本当の強さって何だろう?
~三階 レイ対ディック
「ホンキヲダセ」
「言われるまでもない」
レイとディックは丁々発止のやりとりを続けていたが、睨み合いに耐えきれなくなったディックが先にダンプカーのような巨体を生かした体当たりを仕掛けていた。それを軽く受け止めたレイは頭上まで持ち上げると、パワーボムで彼をマットに頭から落下させた。
だが、ディックはすぐに立ち上がり、頭をかく。
「コンナワザヘデモネェ」
コブラツイストをかけたレイをディックが腰投げで返し、コーナーポストの最上段からヘッドパットを見舞ったディックを、レイが体を捻って回避する。互いに一歩も譲らない展開で勝負は互角だ。
ディックは足を踏ん張り、手を大きく広げる。
「力比べを私に挑むつもりか」
「コワイノカ」
「恐怖などない!」
両者は手四つに組み、力比べをはじめる。しかし、重戦車の如く溢れ出るディックのパワーにレイは次第に押され始めてきた。
そこでレイはわざと後ろに倒れこみ、覆いかぶさった相手にすかさず巴投げで放り投げ、相手の足を掴んでジャイアントスィングをかける。コーナーポストに投げられたディックは背中から堅い鉄柱に激突するがピンピンしている。
「オレハウチュウイチノタフガイダ。オマエノワザナドイタクナイ」
「宇宙一とは大きく出たな。ならばその自慢の体をマットに沈めてご覧に入れよう」
レイはトンボを切って接近すると、ディックの胴体に手刀を機関銃の如く浴びせる。だが、彼は怯むどころかずんずんと前進してくる。
「キカネェ」
軽く跳躍し、相手の頭頂部に頭突きを打ちこむが、反対にレイの仮面にヒビが入ってしまう。
「なんという石頭だ……」
「オマエノワザハドレモカルイ。コレガホンキトハワラワセルゼ」
身軽さをいかしてディックの両肩に飛び乗ったレイは頭上から幾度も肘鉄を浴びせる。両肩を極めているので腕を使用しての反撃はできず、両足は二人分の体重を支えているため痺れてくる。時間の問題で彼はマットに倒れるとレイは計算した。だが、いくらエルボーを打ってもディックはニヤッと笑うばかり。それどころか、足を踏ん張って跳躍し、空中で態勢を入れ替え、レイにドリル・ア・ホール・パイルドライバーを炸裂させた。
レイは立ち上がり、格闘の構えをとる。
「マダヤルカイ」
「当然だ」
ディックのタフネスは確かに常人を超えたものではあった。
どうやら以前の戦いの際は不意を突かれて気絶したのか、それとも失神したこと自体が演技だったのかと、頭の中に疑いがよぎる。
だが、仮にそうだったとしても自分には勝機がある。
後ろに手を組んだレイは仮面の奥から笑い声を発した。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「キデモフレタヨウダナ」
「そうではない。お前の頑丈さに少しばかり驚かされたというだけだ。だから、私もそろそろ本来の戦法を解禁しようと思ってな」
レイはマットをポンッと蹴ったかと思うと、ふわりと空中に浮き、ディックの頭上から踵落としを放った。
「コンナモノッ」
X字のガードで防ごうとするディックだが、レイの踵落としはそれをものともせずに押し切ると、彼の頭に命中させる。
一撃。わずか一撃でこれまで無敵を誇ったディックの頭が流血した。
衝撃の大きさに思わず前のめりになった彼の顎に、槍の如き怪人の足の裏が飛んできて、ディックの巨体ごと上空に舞い上がらせる。
天井に勢いよく激突し人型の穴を作った大男は真っ逆さまに堕ちてくる。だが、ほんの一瞬の安らかな時間さえもレイは与える気を見せず、彼の喉に自らの太腿をピタリと当て、下のマットと太腿で挟み撃ちをした。
「グボッ……」
この試合がはじまって、はじめてディックが吐血し、豪快にダウン。
その光景は先ほどまでの攻勢が幻だったかのように思わせる。
レイはロープを利用して高く舞い上がると、その爪先に体重を乗せ、彼の腹を突く。速度と重さの加えられた爪先蹴りの一撃に、ディックは腹を抑えて悶絶する。
