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【完結御礼】新説信長公記! ― シスコンお兄ちゃんが大好きなんだけど、モテすぎだしハラスメントな信長さまだから、織田家滅亡のお手伝いをするね! ―  作者: 香坂くら
第五章 姉川合戦(ラブコメなのか?)

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62話 姉川⑤ 吐露

 ― 妹・お市 ―


 小谷城下、清水谷のメインストリートに構える浅井(あざい)久政(ひさまさ)さんのお屋敷。外周にはお堀と言うにはちょっと小ぶりだけれど、それでも立派な水溝があって、物々しい雰囲気のお武家さん()だ。

 わたしは先刻、遠藤キエモンさんに伴われてここを訪ね、なんだか知んないうちに、縁側で囲碁に興じている。もちろんそのお相手は、言わずと知れた久政翁。

 決死の覚悟を決めたつもりだったわたしは、スゴク拍子抜けしていた。だって、昨今のこのご時世でしょ? 浅井家にとってはわたし、今や敵国の人間になってんだし、間者とか理由つけられてとっ捕まっても、ちっともおかしくない立場なんだし。


「何を長考しておる。さっさと打たんか」

「は、はあ」


 ……それなのに。

 わたしに相対してる久政さんは、どこにでもいる、ちょっぴり気難しい、でも、とっても孫想いのただのおじいさんに思えた。

 とにかく落ち着こう。そして様子見だ。

 熱々の湯飲みを拾い上げようとする。でも、触れなくて手を引っ込めて、その手を空にさまよわせてから碁石をつまみ、打つ。その一瞬だけ、久政さんの悔し気な呻きが漏れ聞こえた。恐る恐るカオを上げると、何ら表情に変化がなかった。

 イカンです。これじゃあ、埒がアカンです。


「久政さん」

「なんじゃ」

「今日のナガマサの話、どうでした?」

女子(おなご)に説明する話ではない」

「そーですか」


 一刀両断、うう。

 でも、負けるかっ。


 久政さんが繰り出した手に、今度は俊敏に一手を返した。これに翁はうろたえた。


「ふん。なかなかやりおるわ。……よかろう、ワシからいっちょそなたに申し出をしてやろう」

「勝負ってコトですか?」


 かたわらに控えるキエモンさんが、穏やかにうなづいた。


「娘。そなた、長政(ながまさ)の内室となれ。さすれば、そなたは織田の者ではなく、晴れて浅井の人になる」

「と、唐突ですね」

「イヤと申すか?」

「魂胆とかあるのかなって。考えちゃうから」


 ククク……。さっきまでの穏やかな様子を一変させて、明の感情を大っぴらに表すおじいさん。


「そなたとこうして碁を打つこと。ワシはとても楽しいんじゃ。それだけじゃ」

「……」

「魂胆、のう。そういうオヌシも魂胆があって、このワシを訪ねて来たのであろう?」


 ――まー。ソーナンデスガ。


「わたしとナガマサの考えは一致してます。あとは久政(おおとの)さまのご差配ひとつで……」

「またそれか。女子に(まつりごと)の議は不要と申したが。……ま、良いわ。小谷での衆議、ヤツは一貫して《不戦和平》を唱えておった。織田と朝倉が和議を結ぶのにお家をあげて尽力すべきと」

「はい」

「しかし。ワシの考えは、ややちがう」

「どーちがうの? ……あ、ちがうんですか?」

「朝倉家は浅井家以上に名門意識が強い。かたや織田は末流無名の氏にすぎん。朝倉が織田と並び立つということは、朝倉にとってお家滅亡を意味するほどあり得ないことなのだ」


 バカバカしー。ナガマサもそんな話、悔し気にしてたっけ。それは重々わかってるし。


「鎌倉以来、武家の習いが生まれて永年。ワシらのようなトモガラには、融通の利かん、頑固な無用の血が流れておるのよ。馬鹿々々しいと思うのも致し方ない。じゃが、これはぬぐい切れない現実なんじゃ」

「じゃー、むしろナガマサみたいなのが異質なの?」

「……そうじゃな。そなたの《おかげ》じゃな」

「わたしの?」

「そう。そなたのおかげ」


 久政さんが打った手は、誰の目にもはっきり分かる悪手だった。


「大殿。これからわたし、《おじいちゃん》って呼んでもいいですか?」

「な、なんじゃと!」

「ダメなら、いいです」

「……ふ。否など、あるわけなかろう。好きに呼ぶがよい」


 トドメの手を打ったわたし。会心の一手。盤上を凝視してギョッとした《おじいちゃん》は、一転、嬉しそうに目を細めた。


「わたしの勝ちだー!」


 いい加減冷めた湯飲みを両手持ち、グイっと一服。うまーい!


「ワシの望みは浅井の永世中立。織田からも朝倉からも束縛されず、強雄として自律自存すること。どこぞの将軍、大名、氏族。いずれの足下にも属さず、ただ利用し、ときには共闘し、末代まで永らえる。長政(ながまさ)にもそのように想いを伝えた」

「かなり勝手だ、おじいちゃん!」

「黙れい。浅井は誇り高いんじゃ。しかしじゃ……。勝手ついでにワシは向後、小谷(やま)に籠る。家中でごく一部じゃがワシに盲目的に従う連中がおる。ヤツらは長政の枷じゃ」

「自覚してんだね」

「……ところで、そなた。いきなりぞんざいな物言いになったの?」

「気のせいだって。おじいちゃんだって、武者語(ムシャゴ)時々ヘンだし」


 ムッとして、笑って。そしてまた厳めしいカオに戻った大殿(おじいちゃん)


「くれぐれも万福丸をよしなに。さらに叶うならば、長政に末永く寄り添ってくれ。本当に迷惑をかけた」

「まるで最後の別れみたいだよー。そんな言い方イヤです!」


 ゆっくりと立ち上がり庭に出ると、おじいちゃんは、


「……織田の朋友、徳川軍が京に入った。おそらく連合軍が目指す地はここ、浅井領じゃろう」

「え」

「朝倉への織田打倒の檄文。六角へ攪乱要請。浅井を優位に見せようと織田をけん制するために打った手はことごとく悪手だった。良かれと思った手が。浅井のためと思った手が」

「……おじいちゃん」

「尻ぬぐいをさせて、済まぬ」


 虚勢を張ったってゆーおじいちゃん。

 浅井を大きく、強く見せたかったって。


「その言葉、ナガマサに発しちゃったら叱られちゃうよ? おじいちゃん!」




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