38話 お市サイド⑧ あったかい背中
翌朝、ボソボソとひとりで朝ごはんを食べてるナガマサに、後ろからチョップをかました。
「不意打ちか」
「同席。わたしもいい?」
「……ああ」
彼の真向かいに座ったわたしは運ばれてきたお膳をジッと眺めた。
「……ナガマサ」
「ああ? 毒なんて入ってないぞ?」
「アホチンッ! 違うよ、昨日のコトだよ」
「……ああ。礼には及ばんよ」
「それも、ちがーう! 違うコトはないけど……」
お父さんの久政さんの襲撃を警戒したナガマサは、わたしの部屋の前でずっと見張りをしてくれたんだ。もっとも、ものの十分くらいでいびきが聞こえてきたけど……。
「迷惑かけたな。親父はああいう性格だが、あれはあれで浅井家を思っての行動なんだ。許してくれ」
「いいよ、その件は。だって戦国の世の中なんだもん。危ない目に遭うの当然だし、なんの備えもなく無防備でいる自分の方が悪いって思うよ」
「スマン」
ナガマサの箸を持つ手が止まってる。
「だから、それはいいの。それより、ナガマサ。もっと大事な話。はぐらかしてる事、あるよね?」
「何度も言わせるな。アレは、ダレが何と言おうとオレの子だ」
目が合った。強い意志を固めた目だった。
「……うん。分かってるよ」
「だから、お市には……」
「わたし、いったん岐阜に帰るね」
カオを伏せるナガマサ。ふたたびお箸が動き始めた。心につかえた《何か》を、ゴハンごと体の中に流し込もうとしてるように思えた。
「カン違いされるとイヤだから伝えとく。万福丸くんのお母さん役は、今後わたしが引き受けるから」
「なに?!」
「華子さんが見つかるまでの間だよ。わたしが織田家に戻るのもそのため。お兄ちゃんに頭下げてでも、彼女を見つけるんだ」
ナガマサの手が止まる。
「……市……」
「それとね。わたしもだよ?」
もう一度目が合った。
「……好きだよ。わたしも。ナガマサが」
「……」
無言のまま、彼の目から大粒の涙がボトボト流れ落ちた。
「……ホントウか?」
「うん。ホントウ」
「……スマン。……ありがとう」
◇ ◇ ◇
「信長さま、ひとまず岐阜城に帰るそうです」
「……半兵衛ちゃん。わたしいったいどんなカオしてお兄ちゃんに会ったらいいんだろうね?」
「素直な心を一度、ぶつけてみたらどうですか?」
それが分かんないんだよなぁ。
わたしはお兄ちゃんをいったいどう思ってるんだろうかって。
「お市さま。ひとつ、大変言いにくい話がありまして」
「イカスルメル星行きのチケットがまだ取れないとか?」
「はぁ、それもありますが……」
半兵衛ちゃんは自分がウザったい態度になっているのを承知で、グラグラ揺れ動く気持ちを苦しそうに抱えて黙り込んだ。
ポンポンと彼女の肩をたたいたわたしは、吐露をうながした。
ウーチューブ動画を開いた半兵衛ちゃん。そこにはお兄ちゃんと吉乃さんが映っていた。
「ここんところ見ないようにしてたんだけどなぁ……。あはっ、お兄ちゃん相変わらずイケメンすぎ」
「おふたりに赤ちゃんが出来ました」
「え?」
「吉乃さんのオナカに殿の子供が」
脚がふわふわしだして。シリモチをついた。手を伸ばす半兵衛ちゃんがナニ言ってるか、聞こえない。
おかしいなぁ。
こうなるのはおおよそ予想してたし、覚悟は決めてたんだけどねぇ。
思ったよりショックだよ……。
「……半兵衛ちゃん」
「だ、だいじょうぶですかっ?!」
「半兵衛ちゃん。わたしの帰るべきおうちはドコ?」
さっき意地張らないで朝ごはん食べときゃよかった。力入んないよ。
! わッ?!
急に体が持ち上がって、あったかい背中に乗せられた。
「市。オマエの家は小谷だ。一緒に帰るぞ」
「ナガマサ?」
人の話、横聞きしてたのー?
「弱ってる女の子にそっと優しくするなんて、ナガマサ、ゼンゼン奥手じゃないよね」
「ヘンな言い方するな。お前だからだ」
「……あったかいけど、少し服匂うよ?」
「ガマンしろ」
「また新しいの買ったげるから、ちゃんと毎日洗濯しなさい。着た切りスズメさん」
……お兄ちゃん。
わたしやっぱり織田家に帰れない。
まったく弱いよな。わたし。
ゼッタイ幸せになってよね、お兄ちゃん。




