59話 姉川② 悲劇の足音
― 兄・信長 ―
「えー。第一回、織田と浅井を仲直りさせようぜ会議ー!」
高らかに開会宣言する半兵衛ちゃん。心なしか上ずっている。
「覚悟の上のセリフか? 半兵衛ちゃん?」
「は。……い、いいえ。お市さまの至上命令です」
「で、当の本人は来ないの?」
「は、はい」
フルフルかぶりを振る半兵衛ちゃん。
ボと松永弾正の強烈な圧にすでに半泣き状態だ。
「来ていただけたなら、わたしこんなセリフ吐きません」
「市も竹中殿も場を和ませようと気遣ってんだ」
ごっついヤローが彼女の肩を持った。
――長政。オマエいま、さりげに妹を呼び捨てにしたな?
「はいはいはい。話を戻しましょう。浅井の長政ちゃんは、今日わざわざ危険を冒してまで京の都まで来てくれましたぁ。それはとにもかくにも信長ちゃんと仲直りしたかったからよねぇ?」
「仲直り、ねぇ」
「ナニ、それぇ。ハッキリ端的に言いなさいよ? それとも信長ちゃん、アンタ今日、長政ちゃんとココに一騎打ちしに来たの?」
「こっちは長政の態度次第ってコトだ」
長政の裏切りのせいで、仲間が大勢死んだんだ。金ヶ崎の恨みは深けぇぞ。
「そ、それではまず、浅井殿から、提案をお願いします」
半兵衛ちゃんも半兵衛ちゃんだ。市に頼まれたとは言え、進んでお膳立てを手伝ったり進行役を買って出たり。下手すりゃ、織田から反感を抱かれかねないってのに。わざわざ仲介するようなマネを。
「手紙にも書いたが」
「読んでねぇよ」
「むっ?」
「殿。ご発言は後ほどに。浅井殿、どうぞ」
「ゴホン。……手紙にも書いたが、オレは織田と争う気はねぇ。これまで通り織田が平和協定を維持してくれるなら、浅井は今後も織田の《天下布武》に最大限協力する」
「では、殿」
「平和協定か。こっちは破棄した覚えは一切ないんだがなぁ。浅井が一方的に破って織田の背中を襲ったと理解しているが? ……まぁいい。それじゃあ、こっちの提案だ。――ひとつ。岐阜と京間の往来について、安全を保障して欲しい。ふたつ目。足利将軍に反抗的な態度を取っている《輩》の討伐に協力すること」
すかさず長政が手を挙げた。
「モノは言いようだな。もう少し平易に、その《輩》とやらを具体的に挙げて欲しい」
「勉強が足りんな。いいや、特別に教えてやろう。三好。六角。武田。一向宗。それと、朝倉だ」
「最後の朝倉。これはスマンが飲めん。何度も言うが、朝倉はオレらの親類も同然なんだ」
「じゃあ、交渉はここで決裂だな」
「ま、待て。……猶予をくれ。朝倉はオレが説得し、必ず上洛させ、将軍に忠誠を誓わせるから」
ムリだろ。心の底から断言したが、長政の目は真剣だった。……チッ。横でダンジョーがニヤニヤ高みの見物をしてやがる。
と。
知らん間にケーキと紅茶が運ばれていた。しかもボクの好きなレアチーズケーキだ。半兵衛ちゃんの手際だな? 悔しいが感心した。にくいな。おかげでクールダウンできた。
「分かったよ。承知した。ひとつ目の条件を完全履行する約束で、ふたつ目は三ヶ月の猶予をやろう。それと、みっつ目」
「ま、まだあるのか?」
「これがボク的には一番重要だ。妹のお市。アイツをただちに返せ。岐阜城に連れてこい」
それまで案外従順だった長政が豹変した。表情をこわばらせた。
「それは、イヤだ」
「……え?」
「それは、カンベンしてくれ。オレはアイツが、市が好きだ。離れたくない。結婚したいと考えてる」
ボクは口をつけていたカップを置いた。あらかじめそういう回答は予想していたが、思った以上に衝撃を受けた。手の震えを悟られないようにするのが精いっぱいだった。
「信長ちゃん。浅井の大将がわざわざあなたに会いに来たのは、このためだったのよ。とっくに気付いてたでしょう? ……で、真っ向から言われて、どーするの? 兄として?」
「……ダメだ」
「どーしてダメなの? 妹の不幸を望んでるから?」
「なんでそーなるっ?!」
正面を見ると、あの(・・)大柄の男が、ボクに深々と頭を下げている。ボクはとっさにカオを逸らした。
「……お願いします。市さんと結婚させてください」
「い、市の気持ちはそっちのけか?」
分が悪いのは十分承知している。でも、抵抗せざるを得なかった。うなづきたくなかった。逡巡を見せていた長政は、やがて決心したように自分のスマホをいじり始めた。そしてボクに、
「市と撮った写真です」
仲良く肩を寄せ合い、楽しそうにピースするふたり。
目の前が暗くなった。
……。
「殿!」
「信長ちゃん」
「はっ! ……ボクはいったい?」
「大丈夫ですか? 殿?」
「長政ちゃんはとっくに帰ったわよ? ずいぶんあなたを心配しながらね」
ボクは気を失っていたとでも言うのか? まったく記憶がない。ボンヤリ頭が痛かった。食べかけのケーキを見て吐きそうになった。
「ボクはなんて、自分勝手なんだ」
「自覚できただけでも進歩よ。あのふたりに幸せを分けてあげたら?」
ああ。そーだよ。そーなんだよ。分かってんよ。でも、ダメなんだよ。
「今日のところは撤収だ。疲れた」
店を出たところで秀吉が待っていた。
「殿。六角が琵琶湖畔の往還を侵略、村々を襲っています」
「な、なんだと?」
「それに呼応して朝倉軍が南下の兆しを見せているとの情報も入っています。裏で浅井のご隠居が糸を引いているという噂です」
ボクの中で言いようのない怒りがこみ上げた。往来だというのに道端にしゃがみこんでしまった。
「サル。ただちに主だった者らを集める。六角、朝倉、そして、浅井をとことん叩き潰す」
「……は」
これみよがしにダンジョーのタメ息が聞こえたが、ボクの心は揺るがなかった。




