Chapter02-5
無言の更新再開(半年近く某ウマゲーしてたとか言えないし書けない)
作戦室を発ったエリカとラッドは、≪グラビティボード≫に乗って都市の上空を駆け抜けていた。
通信妨害装置が存在すると思われるF区は比較的寒波の影響が薄いエリアだが、既に二人とも≪アブゾーバー≫を起動している。敵が都市を掌握していることは疑いようのないことであり、思わぬ不意打ちを食らう可能性も否定できなかった。
「エリカ、あとどれくらいだ!」
「残り五〇メートルもありません!」
「よし、いったん速度落とすぞ」
F区は発電施設や送電用のエネルギーラインが複雑に入り組んだ構造をしており、地上から目的の場所まで向かおうとすると一時間は見積もる必要があった。地形を無視して空中を移動できるラッドが都市に残っていたのは不幸中の幸いだろう。
奇襲を警戒しながらの飛行でも、管理局から五分程度で目的地のほぼ直上まで辿り着いた。≪グラビティボード≫が完全に静止したタイミングでエリカは地上へ目を凝らすが、目当ての装置を肉眼で捉えるには遮る物が多く、現在位置も高すぎる。
「下へ降りましょう。すぐ退避できるように、ゆっくり高度を下げてください」
「了解」
ラッドが返事して間もなく、意識しなければ判らないほどの揺れの後に下降が始まった。
有事でありながら、思わず賞賛しそうになるほどの緻密な操作。こと≪グラビティボード≫の操作に関して、彼に並ぶ才能の持ち主は存在しないだろう。
長い時間をかけて地上へ降り立つ間、敵からの攻撃はなかった。一足先に降りたエリカは素早く周囲を見渡す。今のところ、この場にいる二人以外に生き物の気配は感じない。
それでも警戒を解く気は微塵もなかった。フューリーからの報告で、あらゆる探知に引っかからない変異体の存在は知っていた。
「ラッドさんは降りずについてきてください。状況が悪くなったらすぐに逃げられるように」
「あぁ。エリカは乗ってなくていいのか?」
「乗ったままだと物陰に隠されいたら見えませんし。いざという時は飛び乗りますから」
エリカは周辺のマップを拡大表示しつつ、それらしき装置がないか探索を開始した。
電波の干渉で割り出せたのはあくまで大まかな範囲だ。中心付近に妨害装置があることは間違いないが、正確な位置を特定するには時間をかけて更に条件を絞る必要がある。
もしラッドがいなければ、多少出遅れてでも特定作業を行っていただろう。移動にかかる時間を大きく削減できるなら、その分の時間で直接探した方が早いとエリカは見込んだ。
無論、目視で配管や装置の隙間を探していては日が暮れてしまう。
エリカは白衣のポケットから端末を取り出し、周囲の地形を読み込む。端末にはこのエリア一帯の地形情報が入っており、実際の地形と比較することで構造内の異物を探すのだ。半径数メートルという狭い範囲ではあるが、リアルタイムで結果を得られる。
「……ありました」
「え、もう?」
探索を始めてから程なくして、それは拍子抜けするほどあっさりと見つかった。
どうやら降り立った場所は、運よく目標のすぐ近くだったらしい。配管の隙間に隠れるように四角い箱型の装置が置かれているが、周到に隠そうとした形跡は見られない。仕掛けた側からすれば、見つかっても見つからなくても構わないということか。
「どうだエリカ、ぶっ壊せそうか」
「物理的な破壊はリスキーですね。幸いそこまで複雑なものでもないみたいですし、この場でバラしま」
ふと顔を上げたエリカは、それを目撃した。
音もなく、気配もなく。
最初からそこにいたかのようにそれが物陰から姿を現す瞬間だけを、偶然目にした。
「うっし、じゃあ俺は周囲の警戒を――」
「危ない!」
――エリカの体は思考を経ずして動いた。
振り向き様に≪タグストレージ≫を展開。抜刀術めいた動きで放った斬撃が、ラッドに飛び掛かってきていた変異体を断ち切る。
「飛んで!!」
「――ッ!?」
鋭いエリカの指示に、殆ど反射的と言った様子でラッドは≪グラビティボード≫を上昇させる。
そこにエリカも飛び乗――れない。
先とは別の個体が、既に迫ってきている。今度は三体。
