんしっ。す、す、すまぬっ!」
ふわぁぁ、情けなし。
キンチョーとストレスでしょうか、継潤さんとナガマサがメチャメチャ心配げにオロオロしてる。
これはイカンっ!
「ちょっと張り切って食べすぎたかも! 運動してカロリー消費するよっ!」
「わあああっ、回転するな! ゲロがスプリンクラーみたいに撒き散らされてるぞっ!」
「ワシが悪かった、悪かったからぁ!」
ああ、わたし輝いてる。
わたし、天使。
キモチ悪さ、サイテー。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
――9月24日朝。
止む無く戦線を離脱していたわたしは、小谷の城中でナガマサからの電話を受けた。
お兄ちゃんはクマの勝家さんに助けられて摂津表を脱出、京に取って返したらしい。
「本願寺勢が、淀川に織田軍を追い詰めたが」
「……失敗したんだね」
「ああ。見事大河を渡り切った。オレらもいったん作戦を変更するしかなくなった」
昨晩、23日夜半。
本願寺顕如ら一揆勢は、淀川に浮かぶ舟をすべて引き揚げさせ、織田軍の退却手段を奪い去っていた。
だけれども織田の先頭を走っていたお兄ちゃんは、川岸に近づくと、ニンマリとほくそ笑んだそう。将兵に振り返ると、
「わっはは! 007に見習うぞっ! 渡れっ」
そう叫び、総軍を沸き立たせたらしい。
「お兄ちゃん、アレ、ホンキで買ったんだ!」
子供のころにジェームズ・ボンドの映画を見て、欲しい欲しいって喚いてた《水陸両用車》!
1台の《水陸両用装甲輸送車・AAV7》が人々の度肝を抜く中、なんなく淀川を渡り切り、対岸からロープをわたして即席の浮き橋をこさえた。
彼らは橋を渡り、あるいはロープを頼りに、または浅瀬を探りあて、あっという間に渡河を完了したそうだ。
織田軍を河に追い落とそうと必死に追いかけた本願寺勢だったけど、彼らは愕然としたまま、それをただ見送るしかなかった様子。
やるな、お兄ちゃん。
でもわたし、負けないから。
「その報を聞いた義景(兄さん)はただちに進撃を止め、比叡山に登った。オレも従うしかなかったよ」
「じゃあ、いま比叡山に居るの?」
「ああ。市と同じ、山の上だ」
お互いにカゼ引かないようにしよう。
わたしたちの戦いは、まだまだこれからだぜ!




