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幕間⑦ 怒りしブルー

 なんとシギッサの正体は地下組織ウロボロスの準幹部であった。どうやら冒険者ギルドの受付というのはあくまで隠れ蓑の仮の顔だったらしい。


 そして、そんな事を得意げにべらべらと語るシギッサに向けてマリーンの反応は。


「は?」


 そんな一言と、ただただ呆れたような表情であった。


「ははっ、どうやら驚いているようだね」

「え、えぇ、確かに驚きね。そんな地下組織のことを自分から暴露するあんたの頭に」


 マリーン、中々に辛辣である。しかし確かに正体を得意げに語るシギッサは中々に痛々しい。


「ふん、準幹部のこの僕にそんな生意気な口がきけるなんて随分と余裕だね」

「そもそも、幹部じゃなくてなんで準なのこの人?」

 

 ふと、ブルーが素朴な疑問を誰にともなくぶつけた。確かにわざわざ準とつくあたりが微妙な空気を醸し出している。


「きっと馬鹿だからよ。大体本当の幹部だったらわざわざ自分から動かないでしょう? かといって三下扱いだとこういう馬鹿は自分が過小評価されてると勘違いするから、どっちつかずの責任があるようでそうでもない準幹部なんて微妙な立場につかされるのよ」

「シャラッーーーープ! お前たち、少しは自分の立場というものを理解することだね! それと僕は実力で評価されたんだ! 僕が現場に出てるのも強制催眠の力が奴隷を集める上で適任だからだ! 給金だって下っ端兵より多く貰ってる!」


 シギッサはムキになった。しかしムキになればなるほど、余裕の無さが露呈されていく。


「それにだ、今僕が君たちに組織の事をこうやって聞かせてあげているのも、どうせ君たちは助からないと知っているからさ。そんな連中に何を聞かせたところで全く問題がない!」

「いや、それだと僕がエルフの長に会わせると約束したところで、助ける気はないってことになるよね?」

「…………」


 シギッサは突然沈黙した。汗がだらだらと吹き出ている。


(そもそも強制催眠が使えるならもっと別な手があると思うけど、やっぱり馬鹿ねこいつ……)


 そして口には出さないが、マリーンはそんな事を考える。そう、その力があればこんなまどろっこしい事をしなくても、催眠で長に引き合わせるよう命じればいいだけなのである。


「ふふっ、あぁそうさ! その通りさ! はなっから助ける気なんてあるかよ馬鹿が!」

「くっ、開き直ったこいつ!」


 どうやらもうごまかしても仕方ないと思ったようだ。そういうところは意外といさぎが良い。


「ふん、だけど安心するんだね。別にお前たちを殺そうってわけじゃない。先輩は見目がいいからね。性奴隷として売り飛ばせば人気が出そうだし、弟は戦えるみたいだからコロシアム行きでも良いし、使えないようなら可愛い顔してるから男色家専用奴隷にするって手もある。どっちにしろお前たち姉弟の人生はここでおしまいさ」

「くっ、このゲス野郎……お前なんかに絶対長はあわせない。そうすれば、この森はエルフの領域だ、絶対に逃げられないぞ!」

 

 得々と姉弟の今後について語るシギッサに、怒りが収まらないといった様子のブルー。


 そして彼の言うとおり、この森は戦闘民族のエルフ達のテリトリー。入る時はマリーンの後をついてくることで、なんとかしたようだが、帰りはブルーまでもが出て来ている以上、そう簡単ではないだろう。


「絶対? ははっ、それはエルフに言うべきだね。僕の催眠からはエルフだって絶対に逃れられない。そうしたら戦闘エルフは奴隷として連れ帰って戦士として存分稼いでもらうさ。エルフのいいところは例え戦士として使えなかったとしても、牝としての価値が高いって事さ。老けるのも遅いというし本当に最高の雌豚だ! 肉奴隷としても十分に役立ってくれるだろうさ」


 だが、シギッサは勝算は我に有りと言った様子で語り、そしてゲスな笑い声を森に響かせる。


「お前、本当に最低だな……」

「裏組織の人間としては最高の褒め言葉でもあるね」

「最低どころじゃないわね。あんたみたいなゲスから食事に誘われていたことすら悍ましく感じるわ」

「ははっ、先輩強気~しょうがないな。だったらちょっとしたお仕置きに、今、君の、弟の前で、君達が最低といったこの僕が、直接汚してあげるとしようかな」


 ぺろりと唇を舐め、ゲス顔でそんなことを言い出すシギッサ。


 え? とマリーンの黒目が小刻みに揺れる。


「や、やめろ! お姉ちゃんに手を出すな!」

「そう言われてもね。そもそも僕、こういうシチュエーションがたまらなく好きなのさ。ふふっ、先輩を無理やり抱いている時、弟の君はどんな顔を見せるのかな? 考えるだけでゾクゾクするよ」


