プロローグ
まずはプロローグから先に公開していこうと思います。
「おい、あいつで間違いないのか?」
「間違いないさ。年齢もそうだし、大体このあたりでこっち方面に向かう子供なんて、神薙家と関係ある連中しかいないだろう」
確かにな、と納得しあい、男達は車から飛び出してその少年を取り囲んだ。
学校帰りの少年だった。ランドセルを背負い、まだまだ幼さの残る少年である。年の頃は七歳ぐらいであろうか。頭が大きくその為か等身も四等身程度である。
「お兄さんたち、僕に何か御用ですか?」
すると、首を傾げ少年は囲んできた彼らに尋ねた。少年を取り囲んだ連中は一様に黒スーツにサングラスといった出で立ちであり、特にビジネス街というわけでもなく、むしろ静かな住宅街でもあるこの場所で出会うにはあまりに似つかわしくない。
「君は神薙 倒君だよね?」
「確かに僕がタオスだよ」
「やっぱりそうか」
「俺達は別に怪しいものじゃないぜ」
「そうそう、ただちょっとお兄さんたちと一緒に車に乗ってほしいだけなんだ」
「実は君のお母さんが急病で倒れてね。君を病院まで送ってほしいとお父さんに頼まれたんだ」
「こんなに沢山で?」
道端に黒塗りの乗用車とワゴン車が一台ずつ止められ、タオスを囲む怪しい連中は八人いる。
ただ病院に連れていきたいだけなら確かに大げさであろう。
「そ、それはやはり、由緒正しい神薙家のご子息とあっては」
「何かあってからでは遅いからな」
「そうそう、いいからとっとと車に乗れって」
必死に少年を促す黒服達。だが、慌てること無くなんとこの状況でタオスは軽く目をつむった。
その行動に、男達が一瞬顔を見合わせるも。
「……おかしいね。お母さんの気は昨日と変わらず、屋敷にいることも確認出来るよ。それなのに病院に向かったというのですか~?」
コテンっと頭を倒して更に聞く。
その言葉に黒服達は――大声で笑いだした。
「お、おい、き、聞いたか?」
「ぎゃははっ、聞いた聞いた、気だってよ!」
「気を感じるとか、やっぱガキだな!」
「全くだ、漫画の見すぎだっての~」
ゲラゲラ笑う黒服たちだが、タオスは特に気にする素振りも見せず。
「信じてくれないのなら別にいいよ。どちらにしろ、嘘を言っているのはバレバレだし。子供だからって馬鹿にしすぎだね」
そしてタオスはいつの間にか黒服の囲いの中から抜け出し、再び帰り道を歩き始めた。
いつの間にか視界から消え、気づいた時にはかなり離れた位置を歩いていたタオスに、黒服達は驚嘆する。
「ま、待てコラ!」
「くそ! こうなったら無理やりでも車に詰め込め!」
黒服と車二台がタオスを追いかけてくる。そして少年の正面に回り込み、息を切らしながら両腕を広げた。
「たく、素直に車に乗っとけばいいってのによ」
「お兄ちゃん達やっぱり悪い人だったんだね。でも、誘拐はリスクだけ大きくて全く割に合わないらしいし、やめたほうがいいと思うよ?」
「小学生の癖に小生意気なガキだなこいつは」
タオスが諭すように言うと、黒服の一人が吐き捨てるように返した。
だが、タオスはこれでも親切心で言っているつもりだ。
「言っておくが、小学生だから手荒い真似はされないと思ったら大間違いだぞ?」
「俺達は泣く子も黙るブラックチーター所属だからな」
「この隣の大男なんて組織の準幹部の補佐だからな。それがどういう意味かわかるか?」
「なんちゃって中間管理職?」
タオスは小学生の為か至極素直だ。素直に思い浮かんだ事を述べるのだ。
「ふん、口の減らない餓鬼だな。言っておくが俺は三十にしてチャイルドキラーの異名で呼称される程の男だぜ。子供だからって容赦しねぇ」
「むしろチャイルドキラーは子供に容赦ないからな」
「それって大人としてどうなの?」
タオスはまたしても正論を述べた。
「うるせぇ! いいから来いって言ってるんだよ!」
すると自称チャイルドキラーの黒服がタオスに手を伸ばした。上背は軽く二メートル近くありそうな大男である。一方タオスは小学生でしかも身長は一一〇センチ程度とこの年令でも小柄な方だ。
勿論肩幅など諸々の差を考えると、相手の黒服はタオス視点ではまるで巨人の襲来といったところだろう。
そんな手に捕まれでもすれば、逃れられるわけがない。そう、あくまで捕まればだが――
『な~~~~~~~~!』
「へ?」
黒服が一様に驚きの声を上げ、巨体を誇る黒服も間の抜けた声を発した。
何故なら、手を伸ばした巨漢の身体を、タオスは軽々と投げ飛ばしたからだ。
それは川のせせらぎのように何気ない仕草であった。伸ばされた巨漢の腕に片手を添え、ほんの少しの体重移動で相手の身体を崩し、そこからもう片方の腕を下から跳ね上げるようにして投げ飛ばす。
ただ、これだけである。タオスは全く力を使っていない。だが、これこそが合気の真骨頂である。
「お、おい、嘘だろ! チャイルドキラーのロリオがやられたぞ!」
「くそ! まさかロリオがやられるとは!」
全員が口々に驚きの声を上げた。ロリオがやられたことがよほど衝撃的だったらしい。それほどまでにロリオは強かったという事なのだろう。
