60話 姉川③ 和み
― 妹・お市 ―
京の都からほど近い山科って所でナガマサの帰りを待ち、宇佐山から船で琵琶湖を渡ったわたしたちは、どうにか浅井領、清水谷に戻り着いた。
お兄ちゃんが追っ手を差し向けてこないかってヒヤヒヤした。現にナガマサは、
「京三条のあたりからずっと付けてくるヤツらがいた。いつの間にか居なくなっていたが」
そう言っていたし、後ろばっか気になっちゃってたよ。
「モンモン。ありがとう」
「問題は半兵衛お姉ちゃんだなぁ。たぶんもう浅井には来れないんでしょうね」
竹中姉妹のうち、残りのふたり、重矩と重門は、まだナガマサのお屋敷に滞在してて、わたしと同居。今回の京ノ都潜入作戦にはクーが付き合ってくれた。(ちなみにモンモンは万福丸とお留守番)
同じく護衛役だった遠藤さんがナガマサに、
「殿。ひとまず上首尾でございましたな」
と、ようやく安堵したように、無口だった口を開いた。やっぱ緊張してたんだね。
ナガマサは、その場でわたしたちにお兄ちゃんとの交渉がうまく行ったことを詳細に語ろうとした。でも、話し合いが成功したのはもちろんわたしも嬉しいけど、ホントはナガマサが無事に戻ってきてくれることだけを願ってたんで、それでマンゾクしちゃってて、あんまし彼の話を熱心に聞く気持ちにならなかった。ごめんね。
「これで浅井は織田と戦わなくて済む。村の者たちの不安も無くせる」
「ナガマサ」
「どーした?」
モジモジしだしたわたしに、ナガマサはイジワルな笑みを浮かべた。言わせないでよ。分かってるクセに。
「ああ。《例の件》な。理解はしてもらった。が、ちゃんと口に出しての許可はもらえなかった」
「そうなんだ」
「相当イヤなカオしてたが、でも、反対もされなかったぞ?」
「そっか」
「……反応薄いな? あんまり嬉しくなさそうだな」
「そんなコトないよ、わたし嬉しいし、それに、す、スキだもん、ナガマサが」
彼の大きな手が頬に触れた。自然にカッカと熱っぽくなる。他愛ない仕草なのに情けなくなるよ。でも、イヤじゃないんだよね……。
そのままチューされるのかと思って身構えてたら、彼、スッと離れて。
「オレはこのまま朝倉の本拠、越前・一乗谷を訪ね、朝倉義景に会う。何が何でもアイツを織田とくっつけねばならんのでな」
「ワシもお供します」
キエモンさんがお辞儀する。わ、忘れてた、まだふたりきりじゃなかった! ハ、ハズイ!
「だったらわたしも付いてく」
「バ、バカ言うな。何が起こるか分からんぞ?」
「だいじょうぶだって。いざとなったら重矩がいるもの」
バツが悪そうにクーが隣室からカオをのぞかせた。……やっぱりいたし。壁に耳ありだよね、アブナイアブナイ、もうちっとでイチャラブ現場スクープで公開処刑の巻になるところだったよ。フー。
「わたし、ですか? それならモンモンの方が適任だと思いますけど……」
「重門は戦闘能力高いんだよ?」
「だからいいんじゃないですか」
「違うの。なまじ戦えるからムチャするかもでしょ? それにあなたは護身用の武器、あれこれ持ってるじゃない? アレ、持参するようにね」
ああ。不幸になる。とクーの嘆き節。彼女は見た目は一番お姉ちゃんなのに、中身は三姉妹で最も怖がりなのだ。
「待て待て。誰も連れてってやるとは言ってないぞ?」
「だって京も連れてってくれたじゃん? 同じことだよ」
「あれはお前らが勝手に後をつけて来たんだろーが」
「ワハハ。よろしいんじゃないですか? たいそう元気な姫さまで。浅井は明るくなりましたと、朝倉にも喧伝できましょうし」
ナイスだよ、キエモンさんっ!
「しゃーないな。分かった。ただし市もクーも、一乗谷に着くまでは男のナリで通せ。京への道のりと違って北国ルートは山賊が出るからな」
「山賊? わー、会いたーい!」
「遠足じゃねぇし!」
頭を抱えるナガマサをよそに、オトコノコ名を考えはじめるわたし。クーが乗り気になった。
「コペルくんアプリ、知ってます? 相談したら適当に答えてくれますよ?」
「へー、知らない。おもしろそう。試してみよ―よ!」
「では早速。『適当に武将名を名乗りたい』……はい。出ました。えーと、お市さまが《今村氏直》、わたしが《樋口三郎左衛門》……ですって」
「へー、地味だねー。でも何でもいーや! じゃあ、クーはサブローザエモンだね」
「お市さまは」
「わたしは、《うーたん》って呼んで? こんにちは、ボク、うーたん、げんきげんきー」
「でもそれじゃ、あんまり武将にしたイミが無いのでは?」
ナガマサとキエモン、オトコふたりがニガワラで段取りを打ち合わせしだした。
挿絵 (お市、ナガマサ)
挿絵 (差分・真っ赤な市)




