第一四二話 マリーンのお願い
ハンマの街に戻ったナガレ達はその脚で預かり所に向かった。
預かり所は商人ギルドのすぐとなりに存在した。やはりこういった施設を利用するのは必然的に商人が多くなるため、商人ギルドの建物に隣接されているのは当然とも言えるだろう。
外観的にはこの世界の貨幣の束がデザインされた看板を掲げた小規模な銀行といったイメージだ。
商人ギルドの建物に比べればこぢんまりとしていて箱型の造りである。
そんな預かり所では冒険者であることを証明するタグを見せることであっさり加入手続きを済ませる事が出来た。
ちなみに本来なら加入と同時に最低でも一万ジェリーを預ける必要があるのだが――せっかくだからとナガレはここで魔法の袋に入れておいた貨幣の内、必要な分だけを残し五億ジェリー程を預けることにした。
これには担当した受付も相当驚いた様子であり、奥からわざわざ支店長(預かり所はそれぞれの街に支店が置かれている形なようだ)が出てきて丁重な挨拶を受けた程だ。
尤も加入者のナガレの名前を見てすぐに納得してくれた。ハンマの街では既にナガレの名前を知らぬものはいないほどその活躍が広まっている。
「流石先生だ! なんとも豪気な預け方ですね! 一度にあんな目玉の飛び出そうな金額を預けるなんて中々出来ることじゃありませんよ!」
フレムがナガレを尊敬の眼差しで見ていた。尤もフレムはナガレが朝食を摂るだけでも尊敬の眼差しを向けるが。
「ナガレ様の稼ぎは冒険者としてはあまりにとてつもないものですからね……Sランクでもこれだけ稼ぐのにどれだけの期間が必要か……」
「それをナガレっちは一年も経たずに手にしちゃうんだから凄いよね~」
「本当よね。五億って串焼きだと何本買えるのかしら――」
この世界の貨幣は材質が革ということを除けばナガレのいた世界と同じ紙幣に近い。それが五億分預かり所のカウンターに乗せられたのだからその光景たるや壮観の一言であり、四人が驚くのも当然と言えるだろう。
とは言え――五億ジェリーを串焼きで換算しようとするピーチはやはり食い意地が張ってると言えようか。尤もそこが彼女の可愛らしいところでもあるのだが。
「でもナガレ、そんなに預けて大丈夫なの? 護衛も結構な距離を移動するみたいだけど……」
「大丈夫ですよピーチ。必要な分は十分残してますので」
五億ジェリー預けてもナガレの袋の中には日本円で換算して数億以上のお金が残っている。正直これだけ持ち歩いておけば滅多なことでは困ることはないだろう。
「それではこれが預り証書となります。無くしてしまうとその際に不正にお金を下ろされたとしても責任はお客様に発生致します。それに再発行する場合は一〇〇〇ジェリー掛かりますし、他の街の預かり所だと再発行までにかなりの時間が掛ることとなるのでご注意ください」
預り証書は簡易的な通帳みたいなものだ。羊皮紙に預けた分の額面が記載されており、これがあれば他の街の預かり所でもお金を預けたり引き出したりすることが出来る。
預り証には特殊なインクで刻印がされていた。これによって偽物か本物かが判別出来るようになっており、預金や出金毎に受付が金額を書き換えて返却される形だ。
ただ、この場合当然だが肝心のスチールからの使用料が預かり所に支払われた分はすぐには反映されない。
ハンマの街で整合するにはそれほど手間は掛からないが、他の街でそれをするには一度ハンマの街で確認を取って貰う必要がある為だ。
勿論この場合は飛脚を介してのやり取りになるのでそれ相応の時間が掛かってしまう。
この辺りはナガレのいた世界とはやはり異なり、若干不便なところもあるか。とは言えナガレとしてはスチールからの支払い分が直ぐに必要になることはないため問題はないが。
『ありがとうございました!』
預かり証書も受け取り店を出るナガレ達であったが、帰りには支店長を含め使用人全員が居並び見送ってくれた。
ナガレはすっかり上客扱いである。尤もナガレだけでなく他の面々も預かり所に加入したことも大きかったかもしれない。
ナガレ程ではないにしても皆それなりの金額を預けている。
そしてナガレ達は預かり所を出た後、次は冒険者ギルドへと向かった。
