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2.もう存在しない指(4)

「つまり、おまえは自分なりの抵抗をしたいということなのかな?」

 父は煙草を灰皿に擦りつけて言った。


 まただ、と僕は少々辟易した。

 理解する父親像、を当時の父は標榜していた。

 権力者として畏怖されるのではなく、子どもと友だちのように付き合い、人生の先輩として信頼される父親に憧れていたのだ。


 しかし、父はいつもそうなのだけど――

 というか、うちの家族はみんなそうなのだけど、過剰に反応しすぎる傾向がある。

 理解する父親であろうとするあまり、力みすぎの素人役者がセリフを棒読みしているような恥ずかしさがあって、僕らをしらけさせた。


(その後、父はただの、黙っている人、になった。

 借金と生活に追われて、妻子を理解する余裕などもうなくなってしまったように見える。

 しかし、そんな父の姿にも、僕はどこか芝居臭さを感じていた。

 この人は恥ずかしいな、ちょっと、って感じ)


「ひとりが働けばなんとかなる。そうだろ?」

「でも、どっちが働いて、どっちが大学に行くんだ?」


 答えがわかっている質問だった。

 おれが働くからトモを大学に行かせてやってくれ、とカツは言うだろう。

 僕は嬉しいような困ったような気分だった。

 大学へ行けるのは嬉しいけれど、わかった、僕が行く、なんて言えるわけないじゃん。

「兄とはいっても双子なんだからさ、そんな自己犠牲の精神を発揮しなくてもいいっしょ?」

とか返事するのがスジなわけで。

 結論として僕が大学へ行くにしてもだ、一応、かたちとしては「譲り合った結果」ということで。


 しかし――カツは僕や両親の予想を裏切った。


「それはジャンケンで決める」


「ジャンケン!」と僕は思わず怒鳴っていた。


「そんなふざけた」と母が言った。


「こんな大問題をそんないいかげんな方法で決めていいのかい?

 あとで悔やむことになりはしないかな?」


 この、非難を疑問型にする言い回しが、父から見ると、理解する父親的なのだ。


「ジャンケンはいいかげんな方法なんかじゃない。

 だいたい、話し合って決められる問題じゃないだろ?

 おれたちは歳だってちがわないし、成績だって似たようなもんだし。

 どちらにも大学に行かなけりゃならない積極的理由なんてのもないしさ。

 これじゃ、話し合って決めればかえって後悔の素だよ。

 ジャンケンがいいんだ、ジャンケンが。

 ジャンケンで決めるのが、おふくろの好きな公平なんだよ。

 なあ、トモ」


 たしかにカツの言う通りだった。

 話し合いで結論の出ることじゃない。

 僕らには対称性の呪いがかかってる。

 どれだけことばを尽くそうと、論理で優劣をつけることは不可能なのだ。

 となれば、ジャンケンというのはうまい手だ。

 必然がダメなら、偶然にまかせればいい。


 カツが余計な兄貴風を吹かせなかったことで、僕は罠を踏まずにすんだことに気づいた。


「そうだね、それがいちばん良さそうだな」

「トモ。本当にそれでいいんだね?」


 僕は父にはっきりとうなずいてみせた。


 母はラッキョウを噛み潰すようにモゴモゴと、双子なのにひとりだけ大学に行くなんて、と言っていた。


「一回勝負だぜ」


 僕とカツは立ち上がり、拳を握って構えた。


「ジャン、ケン――」

「ちょい待ち!」


 拳を振り下ろそうとしたところで、カツがタイムをかけた。

 彼は腕をひねるようにして両手を握り合わすと、その腕をくるっと回して掌の中を片目で覗いた。

 小学生に戻っていた。


「よし、いくぞ」


 腕をほどいた彼が言った。


 ――ジャンケンポン!


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