閑話其の一八 鎧騎士の訪問
「ひ、ひぃいぃいぃ! 畜生あっち行け! くそ! くるんじゃねぇ!」
「な、なんだってこんな魔物がこの辺りに出てくるんだよ。生息地はもうちょっと向こうの筈だろ!」
「俺が知るかよ! と、とにかく倒さねぇと――」
「馬鹿いってんじゃねえよ! サイゴンはレベル27とかそれぐらいの魔物だぞ! 俺たちが何やったって勝てるわけないだろうが!」
とある山脈の森のなか、情けない声を上げ逃げ惑う三人の男がいた。
それぞれあまり上等とはいえない装備品を身に纏っており、薄汚れた革鎧や、錆びついた鉄の胸当て、綿を詰めた服だけというのもいる。
武器にしても刃のすっかりすり減った剣や、手斧、全く手入れされていないナイフなど正直とても褒められたものじゃない。
そんな連中に迫るのはサイゴンが四体。人間に近い胴体を有し、サイのような頭を持つ。
ただ鼻先の湾曲した角はサイより更に太く逞しい。
そんなサイゴンが四体。正直一体でもあの三人では勝てるかも怪しいというのに、数でも負けているのだ。
その時点で絶望しても何らおかしくはない。
だが――その時、全身を骨のような鎧に包まれた騎士が飛び出し、一太刀の下に四体のサイゴンを全て斬り伏せた。
サイゴンの胴体は上下が離れ離れになり、ズシンッ! と重々しい音を残し、所々赤土の顕になった下草の上に倒れていった。
「……大丈夫か?」
フルフェイス越しのくぐもった声が男たちの耳に届くが、暫し呆けたまま動こうとしない。
だが、再度鎧騎士が、おい、と呼びかけるとハッとした表情を見せ、瞳が彼に向けられた。
「い、いや驚いたあんた強えんだな」
両手を広げ感嘆の声を漏らす。顔には剣で切られたような傷のある男だ。
見た目もそうだが、装備品も含めた格好から、とてもまっとうな人生を生きてきたような男には見えない。
尤もそれは、他のふたりに関しても一緒だが。
「それにしてもサイゴンを、しかも四体を一撃で葬るなんざ中々出来たもんじゃねえぜ。でも、あんたみたところ、騎士、なのか?」
「おい、失礼だろ」
「いや、だってよ――」
一人が鎧騎士の全身を値踏みするように見やる。
しかし、それも当然かも知れない。それぐらい今の彼の姿は異質なのだから。
「でも、あんたみたいなつえー奴がなんでこんなところに?」
「そうだぜ。こんなところにはなにもありゃしないぜ。助けてもらっておいてなんだが、騎士様が来るようなところじゃないよな」
「俺が来たのは、この辺りを山賊が塒にしていると聞いたからだ」
鎧騎士の発言に三人の表情が一様に凍りついた。そして自然と身構える。
とは言っても勝てるわけないと自覚しているのだろう。
脚を引き、攻撃を仕掛けるというよりは隙をみて逃げ出そうといった雰囲気だ。
だが、この態度が如実に彼らが山賊であることを物語っていた。
「……そんなに警戒することはないだろう。俺だってこんなところにいるのが、しかもこんな面構えの悪い連中が賊以外の何物でもないことは理解している。安心しろ、別に捕まえようとか成敗しようとかそんなつもりで来たのではない。第一そのつもりならとっくにやってる」
鎧騎士の発言に、三人は顔を見合わせ目で何かを合図し合った。
彼が信用できるか否かでも確認したのだろう。
「……本当に俺たちを捕らえようとか、そういうつもりではないのか?」
「違う。寧ろその逆だ。俺が来たのはちょっとした仕事をお願いしたくてな」
「仕事だって?」
「俺達にか? しかしなんの?」
「それはお前たちの頭と直接会って話したい。損にはならない話だ。だからアジトまで案内してもらえるか?」
騎士から話を聞くと、三人は一旦距離を置き、そこでひそひそと話し始めた。
しかしその間は、鎧騎士は一切動かず彼らの判断を待った。
相談しつつも騎士の動向を探っていることは容易に理解できたからだ。
だからここは敢えて自分から隙を見せ待つ。
「……そうだな。あんたは命の恩人だし今も何もするつもりはなさそうだった。信用するぜ。俺達のアジトはこっちだ、ついてきてくれ」
そう促され、鎧騎士は三人の賊の後についていく。
山賊のアジトは山脈の中間地点に位置する場所にあった。
流石に賊がアジトにしてるだけあってこれといった道という道のない険しい山を登り、若干足場がはっきりしてきた岩場に穿たれた洞窟がそれであった。
四人で進んでも余裕のある横穴を進み、開けた空洞に出る。
そこには三〇人ほどの男の姿があった。
やはり全員面構えが悪く、一癖も二癖もありそうだ連中だ。
屈強な男が多いが、小柄なのや痩せ気味なのもそこそこいる。
力はそうでもないのかもしれないが動きは素早そうだ。
実際ガタイのいい男連中が手にしているのは大剣や斧、槌などで、小柄な連中や痩せ気味な連中は短剣や小剣、弓矢などを所持しているのが多い。
持っている装備品の質はまちまちだ。ただ性能の良さそうな物を持っているのはそれなりに腕が立つか、地位が上の者なのだろう。
こういう連中は大抵盗んだり奪った品を選ぶ時、格が上の者からいいものを持っていくものだからだ。
「俺に仕事の話を持ってきたというのはあんたか?」
空洞の奥では別な横穴が繋がっている。ここは天井も中々高く、よく見ると奥の壁面の上側にも人が立って俯瞰できるぐらいの足場と横穴が見える。
声を発した男はその足場の上に居た。
仁王立ちで腕を組み態度からして偉そうである。
屈強さは騎士の周囲の男たちの比ではなく、組んでいる腕も丸太のように太い。
装備品もこの中で一番いいものだ。ほぼ間違いなくこの男が山賊の頭だろう。
「そのとおりだ。しかしあんたの仲間を助けてやった男に上からとはね」
「ふん、俺は用心深くてな。まあ俺に勝てるような奴はそうはいないと思うが念のためな。だが、仲間を助けてくれたのは礼を言うぜ。しかしあんたは余所者だ、仕事があるというからこいつらもここまで連れて来たようだがな。アジトを知られた以上、下手な仕事だったらこのまま黙って返すわけにはいかないぜ」
頭がそう言うと、周囲の連中が武器を取り、弓を引いた。
どうやら山賊の流儀では恩を仇で返すぐらいは当たり前らしい。
「……言っておくが本来ならこの時点で全員斬り殺されても文句は言えないぞ?」
「……随分な自信だな。だがサイゴンを倒したぐらいで調子に乗ってるようだが、それぐらいなら俺でも倒せる。お前が助けたこいつらは俺達の中でも下っ端だ。それをみて俺達の実力を測った気になってるなら――」
そこまで頭が言ったところで、鎧騎士は手持ちの剣を地面に突き立てた。
その瞬間放射状に亀裂が走り、衝撃波が空洞内に広がった。
同時に地面が揺れ、全員が目を丸くさせる。
「……これで少しは俺の実力を判ってもらえたかな? だが、別に俺はあんたらと喧嘩をしに来たわけじゃない。さて――」
全員が驚愕してる中、鎧騎士は大地を蹴り上げ頭の立っている足場に着地した。
その跳躍ぶりにも頭は驚きを見せるが。
「さて、こっからが本番だ。奥で仕事の話といこうか」




