第一四三話 完璧な勇者~飛竜の渓谷~
帝国、つまりサトル側のアケチの話です。
アケチが帝都を離れ、古代の四大迷宮の一つとされる英雄の城塁に向けて旅をはじめてから四日が過ぎていた。
古代迷宮までは迷宮攻略隊全員が馬車や馬を利用した状態で、大体一〇日程度掛かる計算だ。
尤もこれは一緒にぞろぞろと付いてきている帝国騎士と、メンバーに加わっているマイやアイカ、メグミのこと考慮しているからでもある。
少なくともアケチと陸海空の三人であれば急げばもう少し早く到着することも可能だが、アケチからしてもそこまで急ぐ旅でもない。別に迷宮は逃げ出さないからだ。
四大迷宮と呼ばれる古代迷宮はただでさえ難易度が高い。これまでも何度となく帝国が調査隊を派遣したが、戻ってこれたものはほぼいない。
命からがら逃げるように帰ってきたものも瀕死の重傷で、例え助かったとしても日常生活すらまともに送ることが困難なような状態になるという。
尤もそういった兵や騎士は、攻略も出来ず逃げ帰った臆病者として帝国によって処分されてもいるわけだが。
勿論帝国からの調査隊だけではなく、冒険者が探索に行く場合もあったが、結果は似たようなものである。
尤も――この情報はアケチとサメジ、それと帝国騎士だけが知っていることであり、他のメンバーには一切教えていないが。
「それにしても流石に馬車に揺られ続けるのもだるくなってきたぜ。全く俺っちの腰が悲鳴を上げてるよ」
「ま、俺はマイと一緒に旅が出来て文句はないけどな」
「……」
陸海空の乗る馬車にはマイとアイカも同席していた。アケチに関しては別の馬車でメグミや他の騎士と一緒である。
そして先程からシシオは一人マイに向かってべらべらと語り続けているが、肝心の彼女は相槌を打ったり気のない返事をするばかりである。
アイカに関しては途中カラスが太ももを触ったりと節操がなかったが、マイがその度に睨みつけていた為、結局おとなしくなった。ただアイカも表情はあまり優れない。
揺れる馬車なので気分が悪いのか――そんな中サメジに関しては一人黙々と読書に耽っていた。異世界で手に入れた書物である。魔法関係の術式や説明が書かれている書物であった。
そして前を行く馬車にはアケチとメグミ、それに数名の黒騎士の姿。
帝国の中でも黒鎧に身を包まれた者は、特に武勲を上げ、腕のある騎士である証拠である。
その中でも特に腕のたつ黒騎士五名がアケチ達に同道していた。
「アケチ様、本日はこのルートで進みこの辺りの宿場で休みを取る予定となっております」
流麗な口調で彼女が言った。五人の黒騎士の中で唯一の女騎士である。帝国では非常に珍しい。一応建前では女性の権利拡大を謳っているが、実際は未だに男尊女卑の考えが根強い帝国である。
魔法職に関しては男女で腕の差が出ることがあまりない(あくまで帝国内での考え方だが)為、腕さえあれば女性でも宮廷魔術師に抜擢されることは少なくないが、こと騎士に関しては女が騎士になることなど帝国では考えられないことであった。
そして、帝国の強さの主張ともいえる黒騎士ともなれば男であっても選ばれるのは至難、女であれば更に困難な道筋である。
だが、そんな中黒騎士に選ばれたとなれば、彼女が相当な実力の持ち主であろうと考えるのは想像に難くない。
しかも――かなり見目麗しい女だ。汚れ一つ感じさせないシャンパンゴールドの髪に切れ長の瞳、美麗だが、凛々しいという響きもしっくりとくる。
凄いのは彼女は結婚もしていて子供も一人産んでいるということか。だがスタイルに一切乱れは感じさせない。
帝国の女騎士は下手すれば他の男騎士達の慰み者となり、精神が壊され、使えないと判断されるなり奴隷に落とされそれすら使い物にならなくなれば家畜の餌にされて人生を終わるなど珍しいことでもないのだが、にも関わらず子供を産んでなお騎士として所属し続けるのはかなりの異例の待遇であるとも言える。
