幕間⑧ エピローグ
「グォッ!?」
ブルーの手からこぼれ落ちたシギッサが地面に落ちる。
それを認めた幼女、そう、エルマールは右手を翳し更に叫んだ。
「静まるのじゃ怒りの精霊シモスよ! 我はエルフの長エルマールなり! 潔くブルーの精神を解放するのじゃ!」
すると、小さな呻き声を上げ、かと思えば怒りに満ちていた表情がだんだんと穏やかなものに変わっていき、筋肉も縮まり、肌の色も戻り――そして、すっかり元の姿に戻ったブルーが地面に横たわり、そのまま意識を失った。
「ふぅ、だからお主にはまだ早いといっておいたのじゃ。ま、今回は仕方ないとも言えるがのう」
「え、エルマール、良かった助けに来てくれたのね……」
「うちもおるで」
「あ! エルシャスも!」
姿を見せた二人のエルフに安堵するマリーンである。
そして、ブルーが気を失ったことを認めた後、エルマールは今度はシギッサへとその目を向けた。
「そ、その強さ、ま、まさか、あ、貴方がエルフの長?」
すると、シギッサがその幼女を目にし、信じられないといった顔を見せる。どうやら意外としぶといようで、まだ口をきく余裕程度はあったようだ。
とは言え、所見なら驚くのも無理はない。色々と理由があるとは言え、今の姿は幼女。
そして確かにエルフの長がこのような幼女とくれば驚く気持ちもわからなくもない。
「いかにも、妾がこの森のエルフを治める、エルフの長であるぞ」
「な、なんとそうでしたか! それはそれはありがとうございます!」
だが、エルマールが自らを長と名乗った途端。シギッサが低姿勢でお礼を言い始めた。
「妾は貴様にお礼を言われる筋合いなどないがのう」
だが、それに対して不機嫌そうにエルマールは返す。
「いえいえ、こうして僕を助けてくれたではありませんか! 全く、危なくそこの姉弟に殺されるところでしたが助かりました!」
「……ほう、殺されるところだったとお前は言うのかのう?」
「左様でございます。エルマール様はご存知ではなかったかもしれませんが、こいつらはウロボロスという地下組織の一員でして、事もあろうにこの森のエルフ達を奴隷として売り飛ばそうと考え、貴方様に近づいていたのです。それを察したギルドは密かにこの僕を調査員に任命し、色々調べていたのですが正体が知られたと判った途端、このありさまでして――」
「はぁ? ちょ、あんた何デタラメ言っているのよ!」
すると、マリーンが怒りに満ちた声で叫び上げる。みたところ、どうやら催眠の効果はもう切れているようだが……。
「……お前、そんな話を妾が信じると本気で思っているのかのう? 言うておくが、ここで起きた一部始終は妾はしっかり見ておったのじゃぞ?」
だが、エルマールのその回答に、マリーンは、へ? と目を丸くさせ、地面に膝を付け頭を下げていたシギッサの肩もビクリと震えた。
「その話を繰り返すとそうじゃのう、なんでも妾達を奴隷にして売り飛ばすと? 戦えなくても使いみちはあるなどと、そのような事を言っておったと思うたが、どうじゃ?」
そして――エルマールから問いかけ。いや、声はまだ穏やかだが、これは尋問に近いとも言えるか。
すると、クククッ、とシギッサが笑いだし。
「そうでしたか――だったら、もうごまかす必要はないね! さあ、僕の奴隷になれエルフの長!」
「あ! 駄目! 目を見ちゃ!」
シギッサが大きく目を見開き、これでもかと言わんばかりにエルマールの目を見た。
その視線は見事に重なり合い、マリーンが警告するが時既に遅しといったところであろうが。
「ブホォオオォオオォオオオ!」
だが、構うこと無くエルマールがその手に持ったグレイヴを一閃。刃の部分ではないとはいえ、流石戦闘民族のエルフの長といったところか。
例え幼女の姿であっても、シギッサを殴り倒す程度造作もない。
この所為によって、豚に似た悲鳴を上げたシギッサは、そのまま真横の森へと突っ込んでいき、着弾し、周囲の木々がなぎ倒され、地面が激しく爆散し土煙も上がった。
「全く、貴様のような屑のせいで、また後で森を修復せねばならぬではないか」
「あ、が、じょ、じょんな、どうし、て、僕の、強制催眠、が――」
エルマールのたった一撃で、ただでさえブルーにやられてボロボロだった上に、更に年季の入ったボロ雑巾のようになったシギッサが不可解といった表情を見せる。
「ふん、当たり前なのじゃ馬鹿者が。さっきあのブルーも催眠から逃れておったじゃろが。あれは怒りの精霊の恩恵なのじゃ。そして、そのやり方を教えたのは何を隠そう妾じゃ。その妾が、お前のような三下が扱う児戯の如く催眠術などに掛かるわけがなかろう」
「しょ、しょんな……」