「はぁ!」
父と同じブレード型の次元兵器を振るい、一体、二体と斬り捨てる。しかしその間に間近へと迫る三体目。踏み込める余裕はなく、後退を余儀なくされた。
ラッドとの距離は一層開く。到底乗り移れるタイミングなどない。
「エリカ……!」
ラッドは何とかして地上のエリカを拾おうとしているが、どこに潜んでいたのか次々と現れる変異体のせいでタイミングを掴めずにいるようだ。
このままでは不味い。なおも数を増やす変異体と距離を離しながら、エリカは叫ぶ。
「行ってください。私のことはいいから!」
「出来るわけないだろうが! くっそ、邪魔だこいつら……!」
「狙われているのは私だけです! ラッドさんは一度ここを離れて救援を!」
「だけど……畜生、俺は……くそ、どうすれば……」
狭く入り組んだ構造内にひしめく変異体をかいくぐり、エリカを救出する。いくらラッドでも不可能に近い芸当だ。仮にエリカまでたどり着けたとしても、離脱は望むべくもない。
それでも彼は迷っている。命を危険に晒して、エリカを助けようとしてくれている。
しかし今は、その善意を受け入れるわけにはいかない。
通信が使えない今、ある程度の速さで都市を動き回れるラッドは生命線でもある。
「ごめんなさい」
エリカは小さな声で謝り、短いコマンドを送信した。
強制的に上昇する命令を≪グラビィボード≫へ。
「なっ……急に、何で!?」
「瑞葉姉さんたちを探してください。それまでは持ちこたえて見せますから」
「まさかお前が……待てエリカ、エリカぁぁぁぁああああああ!!」
さしものラッドと言えど、管理者権限で強制された動作を御することは不可能。決まった高度――咄嗟に入力したため正確な高さは把握できてないが、空を飛ぶ敵がいない限りしばらくは安全なはずだ。元より救援は期待していない。向こうもそんな余裕はないだろう。
最大速度で上昇していく彼を見送り、独りになったエリカは。
「さて……どうしたものかな」
目視できただけで五体はいる変異体を前に、剣を握る手の中で汗が滲む。
狭所に潜んでいただけあり、体躯は大きくても精々二メートル弱。既に斬った三体からして耐久も大して高くなく、一対一ならまず負けはない。
問題なのは単純に数が多いこと。エリカの実力で同時に対処できるのは二体まで。三体目は回避に徹するしかなく、それ以上数が増えたら最初から逃げを打つしかない。
そして、この状況に陥るまで一切その存在に気づけなかったことだ。
東京の迅龍隊が遭遇した変異体は機体に搭載されたレーダーに認識されず、待ち伏せや不意打ちといった作戦的行動すら取ったという。出所は同じなのだろう。
変異体特有の人間に対する殺意や反理性的な行動は見られず、淡々と機械的に襲い掛かってくる。しかもラッドには目をくれず、エリカのみを狙ってきた。最初の一体目すら、たまたま通り道にラッドがいただけだった可能性もある。
その場合、いよいよ最悪な想定を現実としなければならない。
「この変異体はやっぱり人為的に――」
思考が許されたのはそこまでだった。
変異体がエリカ目掛けて接近してくる。
同時に五体。考えうる限り最悪のパターン。
「やばっ!」
正面から応戦する選択肢はなく、エリカは敵に背を向け全速力で距離を離す。
剣士としての指導は受けていても、ガーディアンとしての訓練は受けていないエリカに≪アクセラレーター≫を使いこなすことはできない。手元にあるものでまともに扱えるのはパッシブな防御機構である≪アブゾーバー≫と、≪ディバイダー≫を搭載したブレードくらいだ。
一瞬後ろを振り返り彼我の距離を測る。エリカ自身の身体能力は高いものの、一歩の大きさは相手の方が上。結果的に距離は縮まりも開きもしていなかった。数が増えていないのはせめてもの救いか。
このまま逃げ続けても状況は好転しない。相手の体力がどれだけあるかわからない以上、持久戦は得策じゃない。
幸い、妨害装置を探す過程で一帯の地形は目に焼き付いていた。上から見ただけの単純な地図としてではなく、機材やパイプラインの配置まで含めた立体構造として。
相手がそれを知らないのであれば、取れる手段はある。
