第三三二話 アケチだけの世界?
「黙れーー! だったら! だったらこの三六本で十分だ!」
本来なら三〇〇本取り出す予定だった神器を窃盗と見なされ、ナガレの合気であっさりと返却されたアケチ。
窃盗罪を否認する被疑者であったが、周囲から窃盗だろ! と総ツッコミを受けた結果、やはり判決は有罪だった。
しかしそれを不服とし逆ギレするアケチ。遂に手にした神器とエクスカリバーによる二刀流と、空中に浮かぶ残り三五本の剣を巧みに操り、ナガレに斬りかかる。
「三六本ではなく、それだと三七本なのですけどねぇ」
「黙れ黙れ黙れ黙れーーーー! 貴様など、この三七本あれば十分だ! 切り刻んでやる!」
密かにしっかり修正しつつ、アケチが剣戟と剣戟を重ねていく。切り結ぶ度に火花が散り、鋼と鋼の重なり合う音が、小気味よいメロディーを奏でていくが。
「くっ! なんで、なんで僕が僕自身が操っている武器と戦っているんだ!」
アケチは憤りを隠しきれない。怪訝な表情で、何故かその刃はナガレではなく、己が用意した神器とぶつかり合う羽目に。
一体どういうことか? と疑問に思うところだが、なんてことはない。単純にナガレが自分に向けられた神器による攻撃を全て受け流し、それをアケチに向けて返した結果、今のような状況に落ち着いているだけだ。
しかし、アケチは彼自身が放った攻撃がほぼそのまま自分に返ってきてる上に、それに別の剣戟を重ねているため、まるで自分で自分の武器を攻撃しているような錯覚に陥っているのだろう。鏡越しの自分を相手しているような、奇妙な感覚に違いあるまい。
そして、その攻防が(全てアケチが勝手に自分の攻撃に対して行っているものだが)幾度と続いたその時――エクスカリバー以外の全ての武器に亀裂が生じ、かと思えばパリーン! という音を耳に残し粉々に砕け散った。
「な! 僕の神器が!」
その光景に一瞬絶句するアケチ。だが、すぐに憎々しげに散った武器を見下すようにして言い捨てる。
「チッ、これだから複製のまがい物は嫌なんだ!」
「……つまり、複製された神器だから、すぐに駄目になったと、貴方はそういいたいのですね?」
ナガレがアケチに目を向けつつ、そう問いかける。すると鼻を鳴らし、不快げに彼は答えた。
「ふん、実際そうだろう? エクスカリバーはこの通り無事なんだ」
「――なるほど、やはり貴方は全てにおいて独りよがりが過ぎるようですね。まさか、未だにそのような寝言を言うとは、一体サトルとの戦いで何を見ていたというのか、理解に苦しみます」
ナガレの発言は、つまるところ、サトルとの戦いにおいてもアケチの戦い方には拙い点が目立っていたという事に他ならない。
だが、当の本人であるアケチはそれを認めるどころか、随分と不快そうだ。
「この僕にサトルとの戦いで一体何を見ろと? 完璧な天才にしてこの世で一握りの才能あふれる者の中でも、常に圧倒的な差をつけてトップを走り続けるこの僕が、最底辺の中でも尤も低い位置に存在する虫けらごときから学ぶことなど、これっぽっちもありはしないのさ」
指で小ささを表現しつつそんなことを言い捨てるアケチに向けて、ナガレがやれやれと頭を振る。
「その考えを改めない限り、私と貴方の差は一生かかっても埋まりませんよ」
「埋まる? 何を勘違いしているのかな? この僕と君の間に差があるとしたら、この僕が圧倒的に有利という完璧な差だけさ」
「……あんた、この状況でよくそんなことが言えたわね――」
思わず半眼でピーチが発する。確かに今のところアケチが優位と思える点は欠片もない。
しかし、アケチはそんなピーチを一瞥し、その後ビッチェに視線を向け、ふっ、と鼻で笑った。
「僕の隣にふさわしいビッチェと比べたら雲泥の差だな。全く全てにおいて下品な牝だ」
「はあ! 何よそれ! あんたちょっとふざけんじゃないわよ!」
杖をブンブン振り回しながら文句を言うピーチだが、それに構うことなく再びアケチがナガレに向けてポーズを決め語りだす。
「ふっ、周りがどう思おうが関係ないのさ。僕にはまだまだ強力なスキルが――」
「気になっていたのですが、貴方はその妙な姿勢を取らないと、話を進められないのですか?」
いちいち斜に構えたり、髪をかき上げたりといった仕草を見せるアケチに、冷静な疑問をぶつけるナガレである。
「……とにかく、君はこれから絶望を味わうこととなる! さあ、これで全てを終わらせよう! パーフェクトワールドオンリーワン!」
しかしアケチはその疑問には答えず、新たなスキルを発動させた。
その瞬間――世界の時が凍てついた。
まさにアケチ以外の人々の表情は完全に固まっており、その動きも微動だにすることなく、完全に停止してしまっている。
周囲から音も消え去り、辺りがシーンと静まり返ってさえいた。
ふと、アケチは足下に落ちている床の破片を拾い上げ、それを天上に向けて投げた。