 そんな事を語りながら一歩一歩踏みしめるようにマリーンへと近づいていくシギッサ。

 やめろ! とブルーが声を張り上げるが、全くやめる気配がない。


「ははっ、助けたかったら自分の力でなんとかしてみなよ? まぁ、無理だろうけどね」

「い、いや、こないで、こないで!」


 近づくシギッサにマリーンが悲鳴を上げる。

 その様子を見ていたブルーは拳を震わせ、一言、ごめん、と呟いた。


「うん? なんだい、もう諦めたのかい? ま、どうしようもないだろうけど――」

「ごめんなさい、エルマール(・・・・・)、もう我慢できない!」

「――はっ、エルマール?」


 だが、謝っていたのがマリーンにではなく、違う誰かに対してだと気づき、怪訝な顔を見せるシギッサであり。


「――怒りの精霊シモスよ、我の願いを聞け、そして我が怒りを糧に、顕現せよ!」


 ブルーが叫ぶようにそれを口にしたその瞬間――周囲の空気が刃に変わった。

 正確には、それほどまでに殺気がいっきに膨れ上がった。


「な!?」


 思わず、シギッサが驚愕。マリーンまで後数歩で手が届くといった位置で、完全に動きを止めてしまう。


 だが、変化はそれだけにとどまらなかった。


「え? ぶ、ブルー、なの?」


 姉のマリーンですら信じられないと言った変化。ブルーの全身が、怒張し、激しくその身体が脈動し、その息も荒々しくなっていく。


 筋肉とは無縁だったはずのブルーの肉体が、突如膨張を始め、強烈な質量変化、肉体が倍ぐらいの大きさに肥大し、更に異様なほど高まった体温により、肌が灼けたように真っ赤に染まり、全身から湯気が立ち上り。


「ウゥゥウウゥウウ、ウゥウウウゥウウウ、ウウゥウウウゥウウララララララアアアアアアァ!」


 強烈な雄叫び。怒髪天を衝くが如く立ち姿。そして鬼神の如く形相となったブルーがシギッサを睨みつける。


 そして今、様相が一変したブルーが一歩を踏み込む。振動がマリーンと、そしてシギッサに伝わった。


 衝撃的な表情を見せるシギッサ。ワナワナと震え、何故だ! と叫ぶ。


「何故動ける! 僕の強制催眠は絶対だ! なのにどうし――」

「ウォオォオオオオオォオオオオオ!」

「ひ、ひっぃいい!」


 情けない声を上げ立ちすくむ。そんな彼へと、ブルーが近づいていく。


「あ、ありえない――くそ! だ、だったら今すぐ死ね! 僕の言うことを聞けないならその場で自害しろ! 舌を噛み切るなり喉を掻き切るなりして、すぐにでも死――」


 だが、ブルーはその動きを止めない。命令にも全く耳を貸さない。疾駆し、そして――その鋼鉄のごとく硬さに変化した拳でシギッサを殴りつける。


「ブギャッ!」


 顔面を踏み潰された豚のような鳴き声を上げ、シギッサがとんでもない放物線を描きながら飛んでいった。


 地面に頭から突っ込み、そのままズザザザザァ、と土面を滑った後、勢いに任せてゴロゴロと事がっていく。


「ひ、ひぃ、ひぃ、こ、殺され――」


 そして、情けない悲鳴を上げながら、シギッサが尻を向けて、這うように逃げ出し始めるが。


「ウォオォォオオォオオオオオオォオオ!」


 だが、そんなシギッサの真上から迫る影、それは怒りに支配されたブルーの姿。

 ギョッと目を見開くシギッサ目掛けて、再びその拳を振り下ろした。


「ギュヒッ! や、や、やめ、ご、ごめんなさい、ごめんな、ひ、ひいぃいい!」

 

 涙と鼻水でグシャグシャになった顔で必死に謝るシギッサ。だが、ブルーの怒りは収まらない。問答無用で鉄拳を何度も何度も振り下ろし続ける。


 変化し鉄のように硬くなった拳が振り下ろされる度に、シギッサの顔面は無様に変形していった。歯が折れ、鼻が潰れ、顔面が陥没していく。


 既に顔面は完全に崩壊したシギッサだが、ブルーは更にその首に手をかけ、シギッサを持ち上げ絞める両手に力を込めた。


「あ、ぎ、ぃ、いいぃ、ぎいぃい」


 呻き声を上げるシギッサ。それを見ていたマリーンが、

「駄目、ブルーそれ以上は!」

と叫び必死に訴える。


 このままでは殺してしまう、とそう思ったのかもしれない。正直シギッサが死のうが自業自得と言えるが、愛する弟に殺しをさせるのは憚る思いだったのだろう。


 だが、ブルーの姿や行為に変化はない。完全に怒りに飲まれてしまっている。


「そこまでなのじゃ!」


 だが、そこへ突如幼い声が響き渡る。小さな影が、怒りに支配されたブルーの頭上から迫り――そして手持ちのグレイヴの柄頭をその額に叩き込んだ。

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