「確かこの先なら……」
記憶の中にある立体図を頼りに、エリカは手前の角を右へ。
その先にあるのは――壁。正確には、道を塞ぐように張り巡らされたパイプラインだ。いくらエリカと言えども、跳躍で超えるには高すぎる。
しかしエリカは速度を落とすことなく、行き止まりにしか見えない道を駆ける。追跡者の気配を背に受けながら、眼前へと迫る壁の一点へ意識を集中させ。
「はっ!」
跳躍。
ただしそれは上へではなく、前方へ。
パイプとパイプの間にある隙間。エリカ一人ならばギリギリ潜り抜けられる空隙へ、弾丸の如く身を捻りながら突っ込む。
空中での完璧な姿勢制御によってエリカは壁の反対側へとすり抜け、難なく着地。
そこから僅か半秒遅れて、凄まじい激突音が響いた。愚直にエリカを追い続けた変異体が、勢いそのままにパイプへ激突した音だった。
「まず一つ!」
素早く駆け寄り、今しがた通り抜けたパイプの隙間へ刺突を繰り出す。放たれた一撃は寸分違わず敵の一体を捉え、顔面から頭部を串刺しにした。
まともに死亡を確認することなく、剣を引き抜くなりエリカは再び駆け出した。普通の壁ならばともかく、密集したパイプならばいくらでも手足をかける場所がある。登って超えてくるのも時間の問題である。
しかし手ごたえは充分だった。相手は真っすぐ、一切減速なども考えずにエリカを追いかけてきている。
ここ以外にも同じような地形はいくつか存在している。先に斬り捨てた二体が復活してこないことからして、理不尽な再生能力を持っている線は薄い。
このまま誘導を繰り返し、一体ずつ削っていけばエリカにも勝算があるはずだ。
「……このまますんなりいってくれればいいけど」
切実な願いを呟きつつ、エリカは次の場所を目指し走り続けた。
「あと、一体……!」
振るった刃が無防備に晒された首を断つ。
長時間にわたる逃走に加え、命を奪うことへの忌避からくる精神的負担。生粋の戦士ではないエリカにとってはどれも堪えるもので、心身共に限界が近い。
だが追跡者も残すところ一体のみ。
そして気づいてすらいないだろう。エリカが逃げつつも進行方向を調整し、最初に遭遇した地点――即ち妨害装置がある場所へと向かっていたことに。
「あいつを倒して、通信を回復させれば」
果たして状況は好転するだろうか。
少し考えてみれば、敵がこの襲撃を入念に計画していたことくらい簡単にわかる。そもそもが世界最高峰のセキュリティを誇るアクシスへの侵攻だ。本気でこちらを叩き潰す気ならば、徹底的にやるはず。窮地に陥っているのがエリカたちだけとは限らない。
仮に通信手段を取り戻し、東京にいる父たちへ救援を求めたとして。
彼らがそれに応えられるのか。彼らもまた自分たちと同様、何らかの危機に晒されている可能性は?
わからない。わからないけども。
「今は私にできることを!」
僅かに首をもたげた迷いを振り払い、エリカは駆ける。
目的地は近い。辿り着く前に最後の一体を片付ける。増援の気配もない。
もはや小細工など不要。
攻勢に転ずるべくエリカは唐突に身を翻し。
――追いかけて来ていたはずの変異体がいなかった。
「え――」
一瞬生じた意識の空隙。僅かな空気の揺らぎを感じ取り、反射的に剣を上げる。
直後、ガードの上から強烈な衝撃を叩き込まれた。
「ぐぁ……!?」
小柄なエリカの体は容易く宙を舞い、強かに叩きつけられる。≪アブゾーバー≫で致命的なダメージは防げたものの、たった一撃で身動きが取れなくなる程にエリカは消耗していた。
酸欠で霞む視界の中、何もない空中から赤色の液体が不自然に流れ落ちていくのが見えた。ガードに使った剣ごとエリカを打擲した際に傷ついたのだろう。姿は見えなくても、敵はそこにいる。
「光学、迷彩」
わかってしまえばあまりにも単純な事実。技術的にはありふれていて、次元技術が確立する以前から存在しているもの。変異体相手にはまるで役に立たない代物だが、まさか変異体が使ってくるとは思いもしていなかった。
振り返る直前まで気配も足音も認識していたのに、姿が見えないという一点のみに動揺し、判断が遅れた。他のガーディアンなら迷わず反撃。非戦闘員のラッドや最も経験の浅い晴近であろうとも最低限回避は出来ただろう。