そんな彼女の細く靭やかな指が地図の上に置かれ、ルートを指し示していく。
それを認め、アケチは、う~ん、と唸り顎に指を添えた。
「なんでここで迂回するのかな? 直進した方が早いと思うんだけど」
そして地図の一点を指差して自分の意見を述べる。黒騎士の彼女の滑らかな眉間に皺が寄った。
「そこは……飛竜の渓谷です。ワイバーンが生息していますし、何より竜種も餌場としているところですので――」
「ふ~ん、つまり竜の縄張りというわけね」
アケチはどこか楽しげに語る。しかし一緒の馬車に乗り合わせているメグミは不安そうに表情を曇らせた。
「それなら……無理して危険な場所を通らなくても迂回した方がいいんじゃないかな?」
メグミがアケチに向け進言するが、う~ん、とアケチは一考し、何で? と反問する。
「何で、って、だから危険だし」
「でも僕たちはこれからもっと危険な迷宮に挑もうとしているわけだしね。それなのにこんなところで臆病風を吹かせるというのもね」
「いや、ですがやはり迷宮には万全を期して向かったほうが――」
黒騎士もメグミの意見には同意のようだが、アケチはメグミと黒騎士の話に被せるように、それに、と発し。
「丁度みんなも退屈してる頃だろうし、気晴らしに竜を狩ってみるのもいいかな」
こうして結局アケチの意見が優先される事となり、不安そうなメグミやアケチ達を心配する騎士たちを他所に馬車は飛竜の渓谷へと進路をとった――
「ワイバーンです!」
渓谷に入り暫く馬車を走らせると御者の男が緊張の声を上げた。
馬車が止まり、アケチ達が飛び出す。
「あれがワイバーンか。大体イメージどおりだな」
「ふ~ん、なんかトカゲに翼が生えただけって感じだな。大したことないだろあんなの」
「油断は禁物ですよ。ワイバーンは平均レベルが34~38の魔物です」
シシオが相手を侮るようなセリフを口にするが、黒騎士の一人が忠告する。中々清潭な顔つきの男である。
彼の説明によると、この渓谷には竜種も潜んでいるようだが、ワイバーンに関しては魔物の部類に入るようだ。
「……何匹か赤いのがいるな」
「緑のが三匹、赤いのが二匹か」
「赤いのはフレイムワイバーンです。ワイバーンは鋭利な爪と毒のある棘付きの尾で攻撃してきますが、フレイムワイバーンはそれに加え口から炎を吐き出してきます」
つまりフレイムワイバーンはワイバーンの上位種にあたるようだ。その分レベルも42~45と高めである。
「ちょ! 襲ってきたわよ!」
そしてマイが警告の声を上げアイカの肩がビクリと震える。近づいてくるとその姿は恰幅の良い男性より一回りほど大きい。鋭い爪と逞しい翼でその迫力はかなりのものだ。
それに応じようとメグミはスラリと細身の剣を抜いたがその顔には怯えの色も窺えた。
「みんなは下がっていていいよ。あれは僕と陸海空でやるから」
「ちょっと待てよ。アケチの助けもいらないって、あれぐらい俺だけでなんとかしてやる」
アケチが皆に言って前に出ようとすると、シシオが拳を鳴らしアケチを遮るように前に出た。
「全く、どうせマイにいいところを見せようってところなんだろうな。だが、折角だ俺も力を試させてもらおう」
「じゃ、じゃあふたりは頑張って。俺っちは皆が危険な目にあわないようにしっかり守ってるよ」
サメジも前に出て眼鏡を押し上げながら自信ありげに語る。
ただカラスはあまりワイバーン退治に乗り気ではない様子だ。
「い、いくらなんでもワイバーンとフレイムワイバーン相手にそなた達だけでは――」
「まあ、ふたりともああ言ってるし、お手並み拝見といこうか」
帝国騎士たちがざわめきだすが、アケチは意に介す様子もなく自らも一歩下がった。
そして目でカラスに、お前も動けよ、と訴えた。カラスの笑みが引きつり、不承不承といった様子で迫るワイバーンに向かっていく。
「いくぜ! 【百獣変化】!」
