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第二二四話 その名前はアン

「……それにしてもナガレ流石、オルトロスがこんな風に倒されるなんて――」

 

 ビッチェがバターのようになっている魔獣をみやり、そんな感想を述べた。ついでに言えばしっかり素材が分離されて積み重なっているのにも驚いているようであるが。


「……何か美味しそうね」

「食べられる部位は別にしてますから、そっちは美味しくはないと思いますよ」


 指を咥えながら今にも食いつきそうな目つきで見やるピーチに、ナガレが注意する。まさかそのまま試食に入らないと思うが念のためだ。


「ですが、あれだけのヘルハウンドを一掃した皆さんは勿論の事、マンティコアを苦もなく倒したビッチェも大したものだと思いますよ」

「……でも、ナガレみたいな倒し方は到底出来ない」

「そりゃ当然だろ、先生の戦い方なんていくらSランクでも真似は出来ねぇよ」

「Sランクだって、凄いよねナリヤお姉ちゃん!」

「ですが、確かにそのランクであればマンティコアを倒せたのも納得です。勿論オルトロスを倒したナガレ様も凄いですが」

「納得とか凄いとか、そういう次元の話でも無い気がするんだけど……」


 どこか呆れた目つきを見せるローズである。ナガレにしろビッチェにしろ、このレベルのふたりをあっさり受け入れてる状況が怖くもあるといった様相だ。


「……オルトロスといえばマンティコアと同格、賢さという点では魔法も使えるマンティコア、でもオルトロスは単純な攻撃力が強く地上戦ではマンティコアでも負けるほど。それをこうもあっさり、やはりナガレは私が惚れただけある、何なら今すぐ抱いてほしい」

「ははっ、冗談が上手いですね」

「……むぅ」

「て、ちょ! ビッチェてばドサクサに紛れて何言ってるのよ!」


 唇を尖らせて拗ねた態度を取るビッチェに、直ぐ様ピーチが駆け寄り抗議の声を上げた。

 ちなみに今ビッチェはナガレ限定に自らの色香(フェロモン)を全開放したのだが、さっぱり効いていなかった。こんなことは当然ビッチェにとって初めてのことである上、そもそも全開にすること自体が初めてだったわけだが。


「それにしても、ピーチのとっさの機転は良かったですね。あれだけの魔物と魔獣を一掃できたのは見事でした」

「え? そ、そうかな、えへへ~」


 頭を擦りながらテレテレのピーチである。するとフレムも、俺は俺はどうでしたか! と問いかけてくる。


「フレムも動きも技も以前とは比べ物にならないほどに磨かれてますね。日々の鍛錬の賜物でしょう。後は――」

「ちょ、ちょっと待て! ナガレ、何か普通に見ていたかのように話しているが、お前はここでオルトロスとやらと戦っていたのだろう?」

「はい」

「はいじゃない! おかしいだろう! だったらなんでマンティコアの事と言い、あの場にいなかったお前が判るのだ!?」


 ローズが指をナガレに向けて突きつけながら吠えた。あまりにも普通に話していたので見逃しそうになるが、確かにナガレを知らないものであれば不思議に思っても仕方ないだろう。


