37話 信長サイド⑥ 将軍就任は京の蓮のように
足利義昭新将軍就任の準備などは、細川藤孝と明智光秀が滞りなく進めてくれている。……はずだ。
京の一等地で御所なる豪壮な建物の改築に携わりながら、足利将軍の就任も進めるとか、気が遠くなりそうだったが、ボクも一児の親になるんだ。社会人として自覚しないとな。お父さん、お仕事頑張るからなー。
ま、多少気負ったが、将軍就任の儀式はあっけないものだった。訳の分からない作法を言われた通りにこなしてるうちに終わっちゃったんだもんな。まぁ、よかったよかった。ボク以上にワガママ白塗り将軍もこのときばかりは手放しで喜んでやがったし、人の笑顔というのは、例えどんなヤツのでも良いもんだよな。
さぁこれで足利による室町幕府再興は成した。ようやくボクの任務もお終いだ。つーか、あんまし責任感なかったけどな、とにかく今日からもすこし身を軽くして過ごすとしようか。
「藤孝と光秀。君らは京に居残りな。悪いけどワガママ将軍の相手頼む」
「ええっ」
「給金上げてやるからよ? 藤孝も織田家に鞍替えすればもっとマシな扱いしてやるぜ?」
「うーむ。マジで考えます」
数か月ぶりに岐阜城に帰城し、ほっと気が抜けて床に寝転がった。
すると待っていたようにロリババアが出てきた。
「結構、長い旅だったの。留守の岐阜城を乗っ取ってやろうかと思ったぞ」
「ああ、帰蝶。土産これな」
「おおーっ、覚えてたかー。可愛い姿してると何かと得するのう。ありがとうよ」
「可愛いとか自分で言うな、自分で」
「京〇ニショップはな、いまはホントはお休み中だったんだ。……でもな、親切に誠意を込めてネット対応してくれたんだぞ。店員さんに感謝しろよ!」
「ウンウン。有難いぞ!」
キャラバッチやらフィギュアドールやらに頬擦りする帰蝶。……ちっ。……ロリババアのクセに。……まったく、可愛いじゃないか。
「信長よ。それよりお前宛にこんなのが届いていたぞ」
開けると、大きな紙切れと、一冊のペラ本があった。
大紙の方には「号外!」と大書された文字の下欄に、細かい字でびっしりと本文が書かれていた。
「足利義昭公将軍就任」の見出しだった。
はあ、なるほど。ガリ版印刷の新聞記事ね。あ、なんと毎〇新聞。……時代設定メチャクチャだな。今更驚かんが。
――で、もう一冊の薄い方は、冊子。
えっと。これって同人誌じゃん! なじみ深かー。
ご丁寧にも「足利義昭公将軍就任記念」の帯までついてる。細やかな所にムダ金使ってんなぁ。
本のタイトルは「アシカガの蓮」。アシカガって足利? で作者は明智光秀! アイツ、ヒマ人か! なるほどいつ会っても目の下クマが出来てるワケが分かった。
「どれ。ワシにも見せて、見せて―」
「アニパロ? 違うな、オリジナルか?」
帰蝶とふたり、肩を寄せ合って同人誌を流し読み。なんて光景だ。
絵柄は池田理代子先生著、「ベルサイユのばら」そのまんまだ。それを和風にしたカンジ。
おおおと感心すべきが、まず、絵の線が「ちゃんと」細い。細ペンだ! 素材は何を使ったんだ? さらにこの時代には無いはずのトーン模様がしっかりと施されている。つまりこれらが全て手描きの技だという事が驚異的なのである。何回も言うが、光秀、ヒマすぎだろーっ! 仕事しろ、仕事っ!
「どれどれ……。のっけから前将軍、義輝公が三好のサブカル集団と最期の死闘を繰り広げながら、『義昭ィ、我が息子よォ、後の事は優秀なオマエに託すぅ』……じゃとよ。大笑いすぎて、あくびしか出んな」
帰蝶の酷評にボクも強く賛同。
「ああ。こりゃヒドイな」
「ん? で、場面転換して、奈良の興福寺か。上手いなこの五重塔。アシか? んーと、ここで光秀と藤孝の登場か。で、満を持して義昭公のお出ましと。……ククク。こりゃ愉快じゃな」
「はあ? なんじゃこりゃ?」
実際、光秀と藤孝もブットビなほど、目の中に星を溜めているチョー美形キャラに描かれてたけど、あの、白塗り公家キャラが……王子様? 美少年? ……はあ。こりゃジャニーズ?
