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【完結御礼】新説信長公記! ― シスコンお兄ちゃんが大好きなんだけど、モテすぎだしハラスメントな信長さまだから、織田家滅亡のお手伝いをするね! ―  作者: 香坂くらの
第六章 兄・信長包囲網(志賀の陣) 

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76話 兄・信長包囲網⑦ さざ波立つ明日



 ― 妹・お市 ―


 観音寺城に行くって言っても実際、物理的に行けっこなかった。向かう先々には織田軍がたむろしてるだろうし、だいたい、ナガマサに内緒で出掛けるなんて出来っこない。


 スケルトンカセット師匠の本意を測りかね、悶々としたまま数日を過ごしてしまった。


「楽しげでない様子だな。今朝は大めし喰らいじゃないし。どーかしたか?」

「あ……ウン。まーた、そのヘンな言い方。……別に、マイペンラーイのドンウォーリーだよ?」

「……互いに言葉に気を付けるとしよう」


 そう言うと、ごく自然にチューしてきた。いきなりだよね、まだちょっと恥ずかしくって慣れないけど、がんばって応えよう。


「なんだ? この味」

「カレーだよ。わたしの故郷(くに)の飲み物なんだ。おいしーよ?」


 万福丸の大好物なんだよと説明を付け足すと、オレにもくれとお茶碗を突き出してきた。



  ◇    ◇ ― ◆◆ ―  ◇     ◇



 その日の午後、思いがけない事が起きた。

 庭先に見知らぬ人が潜んでて、廊下を通りかかったわたしを通せんぼしたの。


 普段ナガマサから護身術を特訓させられてたわたしだったから、その闖入者の腕を取り、足払いで庭に転げ落としたんだけど、その人、痛がるどころか恍惚の笑みを浮かべて仰向けで抵抗しなくなった。


「だいじょうぶですか?」

「マイペーンラーイ!」

「あなたダレですか?」

「ワシ? 徳川家康じゃ! 前に会ったじゃろう、忘れたか? お市どの」

「いやいや。忘れたいんですけど。そーゆーイミでなくってですね」

「うっひょー、そっちかぁ! コトバ攻めもサイコーよなあ。きっもちええ!」


 色々聞きたいのに、これ以上会話続けたくない。どーしよー。どーしたらいいと思う?


「……あのー。部屋でお茶でも飲みます?」

「毒? 毒入りか? 下剤までなら許可するぞ?」

「ボツリヌスでもサルモネラでも、ご指定の菌、入れときますから! 静かにしてください。早くこっちへ!」




  ◇    ◇ ― ◆◆ ―  ◇     ◇



「――というわけじゃ。すべて武田信玄の指示での」

「だから半裸だったんですか? あえてさっきはツッコまなかったですが?」

「そろそろ普段の言葉遣いをなされよ。高慢ちきで高飛車な、人を見下す冷たい目で。頼む」


 この人、わたしをどう見てたんだろう。武田信玄(スケルトンカセット)師匠といい、どうしてわたしの周りにヘンな人ばっかり集まるのかな。


「つまりは身一つでわたしのところに来れば、思いのままのプレイが楽しめるって説明されたんですね?」

「ああ。その通り!」

「国元の政治をほっぽって?」

「ちゃんと有休届けは出しておる。三連休じゃ。……な、そーじゃの? 半蔵?」


 天井から真っ黒な、いかにも《ザ・ニンジャ》な人がカオをのぞかせた。びっくら!


「わああっ! く、くせ者だあっ」

「ワシのお茶やるから静かにせい。長政らに気付かれる」

「そ、そんな、ししとうと、わさびと、辛子の入ったおぞましい味の、オジサンの飲みさしのお茶なんて要らないよっ! それより、よく侵入できたね」


 浅井久政おじいちゃんと、六角の手の者の手引きだった。

 なっとく。


「……でさー。いまさらなんだけど、わたしにどーして欲しーのよ? エッチな要求だったら容赦しないからね?」

「そんなのは、わたしが許しません」


 天井に居た、真っ黒衣装のザ・ニンジャがストンと地に降り立ち、首肯した。

 ってあなた、女の子じゃん。


「くのいち、服部半蔵ここに参上。にんにん。……殿っ、破廉恥丸出しにされたら築山さまにチクリますからね?」

「やめてくれよぉ。アイツますますイジメてくれなくなるじゃーん?」

「ずっとムシされてますもんね? それもイジメですが」


 ちょっとォ、あなたたちのご家庭の事情なんてどーでもいーの! わたしはただ家康さんをしばき倒したら良いだけだよね、分かった。で、それだけでわざわざ来訪ってのは無いでしょ?


「磯野丹後どのじゃ。アヤツは近々織田に寝返る」

「なっ! あの丹波さんが……?!」

「ワシは選択を迫られておる。このまま義理を通して織田信長につくか、それとも今後を考え武田につくか。民らにとって、どちらが幸せになるか。両陣営の間に立つそなたの考えが知りたかったのじゃ」


 そんなの。

 もともと今日に至る溝を作ったのはわたしだし、深めたのもわたしだし。板挟みになった人たちの事情をおもんばかって同情とか意見とかしろって言われても、そんなのただ嘘っぱちの偽善だよ。そんな女の話の聞いてどーなるってゆーのよ。


「ワシも聞かせてもらおう」

「おじいちゃん!」

「久政じゃ。にっくき敵の前で、ほんわかセリフは許さん」


 家康は年配者の威厳に身を縮めてひたすら恐縮している。姉川合戦から、まだ半年も経ってないし、わたしだってほんわか気分じゃないよ。でも、反発しあっててもいけないでしょ?


「久政さん。わたし、もう浅井の人のつもりだよ? なんでこんな試すような仕打ちするの?」

「浅井家のためじゃ。生き残るために手段を択ばんのがワシの主義じゃ。強引でも無茶でも」

「たとえ娘であっても、仇敵を前にしても?」


 家康さんのイヤミにおじいちゃんは眉をひそめた。でも否定しなかった。


「敵中に堂々と入り込む根性、天晴れ。ただその義に応えよう。それだけじゃ」

「御仁。じゃがその心根が命取りになりますぞ?」

「いかなる問いか図りかねる。ワシは決して曲げぬ」


 家康さんは薄く笑うと半蔵さんを連れて部屋を出ていった。


「……おじいちゃん。信じるの? 家康さんを?」

「ああ。言ったじゃろう。藁にでもすがり、生き延びるんじゃ。市も、分かったな?」


 両手のひらを広げておじいちゃんに突き出す。


「これ見てください」


 バンソーコーだらけの手。


「ナガマサの特訓を受けてるんです、わたし。薙刀っての。だいぶ慣れましたよ」

「……そう、か」

「それと、これ」


 懐から短刀を出す。


「今朝、ナガマサから持たされました。わたしたちふたり、とっくに覚悟を決めてますから。精一杯生き延びます。最期は一緒に死にます」




 



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