「私が少し本気を出したらこんなものか。さっきに勢いはどこへいったというのだ!」
挑発というよりも失望したと言った風に声を荒げるレイ。
中華服の怪人は倒れているディックの頭を両足で挟むと、えび反りをし、反動をつけることによって足の力だけで彼をコーナーの鉄柱へと衝突させる。
「グウウゥ」
額を流血する彼をサッカーボールキックで蹴り上げ、その背を幾度も踏みつける。
「お前は力と頑丈さだけに頼りに戦ってきただろう。だから、格闘技の技術は素人当然」
「イッテクレルジャネェカ」
じりじりとロープまで這いよると、ロープを引っ張り、一気に解き放つ。ゴムのように伸ばされたロープが顔面に当たった影響で、思わず攻撃の足が緩んだ。その隙に体を反転させ、足をとってお返しとばかりにジャイアントスィングを敢行する。パワー型のディックの回す速度と勢いはレイのそれを優に超えていた。
「クダケヤガレッ!」
同じ様に鉄柱にぶつけようと試みたが、レイはコーナーに激突する直前で身を翻し、それを回避する。
「残念だったようだな」
仮面から覗く瞳は笑っているようにも見える。ディックはタキシードのズボンから葉巻を取り出し、相手をじっと観察する。
背丈と体重、パワーにおいては自分が圧倒的に上のはず。
しかしながらレイは不足の部分を多彩な足技と速度で補っている。
身軽ということは捉えられないということであり、こちらから投げ技や極め技を仕掛けるのは厳しい。かといって容易な挑発に乗るほど短気な相手ではない。ディックはこれまで幾多の戦いを頑丈さでもって制してきた。彼は典型的なパワーファイトを得意とし、技も殴る蹴る、そしてタックルと単純なものしか使ってこなかった。そのため、威力は絶大な半面、動きが単調になり相手に読まれやすいという弱点が露呈してしまったのだ。これまでは自分より弱い相手だったので、それを気づかれることも、自分で自覚することもなかった。
けれど、ここにきて初めて自分の戦法が通じず互角以上の実力を持つ相手とであったことで、彼は己自身を見つめ直すことを迫られた。
このままでは相手に勝つのは難しい。かといってこれまでの戦法を急激に変化するというのは無理だ。何しろ、関節技などはかけ方は知っていたとしても実戦で試したことがなく、ぶっつけ本番で相手に使えるかどうかわからなかったからだ。レイはコーナーにもたれかかり、余裕の様子でこちらを見つめている。どうやら、こちらが攻撃をするまで動くつもりはないらしい。完全に格下扱いだ。
この場を逃走してトリニティに助けを求める?
三下ならその選択もあるだろう。だが自信満々に任せろと言った手前、尻尾を撒いて逃げかえるのは男の恥だと彼は考えた。
数時間前の敗戦のリベンジを何としても果たしたいが、その方法がわからない。彼は普段使わない頭をフル回転し、どうにか状況を打開する策をひねり出そうとする。
ふと、ここで彼はレイのある箇所を凝視する。
それは亀裂の入った仮面だった。
「オマエノジャクテン、ミツケタゼ」
「フフフフ、戯言を。私を惑わそうというのだろうが、そうはいかん」
「ヘヘヘヘ、チョットマッテナ」
彼はいきなり背を向けリングを降りると、猛然と駆け出す。
「待て、卑怯者! 敵に背を向け逃げるとは恥ずかしくないのか!?」
だが、彼が走っている方角は階段とは反対の方向だ。
「……?」
何をするのかと見届けていると、彼は剛腕パンチを壁に放って、壁を崩壊させる。三階の壁が壊され、外の景色が露わになった。
「コレデジュンビカンリョウダゼ」
「お前の意図が読めぬが、再びリングに戻ってくるその度胸だけは買ってやろう」
「イイノカイ、タカイカイモノニナルゼ」
ディックは拳を鳴らし、葉巻を床に捨て、リングへと上がってきた。
通常なら闘技場にあげないように攻撃して邪魔をするのが定石だが、レイはそのような手段を好んでいなかった。