だがタオスに掛かってはチャイルドキラーのロリオもかたなしである。
「くそ! この餓鬼が!」
すると二台の車から更にぞろぞろと黒服が降りてきて、手に拳銃やら散弾銃やら機関銃やら日本刀やら、チェンソーやらを持ってタオスを囲んだ。
その人数は二十名近い。
「調子に乗りすぎたな坊主。この武器は全て俺達のチートアイテム、プリントウェポンだが、その殺傷力は本物と変わらねぇ」
葉巻を咥えた偉そうな男が語る。中々厳つい顔をした男でどう見ても一般人ではない。
「そういう事だ、殺されたくなかったらおとなしくするんだな」
「殺す?」
一人の男の発言に、言下にタオスが反応を示した。
「それは言うことをきかなかったら僕を殺すってこと?」
「そういうことだ。俺達は相手が子供でも容赦しねぇ。殺されたくなかったら大人しく人質に――」
「殺すの意味を判っているの? 殺したら死んじゃうんだよ?」
だが、葉巻の男の発言には全く耳を貸さず、タオスが更に質問を重ねた。
「はぁ? んなの決まってるだろうが。殺したらお前は死ぬんだよ。なんだ? まさか神様が転生させてくれるとか馬鹿なこと考えてるんじゃないよな?」
「はっ、そんなのはラノベやアニメだけの話なんだぜ坊主」
「……そっか、殺したら死ぬのは知ってるんだね。それなら、殺す覚悟は本当にあるの?」
タオスの目つきが、変化した。
「……な、なんだこいつ? 頭おかしいのか?」
「チッ、覚悟ぐらいあるに決まってるだろうが! 俺達は泣く子も黙るブラックチー――」
「そうなんだ、じゃあ、殺される覚悟も――あるってことだよね?」
タオスがニッコリと微笑んだその瞬間、へ? と葉巻の男が短く発する。
その首がとんでもない勢いで捩じ切れていた。残された首の断面から鮮血が吹き上がる。
「な、ななっ、なんだ、と――」
男達が思わず悲鳴を上げかけるが、それよりもタオスの動きのほうが早い。
タオスの小さな手が、数人の胸を同時に貫き、心臓を尽く貫通した。
あまりの光景に、わけが分からず涙を流す黒服達の背骨を抜き、全身をずたずたに引き裂き、内臓を容赦なく破壊し――まさに瞬きしている間に、黒服達の戦意をごっそり削ぎ取った。
「……殺すってこういうことなんだよ? 判ったかなぁ?」
そして、その場で立ちすくみ、白目をむき、口から泡を吹き出している黒服達に、無邪気なタオスの声が届く。
尤も既に意識も刈り取られ、全く聞こえていないだろうが。
「――どうやら、私の出る幕ではなかったようですね」
「あ! お爺ちゃん!」
タオスは黒井 執治に気がつくと、嬉しそうに駆け寄った。
直前までプリントで作られた武器とはいえ、屈強な怪しい連中に囲まれていたというのに、しかもその連中を戦闘不能にまで追い込んだというのに、まるで何事もなかったかのようである。
「……それにしても、私の暗殺術特有の殺気、それに神薙流の合気を組み合わせて、瞬時に脳を揺らし幻覚を見せましたか」
「うん! 殺しは良くないことだからね。しっかり教えてあげたんだ~」
屈託のない笑顔でタオスが答えるが、並の親なら戦慄を覚えたかもしれない。だが、シツジは違う、彼は元々一流の暗殺者だ。そして彼の義理の息子、つまり娘である静の結婚相手は、この神薙家で師範も務める、神薙 投。
シツジが唯一暗殺できなかった神薙流合気柔術の最高師範、神薙 流の孫である。
その環境で育ってきたタオスであれば、これぐらいの芸当は出来て当然かも知れない。
何よりタオスに両方の意味で才能があったことは、シツジがよく知っている。
「うん、誰も殺してませんね。流石しっかりといいつけを守っていますね」
「へへへっ、当たり前だよ。殺すのは駄目な事だもんね」
「えぇ、そのとおり、タオス、よく出来ました」
シツジがその頭を撫でてあげると、タオスは随分と嬉しそうだ。
「さ、ここからは大人の時間ですよ。タオスは先に家に戻っていなさい」
「うん、判ったよお爺ちゃん」
タオスが駆けていく。その後姿を眺め、屋敷まで戻っていくのを認めると――気を失っている連中の側に行く。
そして、パンッ! と手を打った。その途端、倒れていた黒服共が目を覚ます。
「ん、は! あの糞餓鬼は!」
「……目覚めてそうそう随分と失礼な物言いですな」
真っ先に声を上げた黒服に顔を向け、シツジが言った。そんな彼を黒服共が睨めつけ。
「なんだ爺ィ? 俺らはテメェらに用なんて」
「いや、ちょっと待て! もしかしてこいつ――」
「黙れ――」
一言だった。たった一言シツジがそう告げただけで、まるで全身が凍りついたように一様に動きを止めた。
「……それにしても屋敷へ忍び込もうとしたり、放火を試みたりと、随分と稚拙な嫌がらせが多いとは思いましたが、よもや孫にまで手を出そうとは、少々ヤンチャが過ぎるようですな」
そういったシツジの瞳は、酷く冷たかったという――
プロローグはもう少し続きます。
骨折などの影響もあり執筆ペースが結構落ちてまして、ただこのままズルズルと先延ばしにしたくはないのでプロローグから公開。その間にも少しずつでも書き溜めを増やして行きたいです。出来るだけ早くに更新ペースを戻せるよう頑張ります。