シシオがスキルを発動し、その身が膨張し全身がフサフサの毛に包まれ覆われた鬣がその勇ましさを主張する。
その姿は百獣の王たる獅子そのものであり、リクオが尤も好む形態でもある。
すっかり獣の如く姿に変化したシシオに二匹のワイバーンが爪と尻尾でV字を描くように襲いかかる、が、シシオが耳をつんざくような雄叫びを上げた。
ビリビリと周囲が鳴動し、ワイバーンが大口を上げ動きを止めた。同時にシシオが魔法の袋から無骨な斧を二本取り出し、瞬時にしてワイバーン二匹の首を切り落とした。
「【アクアシャーク】――」
サメジが右手を突き出し即座に魔法を放つ。すると巨大な水の鮫が現出し、フレイムワイバーン二匹に次々と食らいついた。
フレイムワイバーンがブレスで反撃を試みるが、その瞬間フレイムワイバーンの口の中に大量の水を生み出し窒息状態に陥れた。
結局サメジの水魔法でフレイムワイバーンは為す術もなく撃墜されてしまう。
残った一匹はカラスが放った風の槍、雷、そして止めに急所を突かれ絶命した。
「なんだよ俺だけで十分だったんだけどな」
ワイバーンの遺骸を見ながら、シシオが強気な発言をしてみせる。
「お疲れ様。ま、君たちには楽勝すぎたかな」
「もう少し手応えがあると思ったけどな」
「ま、まあこの程度はな」
「お前はぎりぎりって感じにも思えたけどな」
シシオがカラスをそう評すが、彼はふたりに比べれば慎重な分、余裕がなさそうに感じられたのだろう。
「お、おい! まだ終わってないぞ! れ、レッサードラゴンだ!」
しかし騎士の緊迫の声が辺りに響く。見上げると、確かに全員を俯瞰してくるドラゴンの姿があった。
長い顎門に鋭い縦長の瞳、全身を赤褐色な鱗に覆われワイバーンよりも二回りほど巨大だ。
その迫力はワイバーンが可愛く見えてしまうほどである。
「丁度良かった、あれは僕がやるよ」
すると今度はアケチが前に出てレッサードラゴンを見上げて笑みをこぼす。
「いけませんアケチ様! ドラゴンはワイバーンより遥かに――」
黒騎士が叫ぶが、その瞬間アケチが大地を蹴り上げ、一瞬にしてレッサードラゴンの頭上を取ってしまう。
それに驚愕の顔を見せたのは今まさにどう料理してやろうかと考察していたドラゴンであった。
「さて、どの技が――うん、これが良さそうだな。【翼断裂】!」
剣を抜き、高速落下と同時にドラゴンの強靭な片翼を刈り取った。
シュタッとアケチが地面に着地を決め、少し遅れて竜の翼が落下する。
すると片翼を失いバランスを保てなくなったレッサードラゴンが他の皆の方へ突っ込んでいく。
「おらぁああぁああ!」
だがその竜の巨体を獅子に変化したシシオが受け止め腰を捻り地面に叩きつけた。土埃が舞い上がり、マイやメグミ、アイカの三人がゴホゴホッと咳き込む。
「いや、ごめんごめん、ちょっと先のことを考えるの忘れてた」
「ご、ごめんじゃないわよ」
涙を浮かべながらマイがアケチへ抗議の声を上げた。勿論この涙はゴミが目に入った為だが。
「でも俺のおかげで助かったな」
マイにアピールするようにシシオが言った。しかし少々押し付けがましい。
「まあ助かったから終わり良ければってね。でもやっぱりレッサードラゴンじゃ大したことないな」
アケチの発言に騎士たちは一様に驚きの顔を見せた。確かにレッサードラゴンは竜種の中では最弱だが、それでもレベルは優に50を超える。
しかし彼はそれだけの相手を苦もなく倒し涼しい顔である。恐らく真の実力の一割も出していないだろう。騎士たちは立場がないといったところであろう。
陸海空もかなりのものだが、アケチには底が感じられない。味方であるうちは良いが、もし敵側に回ったとしたら帝国内で彼を倒せるものなど、いやそれ以前にこの世界にこれだけの男を倒せるものなどいるのか? そんなことを考えてしまう者も出てしまうような圧倒的な一幕なのであった――