まあ、坊主頭を被り物で覆い隠してるのは、事実であるので脚色しようがなかったろう。でも、顔の骨格から等身まで、すべてが違うだろ! これじゃあ、まったくの別人だ! あまりの忖度具合に息が止まるほどだ。
「朝倉家での不遇の毎日に気を病んでいるところ、光秀の進言により織田家に目を付けると」
そこまで言って、帰蝶がまた吹き出した。
「信長、オマエ、ものすごーくイケメンに描いてもらっておるのう!!」
なんだ? なんなんだ? このキャラデザ。
というか。
「誰やねん、これ!」
誰がどう見ても、若めの役〇広司にしか見えん。彼が侍の恰好をしている。ドリームジャンボかっつーの! イケメンっつーか、ダンディズムな貫禄マシマシな《オッサン》だ。かたや自分は美少年に描かせていて……。帰蝶が腸捻転を起こしそうなほど、床上で笑い転げ回っている。いったいどこが面白い? ……いや、ちっとも面白くないんだが? むしろ不愉快でたまらんのだが?
「ひーっ、ひーっ、はぁっ……。悪いがゼンゼン似とらんのう! 適当に描きおったのかのう! ……くっくっくっ! あぁ、笑いすぎて苦しい」
「適当どころか。逆に描くの難しかっただろうが!」
で、気を立て直して内容の方に目を向けてみる。
1.キラキラ坊主頭の王子様が眦を決して朝倉家を後にし、幾多の苦難を経て尾張国に入る。
2.噂を聞きつけた地元の領主(ボクの事だな)が、王子一行を城に呼びつける。
3.王子が素性を隠していたので、それとは知らない信長は、彼に対し尊大な態度で現れたが、キラキラな王子様を一目見て激しく感動し、おもわず名前を尋ねる。そして、王子が足利義昭公だと知るや、地べたにひれ伏して永遠の忠誠を誓い、上洛のお供をしたいと泣いて懇願する。
4.美少年王子は、足下にかしづく信長に先陣を命じ、見事に上洛を果たす。
だいたいこんな筋書き……。
ボクはこれを読んでどーすればいい? やっぱり怒るべきかな? 心中アキレしか湧いてこないんだが? 誰か教えてくれ?
「これ、この箇所を読んでみい。信長のセリフじゃ。イカすのう。ククク」
『我を父と思いなされ。金が無いなら頼るがよろしい。兵が無いなら兵を求めるがよろしいでしょう。あなたさまが我が主人である以上、主人が主人のいるべき所へお連れするのに、何を厭いましょう』
……え? なんて?
難解な日本語は頭が痛くなってくる。
「よーするに、何と?」
「ボクは王子様の下僕だから、なんでもただ働きさせてください。喜んで足の裏だって舐めますから。……みたいな?」
王子様を指して帰蝶が、
「念押しするが、王子様ってのは《足利義昭》な? それと、この新聞、号外だからおそらく日本の大名共の元に届いておろう。とんだ笑いの種じゃな? 日本中の人気者じゃ! ひひひ、ははは」
「……はあ」
「一言しか言わんぞ。《止めさせろ》」
……はあ。
帰ったばっかって言うのに。
お城が一戸建つほどの大枚を投じて四輪駆動車の隊列を組んだボクは、未だ整備中の難路を昼夜問わず走破して、京に駆け込んだ。
ボクの怒りの度合いを予測したのか、ビビリまくりの義昭将軍は奥間で小さくなっていた。
「あのさぁ。信長が全国の笑い者にされたらアンタだってバカにされてナメられんだよ? この理屈分かるでしょ? 今後は勝手な行動とっちゃダメな? ボク、アンタのお父さんなんでしよ?」
「お、おう」
「秀吉と藤孝と光秀に約束状作らせるから、それにサインすんだよ? 分かる?」
「お、おう」
セリフと約束状は、丹羽くんと帰蝶の入れ知恵だ。口頭でハリセンボン飲ましたって効き目なんて無いらしいからな。それとこのことは直接自分の口から伝えないと効果ないって言われたもんだから。
「じゃ、な! それと光秀!」
「は、ははっ!」
「お前さ、作家デビューしろ。次はボクを主役に不幸話を描きまくれ」
「ふ、不幸話? な、何ゆえ?」
「いいから。タイトルは、んーと、戦国武将バサラ信長」
「バサラ……?」
「刀剣ランデヴーでもいいや」
「刀剣……?」
「冗談だよ。お前は今後、織田家、出禁!」
「ええーっ!?」
「冗談だよ。でも次はホンキだからな、分かってんな? 真剣、シバクぞ?」
「は、ははあーっ!」
やれやれ。キツノン、いまから帰るからね―。