明暗を分けたのは、やはり戦闘経験の差だった。
「動け、私……!」
足音が近づいてくる。手放してしまった武器へ必死に手を伸ばすが、焦りに反し身体の反応は鈍い。届くよりも前に、虚空から零れた血の雫が指先を濡らす。≪アブゾーバー≫による防御は絶対ではなく、無限でもない。
詰み。そんな単語が頭をよぎった。
「く、そぉ……!」
死への恐怖よりも、悔しさから涙が滲んだ。
自分なら戦えるという自惚れが自らの命を脅かし、味方を取り巻く状況をも悪くしようとしている。
シアと共に管制室に留まるのが正解だったのか。ラッドを最初から瑞葉たちかフィーダの救援に向かわせるのが最善だったのか。
「私は――」
どうしたらよかったのだろう。
考えるだけ無駄とばかりに、無慈悲な暴力が迫っていた。
◇
「畜生! 戻れ、戻れよっ!」
ラッドは言うことを聞かなくなった≪グラビティボード≫を何度も拳で叩いた。
速度を緩めることなくひたすら高度が上がっていく。無論ラッドの意思に反してだ。こんなことは今まで一度もなかった。
恐らくエリカが何かしたのだろう。既に地上は遠く、彼女の姿も完全に見失ってしまった。今すぐ操作を取り戻したとして、狭所を変異体から逃げ回る人間一人を発見するのにどれだけ時間がかかるか。
それに向かったところで、所詮非戦闘員である自分にできることなど――
「……馬鹿野郎っ!」
振り上げた拳が、機体ではなく己の膝を打った。
あの時もそうだった。
本当ならすぐにでもエリカを助けに向かいたかった。だがそれよりも早く来るなと言われ、迷ってしまったのだ。
彼女の意思に反し、分の悪い賭けをしてでも高度を下げるべきなのか。自分が行って本当に事態は好転するのか。
その逡巡が招いた結果がこれだ。あまりにも無様すぎる。
「どうすりゃいい……俺は一体、どうすれば……」
エリカに言われた通り瑞葉たちを探すのは、そう難しいことではないだろう。全速力で≪グラビティボード≫を飛ばせば都市の端から端まで一分とかかりはしない。
居場所の見当だってついている。管理局にはおらず、F区へ移動する途中も姿を確認できなかったとなれば、彼女たちは恐らく寒波の原因を叩きに行っているのだろう。いるとすれば都市の中央付近である可能性が高い。
問題は見つけた後だ。未だに寒波が消えないということは、瑞葉たちものっぴきならない状況であると考えるのが自然。主従共にガーディアンとしては久道に次ぐ古参。彼らが苦戦するような状況で、遠く離れたF区への救援を求めるのは難しいのではないか。
助けを求めること自体が可能かも疑問だ。通信が使えない以上、意思疎通が可能な距離まで近づく必要がある。だが都市の中心へ近づくほど強まる寒波に飛び込んで、果たして≪アブゾーバー≫のみで無事に済むのか。
ならば戻るか? それもまた最適解とは言えない。
エリカが迷わずラッドを退避させたのは、恐らく一人でならば状況への対処が可能だったからだろう。先の動きを見ただけで、自分より彼女の方が強いというのは明らかだった。戻ったところで足手まといでしかないのかもしれない。
考えれば考えるほど、出来ることの少なさに腹が立ってくる。どうして自分はこんなにも無力なのか。
苛立ちからラッドは再び拳を振り上げる。
「つーかいつになった止まるんだこいつ! いい加減に止ま――って暑っっっ!?」
しかし振り下ろす直前、むせ返るような熱気に見舞われた。
「な、何だ急に何だ!?」
慌てて辺りを見渡すが、これと言って原因らしきものは見当たらない。そして急な温度変化に驚きこそしたものの、実際には若干汗が滲む程度の暑さだ。長い間気温の低い空間にいたせいか感覚がおかしくなっていたのだろう。
今は五月の頭。暖かいから少し暑いくらいの気温に切り替わる時期であり、むしろこれが普通なのだ。
「くっそ、驚かせやがって。てっきり新手の攻撃が来たのか、と……」
悪態をつくその途中。
ラッドの中でふと浮かび上がった疑問が言葉を尻すぼませた。
いつの間にか≪グラビティボード≫は上昇を止め、コントロール権も戻っている。だがそれを二の次に、ラッドは思考を重ねる。