シギッサが絶句する。そんな彼を見下ろしながら、エルマールはニヤリと残酷な笑みを浮かべ。
「さて、お主にはこれから聞きたいことがあるのじゃ。だから、集落には連れて行ってやろう。良かったのう、お望みどおり、エルフとご対面じゃ。尤も、お主にとって幸せなことかは別じゃがな」
「は、は? ど、どういう、意味、だ?」
「決まっておるじゃろ? ブルーの暴走を止めたおかげで命は助かったようじゃが、妾がそれをしたのは概ねマリーンと同じ理由なのじゃ。ブルーのことさえなければ、お主などどうなっても構わん。幸い、ナガレのおかげでこの森は事実上、我々エルフの領域じゃ。つまり、この森で何をしようが、我々の自由という事なのじゃ。さて、さんざん好き勝手言ってくれたようじゃし、集落でお主の身体に色々聞かせてもらうとするかのう」
「ヒッ、ヒッ……」
「ちなみにじゃ、身体にというても、性的な意味では当然ないぞ? 肉体的苦痛、精神的苦痛、その両方の意味でなのじゃ。まあ、愉しんでいけ」
「あ、ああぁ、嫌だ、そんなの、いや、え?」
エルマールの死刑宣告にも近い話を耳にし、怯えた表情を見せるシギッサ。
だが、その時だった、突如頭を押さえシギッサが苦しみだす。
「あ、ぐぅう、お、お許しを……」
「うん? おいお前! どうしたのじゃ!」
「ぜ、絶対に、貴方様の事は喋りませんか、ギャアアアアァアアアアァ!」
エルマールが声をかけるも、シギッサの頭蓋が、まるで中に暴走したスライムで詰まってるかのごとく跳ね回り、そして――断末魔の悲鳴だけを残し、シギッサの頭が爆散した。
粉々に散った骨や肉片、脳みそなどがあたりにばら撒かれる。
そして、当然だが首から上を失ったシギッサは、エルフの集落に連れて行かれること無く絶命した。
「ふむ、こうもあっさり始末されるとはのう。これは準幹部とはやはり名ばかりで、実際は三下とほぼ変わらない扱いだったと見るべきじゃろな」
「――ふぅ、散々好き勝手やってきたんだろうから、死んだのは自業自得だろうけど、こうも簡単に殺されるんだから哀れね」
催眠の解けたマリーンがシギッサの骸の近くまでやってきて見下ろしながら述べる。
その瞳には若干の哀れみが宿っていた。
「ほんでも、これで情報は集まらへんな」
いつの間にかエルマールの横に並んでいたエルシャスが相変わらずの独特な喋り方で残念そうに語る。
「そうね、判ったのはウロボロスってことだけだものね」
「ふむ、しかしウロボロスと聞いてものう、またウロボロスかといった思いのほうが強いのじゃ」
「え!? またってことはエルマール様はウロボロスについてご存知なのですか?」
「ふむ、とは言ってもじゃ。こいつのいた組織とは別じゃと思うがのう」
その回答に、マリーンは思案顔を見せるが。
「え~とな、実はウロボロスっちゅうのは、定期的によう現れるんよ。だから、エルマール様もこういう言い方をしているわけや」
「て、定期的に?」
「うむ、どうも悪の組織やら裏組織やら地下組織なんてものを始める連中はウロボロスという名前が好きなようなのじゃ。なんでもウロボロスという名前にすると組織が大きくなるというジンクスがあるらしいのじゃ」
「……なにそれ、そんなジンクス信じてしょっちゅうわけのわからない組織が生まれたんじゃ溜まったものじゃないわね」
「せやな~それにや、うちらからしたらそんないいことある名前ちゃうと思うねん」
「そうじゃな。何せウロボロスという名前の組織は確かにある程度は大きくなるがのう、大体途中で潰される運命なのじゃ。現れては消える運命なのじゃよ。何せ妾も何度かそのウロボロスを壊滅させておるのじゃ」
ふぁ!? と驚くマリーン。これは中々衝撃的な事実だ。
「エルフはよく貴族とかに狙わるんや。ほんでな、ウロボロスが関わってきたことも幾度かあったちゅうわけやねん」
「ま、その度に潰してやったのじゃ! 戦闘民族舐めるななのじゃ!」
改めて戦闘に特化したエルフの存在にポカーンとなるマリーンである。
とはいえ、そのまま固まってもいられないので、もう一旦そのことは忘れて、当初の予定通り集落に向かうこととする。
気絶しているブルーはマリーンが背負ってあげる事にした。小さな頃はよく背負った事もあったらしく、懐かしそうに眠ってるような顔のブルーを見やり微笑む。
「それにしても、ブルーのあれはなんなんですか?」
「うん? 精霊の事かのう?」
道すがらマリーンがエルマールに問うた。
「そうそう、精霊って、ブルーの年齢で使いこなせるものじゃないですよね?」