そろそろ護衛依頼の依頼書が出来ていることだろうと思ったからである。
「お姉ちゃん早く僕が手伝える冒険者を紹介してよ!」
「判ってるわよ。もう少しおとなしく待っていたらちゃんと手配するから」
「そんなこと言ってもう三日経ってるじゃん! 僕の誕生日はもうとっくに過ぎたんだよ!」
ギルドにつくなり、全員の目に飛び込んできたのは、なにやら口論を繰り広げるマリーンとその弟のブルーの姿だった。
「ブルーじゃない。晩餐会以来ねお久しぶりー」
「あ! 胸の大きなお姉ちゃん!」
「ピーチよ! なんで胸で判断するのよ!」
その場にいた冒険者達の視線がぷるんっと揺れるピーチの胸元に向けられた。
多くの冒険者が納得したような目で頷き、一部の女性冒険者からは嫉妬の炎が溢れ出していた。
そしてローザも思わず自分の胸に手を当て唸る。
「あ! ローザさんは、そ、そのぐらいが丁度いいというか、その――」
「いや、あんた何言ってんのよ」
マリーンがため息混じりに口にし、ポカリと軽くブルーの頭を小突いた。
ぐむぅ、と姉を睨めつけるブルーであるが、一旦マリーンはブルーとの会話を中断し、ナガレに声をかける。
「ナガレも戻ってきたのね。その様子だとエルフの方は?」
「ええ、エルフとオーク達が頑張ってくれてますからね。それにスチールとベアールも協力してくれる事にもなりましたので、取り敢えず私たちは一旦お役御免といったところです」
「そう。でも流石ね、こんな短期間でそこまでの形を作っちゃうなんて」
「当然! 先生に掛かればこの辺一体を畑に変えることだって瞬きしてる間に出来てしまうぜ!」
何故かフレムが誇るように語るが、それが全く冗談に思えないのがナガレの凄いところである。
「ナガレなら本当に出来ちゃいそうね……あ、それはそうとして来ているわよ指名依頼。本当凄いわよね。領主様から直々にだなんて」
そう言ってマリーンはカウンターから人数分の依頼書を取り出した。
そして、もう概要は知ってると思うけど、と前置きしたうえで護衛依頼についての説明をし、そしてナガレ達は依頼書にサインをして予定通り護衛依頼を請け負う事とする。
「でも……やっぱり領主様の護衛依頼となると緊張しますね」
「そうだね~確かに何度か護衛の依頼は請けたこともあるけど、商人のことが多いし他の領地をまたぐなんてこともなかったものね」
「当然といえば当然ね。Bランクの依頼としてみれば異例中の異例だし」
マリーンによると、どうやら通常であればエルガのように高位の立場にある貴族の護衛を請け負う場合、最低でもAランク5級以上、その中には3級以上の実力者が含まれているぐらいのパーティーが望ましいとされているようだ。
とは言え、ナガレに関して言えば実力でいえば既にSランクを優に超えていると見られており、仲間であるピーチやフレム、ローザ、カイルもAランクに遜色ない働きを見せることが可能と判断されているわけだが。
「ナガレは色々あるみたいで昇格まではもう少し待ってもらう必要があるみたいだけど、他の皆はこの護衛依頼の内容で昇格が決まってくると思うわ。とはいっても余程のヘマでもしないかぎりAランク昇格の機会は間違いなく与えられると思うけどね」
「へへっ、そうなるといっちょ張り切らなきゃなって気になるよな。先生俺は頑張りますよ!」
「ええ、そうですね。特にピーチはリーダーですから宜しくお願いしますよ」
「う、うぅ、ナガレってば思い出しちゃったじゃない」
ナガレに言われピーチが弱ったような顔を見せた。とは言え今更後には引けないだろう。
「お姉ちゃん! そっちの話もいいけど僕の件は?」
ふと、拗ねたような声でブルーが声を上げた。それに、ふぅ~、と息を吐き出すマリーンであったが――
「あ! そういえばナガレは護衛開始までの期間、他になにか予定はあるのかしら?」
「私ですか? そうですね。今のところは急ぎの予定というものはないですね」
ナガレがそう答えると、マリーンがそれなら! と何かを思いついたような顔を見せ。
「一つお願いしてもいいかな? このブルーのことなんだけど――ナガレ達のお手伝いをさせて上げて欲しいんだけど……」
ブルーの髪をくしゃくしゃっとさせながらそんなことを頼んでくるのであった――