「何で気温にこんなきっぱり切れ目があるんだ? 開けた空間でここまで温度差があるのはおかしいぞ」
似たような事例を知っていた。己の周囲にのみ超高温の領域を作り出す巨大な変異体。あれは決まった範囲の外であれば僅かにも熱が伝わってこなかった。
もしあれと同じようなことをしているのだとすれば。
「高さは……管理局の尖塔よりやや上ってことは六〇〇メートル強か。確か都市は直径一〇キロくらいだったか?」
比べてみれば、明らかに縦と横で効果範囲に差がある。しかも横方向に関して言えば、中心位置が都市の中心からだいぶ逸れている。綺麗な円形にすらなっていない。
高さをわざわざ制限する必要があったのか。
それとも、制限せざるを得ない理由があったのか。
「……~! 駄目だわからん!」
考えてはみたものの、ラッドの頭ではここまでが限界だった。敵の不可解な行動にもっともらしい理由を見出せるほど、知識も戦闘経験も積んでいないのだ。
あと一歩で核心に迫れたような気がしただけに、落胆も大きい。
「とりあえずどこから寒いのかは見ておくか……はぁ」
とは言え何もしないでいるのも気が収まらない。
ラッドはひとまず正確な切れ目を確認するべく、ゆっくりと高度を下げ始めた。降下中も寒波に近づいているのだろうが、僅かにも気温の変化は感じられない。
しかしある一点を超えた途端、冷水に突っ込んだように足先が冷えた。転移者の能力、或いは次元兵器の効果範囲に入ったのだろう。
「この辺りからか。まぁ切れ目がわかったところで何がわかるでも――」
それは全くの偶然だった。
ふと視線を流した先に見つけたそれが何なのか、ラッドはよく知っていた。
≪サードアイ≫。都市上空に配置された監視装置であり、その視界は都市全域をカバーしている。一部のガーディアンはカメラの映像を利用したりもする、正しく第三の目。上下には移動せず、全く同じ高度を維持する特性を持つ。
――それが冷気を浴びた自分の足と同じ高さに存在していたのは、果たして偶然なのか。
たまたま相手が≪サードアイ≫と同じ高さに効果範囲を設定したのか?
もしそうではなかったとしたら。
≪サードアイ≫と同じ高さでなければならない理由があるのだとしたら?
「……よし」
発想が電撃のように駆け抜けた一瞬の後。
ラッドは低く呟き、≪グラビティボード≫の向きを調整した。
もしかしたら何も起きないかもしれない。この選択が、後にかえって状況を悪化させる可能性もある。
だが、それでも。
今ここでこの偶然にたどり着いたのは。この寒波を打ち破る可能性に賭けられるのは。
「ええい南無三! 当たって砕けちまえぇぇぇええ!」
吶喊した。
フルスロットルで加速した機体が質量弾となり、≪サードアイ≫を捉える。超高性能であることを差し置けばただの監視カメラでしかないそれが、最大時速六〇〇キロを超える鉄塊の直撃を受けて無事で済むはずがなかった。
体当たりを仕掛けたラッドが完璧な姿勢制御で駆け抜けていく一方、仕掛けられた側は内部構造に致命的な損傷を受けてあえなく落下していく。
変化は即座に訪れた。
先ほどまで感じていた冷気が嘘のように消え失せ、ラッドは確信する。
「やっぱりそうか! ≪サードアイ≫で見えてる範囲しか冷たくできねえんだ!」
都市全体の通信を妨害できるような相手だ。≪サードアイ≫に干渉できても全く不思議ではない。中心位置が偏っているにもかかわらず円形の都市をピッタリ寒波が覆っていたのにもこれで説明がつく。
この寒波は≪サードアイ≫の視界によって完全に範囲が定義されているのだ。
ならば、やるべきことは一つしかない。
「全部で何機あるかはよく覚えてねえが……関係ねえ。目についたやつからぶっ壊してやる」
都市上空に、広く無数に分布する≪サードアイ≫。これら全てを迅速かつ確実に破壊する。
特別な技術も経験もないが、それでもやるしかない。
何故なら今、それを実行可能なのは――
「俺にしかできないってんなら……やってやるしかねえだろうが!」
都市最高峰の機動力を持つ、ラッドをおいて他にいないのだから。