女の子を舐めると痛い目見るって言ったじゃん
~二階~ナツ&エミリー対 狩人二号
「早くリングへ上がってくるがいい。それとも、俺と戦うのが怖いのか」
二号に挑発され、ナツとエミリーはリングインし狩人と睨みあう。
狩人の身長は百七十六センチメートル。一号と比較するとずっと小柄である。けれど、それでも少女二人から見た印象は十分な大男に感じられた。格闘経験もない素人の自分たちが、凶暴な化け物といまから一戦を交える。だが、一人では無理でも二人で協力すれば、少しは戦えるかもしれない。彼女たちは淡い希望を胸に相手の出方を待つ。
「試合開始のゴングはないぜ。なぜならこれは、文字通りの死闘なのだからな。武器はエプロンの下に幾らでも隠してあるから、使いたければいくらでも使用するがいいぜっ!」
黄色い瞳をギロリと光らせたかと思うと、狩人は超突猛進のタックルを敢行する。
「危ないっ!」
咄嗟に左右に回避する二人。だが、狩人はロープにバウンドする直前に足を止めてUターンすると、エミリーの方へ二発目を見舞う。
「こ、来ないで!」
「ヒャハハハハハハ! そんなに怯えてばかりじゃ、この俺を倒すのは百年経っても無理だろうな!」
腕でガードするエミリーを嘲笑しながらばく進する狩人。
だが、ここでナツが背面に蹴りを炸裂。
狩人の動きが一瞬、停止した隙を突き、今度はエミリーがタックルを仕掛ける。
「そんな身軽な体当たりなど、受け止めてやるッ」
「私の狙いは……これです!」
体当たりと見せかけ、素早く相手の股下に滑り込むと、両足を掴んで勢い任せに押し倒す。すかさずナツが狩人の腹にストンピングを打ちこむ。だが、狩人はうめき声ひとつ漏らさない。
「コイツ、鎧を着ているから効果ないんだ」
「その通り! 腹への攻撃は無意味だぜ!」
サッと立ち上がると、細長い尾でナツの胴体をギリギリと締め上げる。
「どうだ。痛いか、苦しいか?」
「こんなもの、アンタに殺された参加者たちの苦しみに比べたら、なんてことないね」
「そうかい。だったらもっと強くしてやろうか!」
胴に巻かれた尾の締め付けが更に強力になると、ナツは僅かに苦悶の表情を見せながらも、両腕に力を込めて、締め付けから脱出。
迷うことなく狩人の鼻っ面にストレートパンチを放った。
突然の反撃に対応できなかったのか、まともに食らった狩人はトカゲのような顔から緑色の鼻血を出すが、呼吸ひとつ乱さない。
「ちょっとはやるじゃねぇか。面白くなってきた!」
ナツの右腕を掴んで反対側のロープに投げると、ロープに当たった反動で彼女が返ってくる。そこを待ち構えた狩人はナツの細い首にラリアットを決めた。
唾を飛ばし、マットに倒れるナツの腹を思い切り踏みつける。
「これがお前が俺にしようとしたことなんだろう。どうだい、敵に自分たちがやろうとしたことがされる屈辱は!」
「アタシの心がそれぐらいで折れると思ってんの」
振り下ろされる足を両手で受け止め、踏みつけを回避したナツは立ち上がり、歯を見せて笑う。
「小生意気な奴だ。ならば、もう一度地獄を味わうがいい!」
二度目のラリアットを強襲する二号だったが、彼は目の前の敵に集中するあまり、もう一人の存在を忘れていた。
「えええええええいっ!」
「し、しまっ――」
気づいた時には時既に遅し。コーナーポストから飛び上がったエミリーが、エプロンから取り出した大剣を大きく振るって迫っていた。
大剣はその名の通りエミリーの背丈の三分の二ほどもあるビックサイズの剣だ。しかし、特別な金属を使っているのだろうか、全くと言っていいほど重さは感じない。その剣を一気に振り下ろすと、二号の首は胴体から切断され、頭部を失った首からは噴水のように大量の緑の血液が噴出する。
「ハァ……ハァ……ハァ」
二号は敵を攻撃するとその快感に酔いしれるあまり、周囲への警戒が薄くなる。そこを突き、エミリーはエプロンしたから武器をとってきたというわけだ。
「ナツちゃん、私達のコンビネーションの勝利だね!」
「イェイ!」
互いにハイタッチをして勝利の余韻に浸る。敵が事前に武器を隠していることを自分たちに教えていなければ思いつかなかった作戦。
つまり二号は墓穴を掘った形となったのだ。