「デハ、オシエテヤルゼ、オマエノジャクテンヲ!」
エンジンを全開にし、試合序盤と同じく突進するディック。
「芸の無い……そんな単純な技で私を倒せると思うとは愚かな」
レイはサマーソルトキックでディックのタックルに応戦するが、彼は怯まず突っ込んでくる。そしてにゅっと手を伸ばすと、レイの胸元を掴み、握力でもって服を破いた。そこから露わになったのは、胸の谷間と膨らみ、そして白のブラジャーであった。
「貴様っ!」
胸元を抑え、攻撃の手が鈍った隙を逃さず、仮面にエルボーを叩きこむ。その一撃が決定打となり、仮面は粉々に砕け散ってしまった。
仮面の中から現れたのは、白い肌に切れ長の瞳が特徴の美少女だった。
「ヤハリ、オンナダッタカ」
「私の素顔を見て胸をさらけだした貴様には、死あるのみだ!」
美しい顔ながらも凛とした声で告げるレイだが、ディックは余裕を崩さない。
「オマエノジャクンデアル、カメントアシヲハカイシタ。
ショウブハツイタモドウゼン。ダガ、メイドノミヤゲニキイテヤル。オマエハナゼ、コノゲームニサンカシタ?」
「強くなり自分を高めていきたかったからだ。女、女と馬鹿にする男共を見返すために、私は指輪の力で世界一の強者になりたかった」
「ソノタメニオレタチヲウラギッタノカ」
「強くなれるためなら何でもする! 参加者たちを裏切ろうと知ったことか。それにこのゲームで大切なのは生き残ることだ。願いがかなえられるのが一人である以上、最後は個人対個人の戦いになる。綺麗ごとを言ったところで、結局は互いに争う定めなのだ!」
「……アンタ、マチガッテイルゼ」
「何がだ!」
「ヨソカラカリタチカラデツヨクナッタトコロデ、ホントウニツヨクナッタトハイエネェ」
「黙れっ。女というだけで、美貌を持つというだけで、男共にいいようにされ続けた私の気持ちの、お前に何がわかるというのだーッ!?」
レイは心の底から魂の叫びを吐き出す。瞳からは涙を流しながらも、ディックを葬り去るべく、脇腹に蹴りを放ってくる。
それを脇で挟み、右足の動きを封じたディックは、彼女のすらりとした長い脚に己の拳を叩きこんだ。途端、鈍い音が部屋に響く。
彼女の足が折れたのだ。腋から強引に足を引き抜いたレイは立ち止まると、これまで使わなかった拳を振るう。
ディックはそれを食らうと、彼女の頬に平手打ちを放つ。
「アシヲオラレテハサスガノオマエモセンリョクハンゲン」
「私は、まだ戦える」
「ナラ、ウチアウカ」
互いに拳を握り、平手打ちと拳の激しい打ち合いがはじまった。
腕を止めたほうが倒れるのは明らかだ。
「私は勝たないといけないの。X様のためにも、そして自分自身の強さを証明するためにもーッ!」
「オレモナカマヲセオッテルンデナ、カチハユズレネェ」
「はああああああああああっ」
「オオオオオオオオオオオオオオッ」
幾度となく放たれる拳を使った攻撃の雨あられ。
二人は時間も忘れ、お互いの信念をぶつけ、男女であることも忘れ、ただひたすらに殴り合った。口は切れ、血染めになる拳。
息は荒く、言葉も少なくなる。
どれぐらい時間が経っただろうか、レイの足が震え始め、遂にマットに倒れ伏した。呼吸を乱しながら倒れた彼女。しかし、その表情に影はない。
「さあ、勝者の権利よ。私の命を奪いなさい」
目を閉じ、微かに口角を上げるレイ。
しかしディックは拳を下ろし。
彼女をお姫様抱っこをした。
「何をしているの。私はあなたの敵よ。離しなさい」
「キズノテアテヲシナキャナラネェナ」
ディックは彼女を抱えたまま、リングを降りて、自分が開けた大穴に助走をつけて飛び出す。
「トリニティ、カエリハジブンノアシデカエリナ!」
空高く舞い上がるディック。
「オレトコイツハコレデダツラク。アトハスキニシナ、エックスサンヨ」
彼はレイと自分の黄金のカードを捨て、何処へと去ってしまう。
レイの命を助け、指輪と賞金は好敵手に譲る。
彼は血沸き肉躍る戦いができただけで満足だったのだ。