「うむ、自然霊であればそうじゃな。しかし、ブルーがつかったのは精神霊じゃ。結局精霊というのはどれだけ身近で接してきたかも使いこなす上で大事じゃからな。精神霊であれば、自分の側に常に寄り添っているようなものじゃから、素質さえあれば人でも使うことは可能なのじゃ」
「せ、精神霊? そんなのがあったんだ、知らなかった」
マリーンは驚きに目を丸くさせる。通常精霊というと火、水、土、風に代表される四精霊などが有名であるからだ。まさか精神の精霊がいるとは思いもよらなかったのだろう。
「言うても、結構身近で使われてる事もあるんよ。例えば狂戦士とされる人なんかは、知らず知らずの内に怒りの精霊から力を借りていたりするんや。ま、不慣れやと今日のブルーみたいに暴走したりするんやけどね」
「そ、そう考えると怖いわね」
「うむ、じゃから、怒りの精霊を扱うのは禁止にしておったのじゃがな。しかしブルーは本能の精霊などの直接的な精霊の方が得意なようじゃから、中々難しいところじゃ」
うんうんと頷きながらも眉をひそめるエルマールであり。
「せやかてエルマール様、その本能の精霊の練習をしていたからこそ、ブルーはマリーンの危機に気がついたんやで」
「ま、そうじゃがな」
だが、エルシャスの言葉に同意するエルマールでもある。
「い、色々あるのね。あ! でも、さっきの感じだとエルマール様も、とっくにシギッサについて気がついていたのですよね? それなのにひどいですよ!」
すると、ふと思い出したようにマリーンが声を上げる。少しだけ抗議するような態度を見せていた。
「む、むぅ、それはじゃな、多少やり方が荒かったとは思っておるが、ブルーの成長を見守るという意味が強かったのじゃ! 勿論、本当にピンチになっていたらすぐ駆けつける準備はしておったのじゃ!」
「……本当かしら。ま、結果的に助かったし、ブルーの成長も見れたからいいけど、でも、よくブルーにその精神の精霊を扱える力があると判りましたね?」
「う、うむ、それはその……」
マリーンはエルマールを責めるのは早々に止めたが、ブルーの力の事はやはり気になってるようだ。
「それは、ナガレ様のおかげや。ブルーの秘めた力に気がついていたのはエルマール様じゃなくてナガレ様やからな」
「な! す、すぐバラすななのじゃ! 妾の威厳が!」
そして、エルシャスにあっさりナガレの功績をバラされ、慌てだすエルマールである。
「ええやないですの。それにエルマール様、以前より威厳はないけど、今のほうがかわええし」
「いいわけないのじゃ!」
声を張り上げ腕をブンブン振り回すエルマールである。見た目幼女だけにこういった仕草は愛らしいが、威厳はまったくない。
「ふぅ、全く。でも、精霊って凄いのね。他にも何か変わった精霊とかいるのかしら?」
ふとマリーンが思いついた疑問を口にする。確かに他にも変わった精霊がいてもおかしくないが。
「……いるにはいるのじゃ」
「へぇ、どんなのですか?」
だが、その質問に対してエルマールは、なんとも微妙な面持ちで答えた。
「まあ、幸運の精霊言うのがいるんやけどな」
「え! 凄いじゃないですか! 幸運の精霊とか!」
そしてエレマールから引き継いで説明するエルシャスに、マリーンは興奮する。幸運やラッキーアイテムなど、女性は大好物なのだ。
「うむ、確かに凄いのじゃ。幸運の精霊に好かれるのはエルフでも先ずいないのじゃ。正直エルフでも視れる事すら稀なのじゃ。じゃがな……」
「どうかしたんですか?」
しかし、エルマールの歯切れがなんとも悪い。
「それがなぁ、よりによって、今幸運の精霊を肩に乗っけているのが近くにいるんよ」
「え! 凄いじゃないですか! 一体誰ですか?」
エルシャスがため息混じりに答える。するとマリーンはむしろ興奮している様子だが。
「……この雰囲気で、なんとなく察するのじゃ」
「――あ……」
だが、エルマールの言葉で、ようやくマリーンもある人物の顔が思い浮かんだようであり。
「その思い浮かんだ人物がきっとそれや……」
エルシャスの言葉が決め手となり、その後はなんとも微妙な空気の中、集落に向かうこととなった一行である。
そして――その途中、ふとマリーンは空を見上げ、そして遠く離れたあの人に思いを乗せた。
(――本当に、ありがとうね、ナガレ……)
幕間終了!これにて長かった第五章も終了です!
ほ、本当に長かった……正直想定以上でした。まさか第四章までの話数を超えてしまうとは……
というわけで、次回の更新からは第六章となりますが、す、少しお時間を頂ければと思います。
なるべく早く再開出来るよう頑張りたいとは思いますので!
そしてここまでお読み頂き本当にありがとうございます。感謝の気持ちで一杯です!