だが、次の瞬間、エミリーの顔から血の気が引き、みるみるうちに青くなる。その表情に疑問を抱いたナツが振り向くと、理由が判明した。なんと切断されたはずの二号の首がモコモコと胴体から生えてきたのです。頭部を蘇らせた狩人はコキコキと首を鳴らし、桃色の舌を剥き出しにして言った。
「俺は再生能力を持つ。首を切断したぐらいでいい気になってちゃ困るんだよッ!」
狩人はドロップキックでエミリーの剣を振り落とすと、彼女らの首をそれぞれ片方の腕で抑え、宙づりにする。
「今度はあのジィさんは助けに来ねぇ。何故なら、たった今、あいつは死んだからなぁ!」
「嘘です!」
エミリーが即座に否定するが、二号は彼女の顔面にペッと唾を吐き。
「嘘じゃねぇ。さっき、通知の着信音があっただろう。アレはあいつの死亡を伝えるものだったんだよォ!」
片方だけで一人を支えた状態の二号は、二人を喉を掴んだままマットに叩きつけた。
衝撃の大きさにエミリーの目は虚ろになる。そして彼女の服のポケットから放り出された黄金カードは宙を舞い、彼女の眼前に突き刺さる。そこに記されていた言葉は。
匙 死亡 残り参加者五人
「あ……あ……」
喉から絞り出すような声をあげるエミリー。
ナツは歯を食いしばり、溢れる涙を堪えた。
二号は彼女たちの喉から手を離すと高らかに笑い。
「助けは来ない。俺は倒せない。やはりどう転んでも、お前たちの運命は変えられぬ!」
狩人は幸福だった。美少女二人が自分から死の闘技場へと上がってきたから。相手は二名とはいえ素人であり、しかも女子である。
人間を超越した身体能力にどれだけ腕や手足が切断、破壊されようとも瞬く間に復活できる再生能力。生まれつき備わったこの力さえあれば自分の勝利は動かない。加えて、彼女たちが恐らく頼みの綱にしているであろう匙も先ほど一階の戦いにより戦死したという。
この状況下でどうやって形成を覆せるだろうか。いや、不可能だ。
ナツとエミリーに奇跡は起きない。彼女たちは惨たらしく俺に殺められる最期を迎える。それが下等生物である人間、そして自分の喰い物である女子にとって相応しい末路。彼はそれが当然と考え、ダメージと匙の死というショックな事実に対し戦意を喪失したと思われる彼女たちを思う存分に甚振った。頬に掌底を見舞い、頭突きで額を割って血染めにし、涙で濡れるエミリーの顔を幾度も踏みつける。
涙と鼻水、そして口を切ったことにより流れ出る血液でぐしゃぐしゃになったエミリーの顔を見て、二号は満足そうに舌を動かす。
あとは彼女たちを縛り、火を焚いて丸焼きにして喰うだけ。
久しぶりの女の肉をたっぷりと味わい、横になる……
それが彼の抱いていた未来図だった。だから、彼は当初、自分が目の前で見ている光景が錯覚だと思った。完全に心身共に打ちのめされたはずの二人が、生まれたての小鹿のように震える足で立ち上がってくる姿が。涙を手の甲で拭い、眼鏡の奥の瞳にメラメラと燃え盛る闘志を放つエミリーの目が、満面の笑みを浮かべ、自分を見下すかの視線を送るナツの顔が彼には幻覚にしか思えなかった。死にかけの人間が立ち上がるなど、自分のこれまでの経験上、あり得ない話だ。
仮にあったとしても、燃え尽きる蝋燭が一瞬だけ明るく火を灯すような最期のささやかな抵抗くらいにしか感じとれなかった。
人は想定外の出来事に出くわすと動揺し、平常心を失う。
それは人工生命体の狩人とて例外ではなかった。
だから軽く突き倒せば簡単に倒れ、二度と立ち上がることのないはずの彼女たちが自分の目が捉えきれないほどの速度で一気に間合いを詰め、息の合った正拳突きを放ってきたときは対応できなかった。
慢心し完全に無防備の体に撃ち込まれた二つの拳は彼の体をくの字に折り曲げさせた。
「オエエエエエエッ」
何が起きたかわからない。自分は殴られたのか? 人間より優る自分が非力な女子に殴打され、苦痛の声を出しているというのか。
両手を濡らす気色の悪い液体は何だというのだ。まさか、これは俺の嘔吐物なのか。俺が苦しさに胃の中ものを吐き出したと。あり得ん。
そんなことがあっていいはずがない。
両脇腹に蹴りを見舞われ、乾いた音が彼の耳に響く。
今の音は聞き覚えがある。骨が折れる音だ。だが、誰の?