「それは、なんとなくわかるもので」

「……はい?」

「そうね、そんなことでいちいち疑問に思うなんておかしいわよ」

「そうだぞローズ、先生なら当然だ」

「確かに、なんとなくそう言われると納得出来ますね」

「私を塩漬けしたナガレだもの、なんでもありだよ~」

「……むしろナガレならそれぐらい出来るのが当たり前、愚問」

「…………」


 ローズは頭を抱えた。もしかして自分が間違っているのか? と懊悩し、理不尽な状況に身悶えている。


 だが、これこそがナガレがナガレたる所以なのである。きっといずれ彼女もナガレという概念を受け入れられるようになることだろう。


「あの、ナガレ様、それに皆様もお疲れ様です。子供たちの治療は終わりました。皆様ももし怪我をされていたら」


 するとローザが会話の中に混じり、治療の報告をしてくれた。

 そして他の皆の怪我も確認するが、ピーチが笑顔でローザを迎え声を上げた。


「あ、ローザお疲れ様! でも私たちは大丈夫よ。そんな大した怪我してないし」

「俺も大丈夫だぜ。それより子供たちは大丈夫だったのか?」

「はい、幸い馬車から振り下ろされた時のかすり傷程度で、それも魔法で治したましたので」

「そうですか、大した怪我もなくて良かったです」

「死んだのは碌でもなさそうな連中ばかりみたいだしね~」


 どうやらピーチ達にはこれといった怪我はなさそうだ。ナガレに関しては聞くまでもない。


「あ、あの! 先程は助けていただいてこんな美味しいキャンディーまでありがとうございます! お姉さんも回復魔法を掛けてくれて本当にありがとうございました!」


 すると、ローザによる処置を受け終えた子供たちが並び立ち、改めてナガレとローザにお礼を言ってきた。そして、先程疑ったことも謝罪してきたが。


「この状況ですからそれは仕方がありません。むしろあれぐらい慎重であってしかるべきでしょう。ですから気になさらず」


 ナガレにそう言われ笑顔を覗かせる子供たちである。少し前まで不安一杯といった様子であったが、ナガレの飴の効果でその気持ちも氷解していったようだ。


「……ところでナガレ、そもそもこの子達は?」


 するとビッチェがナガレへと助けた子供たちの素性について問いかけてきた。

 そして当の子供たちは前に出てきたビッチェをぽ~っとした目で見つめていた。皆のために必死に囮を努めた犬耳少女などは思わず、綺麗――と呟いてしまったほどだ。


「……ありがとう、貴方お名前は?」

「え、あ、はい! 私アンともうします! す、素性はその……」


 犬耳をピコピコ揺らしつつ、頬を紅くさせて答えるアンである。

 ただ、素性については言葉を濁らせた。


「大丈夫ですよアン。本来この王国では奴隷は禁止されていますから、あの商人たちも亡き今、もう心配しなくても大丈夫です」

「……奴隷、そうか、それじゃあ彼女たちは闇商人の――」

 

 ナガレの話を聞いてビッチェも彼女たちの素性を察したようだ。

 そして全員が獣人であることと照らし合わせて一考する。


「……馬車の来た方向で言えば、帝国から密かに奴隷として連れてこられたというところ――」

「流石ですね。それで間違いないでしょう。ただ幸いなことにそういった道具などは付けさせられていないようです。王国で見つかった時に誤魔化せるようにと直前まで付けなかったのでしょう」

 

 ナガレの言っているのは隷属の首輪のことである。帝国などでは普通に使われたりするが、王国ではそもそも首輪を嵌めることが禁止されている為、引き渡す直前までは付けていなかったというところか。


「あ、あの、ところで私たちはどうなってしまうのでしょう?」

  

 すると、冷静になり、そしてこれから先の事を考える余裕が出来たようだが、その途端自分たちの今後について不安になったのか子供たちが尋ねてきた。


「安心してください。皆さんの身の安全は保証いたしますよ。一時的に保護される形となると思いますが、お友達のペルシア嬢も王国で暮らしていますしね」

「えええぇえぇえぇえぇええ!?」


 アンが目を白黒させて驚きの声を上げた。するとそれを聞いていたピーチも、あ! と声を上げ。


「そうか! 何か聞き覚えあると思ったら、ペルシアちゃんの言っていた帝国でのお友達!」

「これは、僥倖ですね。まさかこんな形で出会えるとは」

「う~ん、ルルーシ様も探していた女の子だね!」

「流石先生だ! こんなにも早く探していた相手を見つけてしまうなんて!」


 安堵の空気が周囲に流れるが、ただアンはまだどこか戸惑っている様子。

 そしてナガレに詰め寄るように前に出てきて、あの、あの! と声を上げ。


「それでペルシアは、ペルシアは無事なんですか!?」


 真剣な目つきで訊いてくる。ペルシアの言っていたように、お互い大事に思い合っている仲なのは間違いなさそうだ。


「大丈夫ですよ、ペルシア様は、孤児院に引き取られて他の子供たちと仲良くやっております」

「院長も凄くいい人なんだよ~」


 するとそれにはナリヤとナリアが答えた。ナリアは守護霊なのでしっかり背後から見ていたのだろう。


「まあ、幼女趣味の変態マサルのせいで、ちょっと危なかったこともあったけどね」

「そのマサルも先生が見事倒したけどな!」

「え? え? こ、孤児院? マサル? へ?」


 しかし、続いて一気に周囲から情報を発せられ、あたふたするアンであった――

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