第二九四話 生死の行方
「ねぇナガレ、このままいくと、その古代迷宮に辿り着くの?」
道なき道を突き進むナガレ一行。野を越え山を超え川を超え、ナガレを先頭にひた走る(ナガレは相変わらずの徒歩だが)が、そこでピーチが何の気なしに尋ねた。
「いえ、その前に一箇所よるところがあります」
「寄るところですか?」
フレムの背中に乗っているローザが小首をかしげながら尋ねる。
一体この状況で、他に寄るようなところがあるのかと誰もが疑問に思う点であろうが。
「先ほど彼の前でも話したように、助かる命ならば助けておきたいですからね」
その発言にきょとんっとした顔を見せた一行であったが、とにかくナガレに合わせて移動を続ける。
それから間もなくして、そろそろですね、とナガレが動きを緩めた。
それは鬱蒼と茂る森の中。地図で言えば目的地である英雄の城塁から、かなり東にずれた位置に当たる場所のようだ。
「一体、こんな場所に何が?」
ナガレの背中にピーチの疑問がもたれ掛かる。ナガレは、こちらのようですね、と口にしそのまま森の中を突き進み――いました、とその場で足を止めた。
「え? 女の子?」
すると、ピーチもナガレの足元に倒れている少女を見つけ声を上げる。
それはメガネを掛け三つ編みをしたどこか素朴な雰囲気を感じさせる女の子であった。
「……でもナガレ、彼女、どうみても死んでる」
「胸に穴が、確かにこれでは……」
しかし、そんな少女を眺めながらくだされた診断は一見残酷なものだ。
だが、ビッチェやローザが言うように、少女の胸は深く抉られており、どうみても刺し傷は心臓にまで達している。
これでは助かる助からない以前の問題として即死であろう。
「そもそも先生、この子は一体だれなんですか? 先生のお知り合いですか?」
フレムが問いかけてくる。確かにそこは肝心なところでもあるだろう。
「私自身目にするのは初めてですが、しかし彼女の名前は皆さんも知っていると思いますよ。この子は先程、あの彼の話で出てきていたアイカという少女です」
え! と全員が何かしらの驚きの反応を見せる。
「……つまり、この子がサトルの手に掛かったと言う?」
「はい、尤もそれもちょっとした行き違いによるものですが――」
「で、でもよく見ると結構可愛い子なのに、残念すぎるね……」
カイルが耳と眉を落として悲しそうな顔を見せる。確かに彼の言うとおり、一見地味な子であるが、顔立ちは整っており、身だしなみを整えてドレスなどを着れば、下手な貴族などは霞むほどの輝きを放ちそうである。
「大丈夫ですよ。先程も言ったように彼女はまだ命を失ってはいません」
「え!? で、でもどうみても……」
ナガレの発言に驚きを隠せないピーチ。そして改めて彼女の姿を見て、脈を取り、心音も確かめてみるが、やっぱり、と首を振った。
「脈も心臓も止まってるよぉ、ナガレぇ」
眉を落とし悲しそうに訴える。すると、ナガレも、そうですね、と頷きつづ。
「確かに今はまだ仮死状態ですから、それも仕方ないといえますね」
「え! 菓子状態!? お菓子になってしまうの!」
「……驚きの間違い」
ピーチの天然さにビッチェも目を細めるが、とりあえず聞き流されフレムがナガレに尋ねる。
「と、ということは先生、これは死んでいるのとはまた別という事ですか?」
驚きを見せる皆に向けてナガレは頷き、説明する。
「これは彼女の持つアビリティ、仮死蘇生の効果ですね。この能力は、致命傷とも言える傷を負った際に、自動的に仮死状態とし、対象を死の運命から逃そうとします。この状態になると、見た目には死んでいるようにしか見えなくなりますが、この間もゆっくりと蘇生を図っているのですよ」
ナガレの説明に、そんな能力が、と驚きを隠せないピーチである。
「でも先生、その能力の事はバレなかったんでしょうかね?」
「はい、彼女の能力はあのアクドルクと一緒で、隠された能力ですから、鑑定などでも知ることは出来ません。それが幸いしたのですね」