やつらが俺の攻撃で骨折したのなら当然の話だ。
だが、先ほどの音は紛れもなく俺の体内から聞こえてきた。
「アンタ、女子を舐めすぎって言ったでしょ!」
爪先を鋭く尖らせたナツの蹴りは、二号の胸元を切断し、血飛沫が上がる。態勢を崩し、踏ん張りがきかなくなった二号は思わず片足をマットにつけてしまった。その隙を逃さずロープへ飛んだエミリーは、彼の顔面に膝蹴りを食らわせ、顔を凹ませる。負傷により膨れあがる二号の顔面だが、二人の美少女は攻撃の手を緩めない。マットに押し倒し、右腕をエミリーが左腕をナツが腕ひしぎ十字固めに極める。
グキグギと軋む音が聞こえたかと思うと、バッタの足のように容易く二号の両腕をもぎとってしまう。自慢の再生能力で両腕を元に戻す狩人だったが、彼の頭は激しい混乱と動揺の渦の最中にいた。
何故だ。やつらは確かに格闘の基礎も知らないはずのズブの素人だったはずだ。少なくとも先ほどまではそうだ。甲冑で身を守る俺の腹を狙ったり、再生能力に気付かなかったりしたのだから。
だが、今はどうだ。奴らの動きが目で追うことができない。細腕で極められているはずの腕ひしぎを力で返すことができない。
俺が奴らをボコボコにしたあと、奴らが不死鳥のように蘇った。
立てるだけでもやっとかと思いきや、生意気にも反撃をしてきた。
しかもこのスピード、このパワー。以前の三十倍は実力が上がっている。何故、やつらの力がブーストしたのだ?
わからん。理解できない。
「テメェら、何をしやがったああああっ!」
「何もしていません。ただ、敢えて言うのなら、あなたは私たちを怒らせたというだけです!」
「怒り如きで強くなれるものかぁ!」
「怒りだけではありません。散々愛する仲間を、そして自分自身を罵倒された悔しさ。あなたを絶対に見返してやりたいという強い気持ちが、私たちにこの力をくれました」
「仲間を馬鹿にし、人間、特に女の子を喰い物としか思っていないアンタには一億年経っても理解できない力だよ!」
「お前たちが不可思議な力を使ったとしても、運命は変えられぬ」
「いいえ! 変えられます!」
エミリーのローリングソパットに吹き飛ばされ、ロープに飛んだ。
ロープを掴んで止まることもできずにそのまま返ってくる彼を待ち構えていたのは。ナツの貫手だった。彼女の手刀は狩人の喉に食い込む。
「ガ……ハァ!」
肺から大量の空気を放出しながら、彼は思った。
仲間など不必要。俺は狩人。我らは同族と組むことはない。
大人数で敵を襲おうとも、あるのは常に自分一人だ。
獲物は人間。喰うのも自由、甚振るのも自由。
生まれつき人間は自分たちの下にいるべき存在。
狩人こそがこの世界を統べる生命体。
人間の生殺与奪も運命も自分たちが決める。
獲物でしかない人間は俺たちのために生きていればいい。
だが。ここで俺が敗北すれば、そのピラミッドは崩れ去る。
頭の片隅にはあった。一号が人間に倒された通知を受けたときから。
百体もの俺の仲間が匙というジジィに全滅されたときから。
わかってはいたが、決して認めるわけにはいかない現実。
この星に狩人として残っているのは俺しかいない。
数日間で、あり得ないと思っていた逆転劇が次々起きている。
ここで俺が人間に敗北を認めること。それは、狩人という種族全体の敗北を意味する。それだけは避けなければならない。
「女は、泣きわめき俺の喰い物にされればそれでいいんだッ!
甘く、旨い肉を喰われるだけの存在であればいいんだッ!
喋るな。笑うな。お前たちの運命は全て、この俺が――」
自分に残る全ての力を振り絞って炎と氷の二重技を放とうとする。
しかし、彼の掌からそれらの攻撃は発動できなかった。
先の戦いでエネルギーを消費し過ぎていたので、わずか数時間で回復できるはずがなかったのだ。
「畜生。あのジジィはこうなることを見越していたのかっ!」
「アンタは可哀相な人だよ。人間の力の凄さを理解することができないなんて」
「次に生まれてくるときは、今回の教訓を糧に女の子を馬鹿にしないでください。そうすれば、あなたもきっと本当の意味で幸せになれます」
「俺が、俺が女に負けるなど、あってたまるかああああっ」
その言葉を最期に狩人二号は胸を貫かれ絶命した。
再生能力を持つ二号であっても心臓は一つ。
そこを破壊されれば再生はできないのだった。
「エミリー、やったじゃん。あたしたちの勝利!」
「うん。匙さんがブレスレットをくれたおかげだね」
二人は互いの顔を見て微笑んだ。
Xタワーに到着する前、匙は格闘経験を持たない二人を守るために、自らの魔力を注入したブレスレッドを作り、彼女達にプレゼントしていた。但し、この腕輪は彼女たちが本当の危機が訪れ、なおかつ人の想いに応えたいと思った時のみの効力を発揮するものだった。
匙の死により、彼の想いに応えたいと願う彼女たちの強い気持ちに共鳴したのだ。
ナツは疲労困憊した体に鞭打ち、トリニティを加勢するため階段へと向かう。エミリーは全力を出し尽くした影響で力尽き、そのままマットに仰向けになり、すやすやと寝息を立ててしまった。
それを脱落とみなした黄金カードにより、エミリーは賞金を得る権利を失ってしまった。けれど、彼女はそれでも良かっただろう。気弱だった自分がこの数日間で大きく成長し、大切な仲間とも出会うことができたのだから。
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