39話 信長サイド⑦ 吉乃さんへ(前編)
「ヨイヨイノオッサン、イテコマシタロカ!」
「おいおい、ルイスよぉ。お前、どこのダレに日本語習ったんだ?」
「オーキニ、ゴキゲンダゼー」
――ルイス・フロイス。
実に愉快な外国人だが、まともに会話してしまうと腹立ちしか覚えない。にこやかに、しかも紳士的に穏やかに話すもんだから、これは、言葉を教えた日本人がヒャクパー悪い。完全に悪意しか感じないぞ。
ヘンな宗教関係者とバカな立ち話を楽しんでいると、細川藤孝と明智光秀が近づいて来た。
「殿。当二条城はあと二ヶ月ほどで完成いたします。春には上様に御渡り頂けるかと存じます」
「あ? ああ、そーか。ありがとう、藤孝。上様ってのは将軍のことだな?」
「……お声が大きすぎます。皆の前では敬意を払った物言いをお願いします」
「アーソーケー。ゴキゲンダネー」
「殿ォ」
先日、かつて大阪周辺を牛耳ってた三好一党なる連中が来襲し、危うく将軍らがやられそうになった。そこで防衛のためお城の再構築を始めたわけなんだが、当の本人は縁起が悪いとか、もっと立派なのにしろとか文句たらたら抜かすんだよな。
「なんせ、ここは上様の兄君であられる足利義輝公が討たれた地ですから、ことさらナイーブになってるんでしょう」
「丹羽くんか。君のセリフはいつ聞いても聞きやすいな。みっちゃんも藤孝も見習ってくれ」
「は」
「で、当の義昭くんは今日も引きこもりか?」
「まぁ、そうです。本圀寺でゲーム三昧です」
「例の《スーパーマルモシスターズ2》か。スケカセ師匠のヤロー、いまいったい何してやがるのかな?」
「《スーパーマルモ》でなく、《信長の野心》ですな。織田信長を亡ぼすのにはまってます」
アイツ、ケンカ売ってんな。欠陥だらけの城にするぞ。
「ヤル気なくした。今日はもう帰るぞ」
ここんところの宿泊先は清水寺だ。オモシロ宣教師のルイスくんを道連れにして、ありったけしゃべらせてやろう。
「ニクニクシィ! コレナンボナン、ニーチャン!」
知性溢れた顔つきしてるのに、異様な語句をまくしたてて喜びを表現している。サイコーだよ、キミ。言葉の意味、まったく理解してないな!
宿に戻ると天皇の使いとかいう気取った連中が待ち構えていた。
要約すると「副将軍にならんか」との打診だった。これって前にも義昭が勧めて来たヤツだよな? だーかーらー。そーゆーのキョーミないんだって。それに、そんなのになっちまったら義昭の部下になるでしょ? それスッゴク嫌だから。
とりあえず丹羽くん、みっちゃん、藤孝に上手いお断りを頼んで、ボクは逃げるように岐阜に戻ることにした。あーホント、ウザってぇ。
いつものように吉乃と帰蝶が出迎えてくれた。
「キツノンー。帰ったよー」
「ご主人さま、お帰りなさいませ」
キツノンの笑顔はサイコーだ。ふっくらしたオナカをさすさすし、幸せをかみしめる。
「よー。ワシにもサスサスしてくれい!」
「刺す刺すしてやるよ!」
ロリババア・帰蝶! 意識的に邪険にしてやるよ。アンタも確かに可愛いがな、幸せな我が家にいらん波風立てたくないもんでな!
「殿、そういえば数日前から浅井長政殿がお越しになっております。目通りをしたいと」
「お、滝川か。長政が来てるって? 分かった、会うよ」
「北伊勢攻略の話であれば、ぜひわたくしもご同席させてください」
「うーん。りょーかーい」
「いや。ヤツめ大量の貢ぎ物を持参してたからの。従属契約を結びたいとの話かもしれんぞ。さすが将軍上洛の第一立役者は違うのう!」
あの長政が家来になりたいなんて言うわけがないだろっ。アイツはああ見えて意志のしっかりした男だし、ボクみたいなヘナチョコ野郎の下になんてつくもんか。ボクがヤツだったら死んでもやだし。
帰蝶が余計なことを言うから、ボクは珍しくいろんな憶測を思い浮かべながら、長政の待つ下屋敷に向かった。
「信長殿。ご無沙汰してます」
「あ?」
なんだコイツ。
その思い切ったファッションは?
「どーしたオマエ、そのカッコウ」
「照れるぜ。ヘンっすか?」
「いや、ヘンじゃないが。むしろ似合ってるが。オマエそれ、令和ファッションじゃねーか? そのニットどーした?」
「いやはや。カノジョにコーデしてもらったんすよ」
ノロけか。そーか、ノロけか。
戦国武将の肩書、捨てたんだな、そーだな。
「で今回は、何の用事でわざわざ岐阜まで来たんだ」
「あの。実は吉乃殿に渡して欲しい品々がありまして。えーと、渡してくれと頼まれたってーか、その、お願いされたってーか」
相変わらず、言いたいコトが分からんが、つまりはお祝いと言うわけかな。
「これです」
アイドルコスチュームおよびにJK制服コレクション!
「うおっ! AKB的舞台衣装! ……って、何なんだ、オマエッ! ナニがしたいんだ、人のヨメに!」
「言っときますが、これはオレの発案じゃなくってい……! ……あ、いや、吉乃殿に明るく元気に過ごしてもらいたいって思いまして」
「はぁ? ……にしてもまるで市に着させるために用意したみたいじゃないか!」
……ん? 待てよ……?
ということは、つまり、キツノンがもし仮にこれを着た場合……。
「……有難く受け取っておこう。せっかくのオマエからのプレゼントだ。仕方ないな」
ボクはそそくさと衣装類を手元に手繰り寄せ、小姓に預け目配せした。小姓は深くうなづき、衣装をもって静かに部屋を辞した。
見たいみたい見たい。キツノンの!
「な、長政。帰っていいぞ」
「え? い、いや。実はちょっとだけで構わんので、吉乃殿に会わせてもらえますか?」
「ええっ! そりゃダメだ! アイツはいまから大事な用がある」
早く戻ってキツノンのコスプレショー、見たいよー! ああ、ボクってヘンタイ!
落ち着いた中にキラリと光るまぶしい顔立ち。
キミならセンター狙えるよ! ブヒッ。
「あの。どうでしょうか? ヘンじゃありませんか?」
キツノンがのたまう。そしてボクが。
「いいっ! サイコーだよぉ! 見事に着こなしてるよォ!」
とホメちぎる。……ああ。
くんかくんか。ちょっと汗臭いぞぉ。
なんだよぉ、このぶっとい腕はぁ。それにガチガチの筋肉はぁ。コイツぅ。
「……信長殿。大丈夫か? 随分遠くに行っちまってたが?」
「……ああ。だいじょうぶだぁ」
「ビンタ、してやろうか?」
「うおっ! 筋肉ダルマ!」
辛うじて妄想から覚める。あっぶねぇ!
「……ダレが筋肉ダルマだ、ダレが」




