63話 姉川⑥ 騒擾ストリート
― 妹・お市 ―
束になった紙きれを重矩ひとりに抱えさせて、わたしは、ナガマサの自宅お屋敷の前で多数の武装兵に絡まれて立ち往生、冷や汗を流していた。
「今一度申す。今村掃部助殿。オヌシの背に潜んでいる者に用があるのだが」
今村とは?! こないだ一乗谷を目指したときに、使わせてもらった偽名ね。つまり、市のコトなのね! でさ、ひとまず問われたんで、何かしら返答しなきゃなんない。
「こ、この者とわたし、拙者はダチでござるっ。ワケもなく貴殿たちに突き出すことは出来ぬ!」
「ダ、ダチ?」
「連れ。お仲間!」
この人たちはクーを差し出せって言ってんの。彼女も、ついこないだから《樋口三郎左衛門》で通してたのだけども、どーもそれが悪い方向に行っちゃってるみたい。
わたしらの母星、イカスルメル星の大コンピュータ、《AIコペルくん》にアクセスできるなどとゆー《胡散臭い》アプリ利用して名前を設定しちゃったせいだよ! ホンモノだとしてさ、なんだよあの機械! クズ鉄だ!
「何をしでかしたっての?」
「言い逃れ無用! 謀反した鎌刃城の堀次郎秀村は知っておろう、ソヤツはその者の家臣であろうが。吊るし上げて皆でなで斬りにしてやる」
「サンザ。……マジで?」
「うわーん。市さま……じゃなくって《うーたん》さまぁ。軽く言わないでくださいっ。あと、略称で呼ばないでくださいぃっ。せめてまだクーの方がマシですぅ」
「ごめんごめん」
クーが抱えているのは、半兵衛ちゃんが謀反人・堀さんに宛てたとされる手紙群だった。今しがた、秀吉の一派が極秘裏に届けてきたのだ。
堀さんが部下を呼集するつもりで回送したのか、もしくは悪知恵働く織田の何者かが浅井を混乱させるべく、偽の怪文書を送りつけたものなのか、とにかく真相は不明。はっきりしているのはわたしたちが窮地に陥っているというただその一点。こんなの見られたら、それこそもう一巻のお終い。
「お待ちなさい」
と、オイシイところで仲裁に入ったカッコイイ男性一名。
「丹波殿!」
この人、磯野丹波守員昌さん。
目元涼やか、鼻すじ通り、細面のイケてる美男子! ただちょっとだけ背が低いのがアレだけど、浅井家家中じゃ三本の指に入るモテ男さま。
わたしは遠慮なく彼に手を振って助けを求めた。
「この非常時に仲間割れしている場合ではありませんよ?」
「いや! それ故に結束を乱す輩を成敗しようとしていたのです。たとえ丹波殿であろうと邪魔立てはさせませんぞ?」
完全武装の猛者たちは優位性を誇示し、丹波さんに対しても強気の姿勢を示した。
「その方ども。わたしと遣り合って本当に勝てるとお思いか?」
「いや、そ、それは」
急に弱腰だー。
「ま、待たれい。丹波殿! このような場所でノンビリ過ごされてよろしいのですかな? ご本城の佐和山城の防備はいかに?」
「ふ。織田勢相手にたいした人数は必要ござらん。それよりも、御城に総勢傾けて馳せ参じるのが御恩に対する奉公というものではないだろうか?」
「ぐ」
一本取られた感の武装武者さんたち、一歩二歩引き下がって一様に首をうなだれた。よしよししめしめ。
「ところでいったい何をモメていたのですかな?」
え? 知らずに首ツッコんできてたの? わたしたちを助けるつもりで割って入ったんじゃないの? 話聞いてたんじゃないわけ?
「こやつら、先般当家を離反し織田方に通じた堀次郎の一党でござる!」
「なに?」
身のこなし軽やかに、わたしとクー、ふたりの間に紛れ込み、うつむき加減で誤魔化すアゴをクイと持ち上げられた。こ、このっセクハラあ。
「んー。その方ら女子か? ……いや待てよ? この後ろに潜む娘、樋口三郎左衛門殿! なんと!」
「な、何なのよ、丹波さん!」
「やはり、あなたさまは市姫殿。それと、こちらは……」
ヤバイ!
「こちらはやはり、長比城城主、樋口殿! 主、堀次郎に従い、織田に寝返りいたした! ナゼ、貴様が小谷に?!」
「ええーっ? クー、寝返りしたのーっ?」
「寝返り? はぁっ? サイアクだー?!」
裏返るクーの絶叫。どーゆーこった?
「最悪なのはこちらですよ!」
武装したナガマサと約三十騎の精鋭が門から出て来た。
「市! ナニやってんだ?」
「あのね、クーがね、えーとね」
「丹波! 織田軍が長比城に入ったぞ。グズグズするな!」
「殿。実は」
「市。クー。おまえら、万福丸とモンモンを連れて小谷に登れ! 清水谷の民らに声をかけて一緒にな。時は一刻を争うぞ。急げ」
丹波さんは先ほどからの武装武者たちとアワアワなりながら、仕方なく「御意」と声をそろえた。
「ナガマサ! おじいちゃんがもう少ししたらお屋敷を出るよ。徳川も織田とともに京を進発したらしいって」
「否。京の徳川部隊はごく一部だ。本隊は三河を出発し、美濃経由で近江に迫っている」
「そ、そうなんだ」
「安藤なにがしって男が、面白おかしくウーチューブで実況してやがる!」
アンドウ……。
「うわっ! ひさびさの安藤社長!」
わたしとクーの声がそろった。