すると、しばらくして破片は空中で動きを止め、そのまま固まったように全く動かなくなる。
どうやら、スキル発動後の時の止まった世界においては、アケチだけが自由に動き回ることが可能であり、時への干渉も可能なようだ。
「ふふふっ、あっはっは! どうだ! 動けまい! 何も出来まい! そうだ! 当然だ! 何せ時が止まったのだからな!」
そしてアケチは勝ち誇ったように大声で笑いあげた。ちらりとナガレを見やるが、確かに全く動いた形跡がない。
「ははっ、素晴らしい! しかもこれは僕が使用したスキル! 魔法と違って魔力が消費することもない! 時を止めるのも戻すのも、僕の胸三寸で決まる! 素晴らしいスキルだ!」
更に大きな声で己のスキルを誇示して見せた。尤も時が止まった世界では本来誰の耳にも届くことはないのだが、しかしそれでも言わずにはいられないのがこのアケチという男だ。
「ふふっ、さてどうしてくれよう。ただ殺してもつまらん。何せ僕をここまでコケにしてくれたんだ」
アケチは一旦剣を鞘に収め、ナガレの目の前まで近づくと、しげしげとその姿を眺めつつ思考を巡らせた。その顔からは、もう勝利は間違いないといった確信の感情がありありと浮き出ていた。
「うん! そうだ、このいけ好かない顔に僕が直接いたずら書きをしてあげよう。末代までの恥になるようないたずら書きを! そして惨めに死んでいくのさ! どうだい? どう思う? どう思うかな? て、動けないか! あはははは!」
そして、ぽんっと拳を打ち付け、いいことを思いついたと唇を歪ませた後、再び大声で笑い上げる。
「……ふぅ、でも、ノー! その選択肢はノーだ! 何せ完璧なこの僕のいたずら書きだ。この僕がそれをしてしまえば、たかがいたずらがき、されどいたずらがき! そう! 僕という完璧なアケチが! マサヨシが! いたずらがきなどしてしまえば、ゴッホも、ダヴィンチも、裸足で逃げ出すか泣いて土下座してしまう出来になってしまう。つまり、結果的にこの男の芸術的価値を上げてしまう。それは良くない、うん、これは却下だね」
ひとしきり笑い、アケチは一旦落ち着くと、突如否を唱え、妙な自画自賛を始めた。
そして再び悩み始める。
「う~ん、だったらどうしようか……そうだ! 頭から、僕のお小水を浴びせるのはどうだろう? これは屈辱的だ! いいねぇ! 凄くいい!」
かと思えば、今度は鼻歌交じりにズボンに手をかけるが――
「……いや、待てよ? 駄目だ! 駄目だ駄目だ駄目だ! 何せ完璧なこの僕の黄金水だ。その価値は地球でいえば一ミリリットルあたり一兆円は下らないだろう。何せ本物の純金より遥かに高級なのがこの僕の黄金水だ! そんなものを掛けては、やはりこの男の価値を引き上げる死に化粧になってしまう!」
両手で頭を抱えあげ、自分の価値を勝手に決め始める。時が止まっているからまだいいが、そうでなければ正直勇者とは程遠い何かにしか見えないことだろう。
「……ふぅ、困ったものだ。これこそ、完璧ゆえの完璧過ぎる悩みというものか。あまりに完璧すぎるといたずらがきですらも人間国宝も真っ青な芸術的価値がつき、黄金水ですらも天文学的な値が付いてしまう。相手を貶めるつもりが逆に引き立ててしまうのだからね、困ったものだよ」
そして肩を竦めて再び格好をつけ、下手なナルシストなど裸足で逃げ出しそうな発言を行った。この自意識過剰という点だけみるならば、確かにアケチは完璧と言えるだろう。
「……仕方がない。僕に感謝するんだねナガレ。ここはやはり、あっさりと斬首で決めてあげるよ。さあこれで、終わりだ!」
アケチは大きくため息を吐き出すと、遂に決心がついたのか、再び聖剣エクスカリバーを鞘から抜き、ナガレの首に向けて――一閃!
「……やれやれ、一人漫談はようやく終わったようですね」
「な!?」
だが、刃がナガレの首を捉えようとしたその瞬間、ナガレの唇が動き、かと思えば驚愕するアケチの身体が何かに躓いたがごとく大きく跳ね上がり、数歩分ほど空中を回転した後地面に落下した。
そしてナガレはアケチに身体を向け、
「ところで、これが貴方の奥の手ですか? 一度ビッチェにも使われていたようですが」
と問いかけた。
そう、このアケチ、実はビッチェの攻撃を避ける時にこれを使用している。あの時は攻撃を避けてすぐにスキルを解いていたようだが、それでもナガレにははっきりと認識できていたのである。
「ば! 馬鹿な!」
すると、蹶然し、アケチが驚愕の声を上げた。
「こんな馬鹿な! 時が止まったのだぞ! 世界の時が止まったんだ! 僕以外の、時が! なのになぜ貴様は動ける!」
「時は本来動いているのが当たり前です。ですから止まっているという現象を受け流せば、当然動きます」
「……は?」
アケチはもはや意味がわからないといった表情である――