「か、隠しスキルや隠しアビリティというものですね」
その問いにナガレが頷いて答える。この世界には、能力を得た本人以外に知ることの出来ない隠された力が宿る場合がある。それはナガレによって証明済みである。
そして、同時にナガレであれば、それらの能力も看破出来る。壱を知り満を知るナガレに見破れないことなどないのだ。
「……それにしても運がいい。よく魔物や獣に荒らされなかった」
「それも、この能力の長所ですね。仮死蘇生が発動中はそういった物の対象にされにくいのですよ」
ナガレの発言に、なるほど、と得心を示すビッチェである。
尤もあくまでされにくいなので絶対ではなく、サトルの件にしても念のためと更にトドメの一撃を貰ったりしていれば危険だったとも言える。
ただ、見ての通り心臓を狙っての的確な一撃であった為、サトルもまさかその状態でまだ生きているとは思わなかったのだろう。
そういった意味合いでも、運が良かったというのは確かである。
「でも、だとしてこの状態からどのぐらいで回復するのかしら?」
「そうですね、このアビリティの欠点は蘇生までの時間が長いという事です。ただ、今申し上げたように、仮死状態ですので、魔法などで手助けしてあげればそれも早まります」
「わ、わかりました! それであれば私が――」
そう、回復魔法と言えばまさに聖魔法の使い手であるローザの出番なのである。
なので倒れているアイカの側で膝をつき、彼女は魔法による治療を試みる。
「あ! 本当です! 流石ナガレ様、確かに彼女の魂はまだ死んではおりません、必死に生きようとしているのが感じられます」
ローザが嬉々とした表情でそう訴える。そして、詠唱を行いアイカに向けて回復を施す。
「ど、どう?」
「あ、はい。確かに魔法の効果は出ていると思います。ただ、やはり傷は深いので蘇生を待つよりは早いとは思いますが、それでも一、二時間ほどお時間が……」
「……結構掛かる」
「まあ、死にそうな状態から回復するんだから、一、二時間ですむなら御の字だと思うけど、今の状況で考えたら流石に待てないぞ」
ローザの話を聞いたビッチェとフレムが気持ちを述べる。
確かに今はそこまでのんびりしていられる雰囲気ではない。
「それでは、ここは私におまかせください。ナガレ様と皆様は、迷宮へお急ぎを」
「でもな、ローザを一人にさせるってわけにもいかないだろ?」
「それなら、おいらも一緒に残るよ」
心配そうに眉を寄せるフレムであったが、そこでカイルが名乗りを上げた。
「このあたりの魔物はそこまで強力なのもいない気がするし、それにおいらの足じゃ皆の後をついていくのもやっとだしね。だから、ここは任せてよ」
「カイル、でも大丈夫か?」
「大丈夫だって。おいらの弓の腕を信じてよ。それでいいかなナガレっち?」
「そうですね――」
ナガレは顎を押さえ一考し、
「確かにここは先を急いたほうがいいでしょう。なのでローザとカイルにおまかせしても?」
と確認する。
「はい! この子の回復は必ず私がしてみせます!」
「うん、ローザの事はしっかりおいらが守るよ!」
ふたりの決意を聞き届け、ナガレはフレム、ピーチ、ビッチェと共に先を急ぐ事を決める。
「それではあとのことは頼みます」
「カイル、しっかりローザを護衛しろよ」
「うん、任せてよ」
「ローザも気をつけてね」
「……魔物よりカイルに気をつける」
「酷い!?」
「あはは、どっちにも気をつけます。特に彼女が目覚めてから」
「ローザまで!」
そんなやり取りの後に、ふたりにアイカを任せ、ナガレ達はその場を後にした。
そんな彼らの姿を見送りながら、おいらにももっと力があればね、とカイルが呟く。
「カイル何か言った?」
「あはは、なんでもないよ~、それより早く回復魔法を施して、眠り姫を目覚めさせてあげないとね!」
そして、ローザはアイカに向けて必死に聖魔法を解こし、それを見守りながら護衛に集中するカイルであった――




