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Almond(9)

 涙の雨がやみ、ようやく落ち着いた頃。茉那は繋いでた手をその状態でゆっくりと下ろし、水をたっぷりと吸いこんだ木製のベンチに彼を誘導する。


 苦笑を零すと、手を離してスカートのポケットに手を差しいれた。中から可愛らしいハンカチを取り出すと、ベンチに敷く。その上に座るのかと思ったが、彼女は真横に直接腰を下ろしハンカチを指し示す。どうやらサンドラにそこに座れと言っているらしかった。


 が、彼はハンカチを拾い上げると水を吸い込んだベンチに直接座り込む。ハンカチを丁寧に折り畳むと、無言で彼女に突きつけた。


「……人の好意は無下にしちゃダメですよ」


 泣いた所為で赤くなった顔を、苦笑に再度染め上げる。ひんやりとした感触を感じながら、彼は


「…………これくらいがちょうどいい」


「そうですかー。嘘じゃないと良いんですけれど」


 やせ我慢だったら素直になってくださいね、と付けたす彼女に対してお前の方こそ、と返す。


「…………俺はズボンだからまだいいが、お前はスカートだ。……その、ベンチに素足当たってるだろ」


「まぁ、ハイソックスですからねー。平気ですよ、女子だとこれくらい我慢できないとダメなんです」


「…………苦労するなぁ女子」


「……これ位が苦労だなんて……。女子の友人関係程苦労する物はないですよ。グループの誰かに嫌われたら即終了の世界なんですから! あ、あと生理辛いです。まともに立ってられませんもん」


「…………それを男に平然と言うなよ……」


 自慢げな声を聞きながら頭を抱える。深いため息をついている姿を見た茉那はぷくっと頬を膨らませ


「私重い方ですしね。一回それが理由で学校休みましたし、薬なしじゃ学校何て行けませんよ! とはいえ、大方の薬弱っちくて効かないのも困りものですが」


「…………指摘したのに何故話を続ける……!?」


「えー、何かサンドラさん困らせたくて」


 くすくすと笑いながら理由を伝える。また深いため息をついた彼を見ながら、背中に手を伸ばしてぽんぽんと叩くと


「まぁ、良いじゃないですか。前座として。これから先、貴方には大変な事実を伝えるんですから」


 何もかもをふっきれた、という笑みを浮かべて告げる。背中から手を離すと、顔を空に向けながら話し始めた。


 未だに曇り空なそれを睨みつけながら。


「私が死神さんの生まれ変わりだという兆候を得たのは、物心ついてすぐでした」


 ぽつりぽつり、と語り始める。


「何となく、ぱっと見ただけでわかったんです。『あー、あの人長生きしそうだなー』、『あの人そろそろ死んじゃうのかな』って」


 小さい時の記憶などとうに失くした。けれど、まるで昨日の事の様に覚えている出来事はある。


「喋れるようになって、歩ける様になった頃だと思うんです。私の家に、母の友人が遊びに来て下さいました。彼女に、私は、あろうことかこう言ったみたいなんです」


 玄関先。母と出迎えた彼女はいたって健康体だった。可愛いわねぇ、とお世辞でも言ってくれる優しい人だった。


 そんな彼女に、母親に何度もダメだと言われていたにも関わらず人差し指を突きつけて、こう言ったのだ。


「……『おばちゃん、大丈夫? 死んじゃうの?』って」


 母親はすぐに怒鳴ると、ごめんなさいね、と彼女に謝る。彼女は笑顔のまま大丈夫だよーと笑い続けた。


 けれど。


「しっかりと覚えているんです。母はあの後あんなに健康な人にそんな事言うんじゃない、って怒って来たんですけどね。私には、しっかりと……」


 息を一つ吐きだすと


「あの人の後ろで暗い影が、にやりと笑っている姿が見えたんです」


 それは、漠然とした恐怖感を与えてきたけれど死神ではなかったと彼女は笑う。貴方や貴方の友達さんを見てそう確信しました、と悲しそうに。


 だったら、と彼は顎に手を当てた。彼女が目に映している物は


「…………死、そのもの、っていうのか?」


「……そうだと、思います。実際その方、それから数日後に交通事故で亡くなりました」


 どういう事なんでしょうかね、とまた悲しげに微笑むと


「私がその影を見た人は、数日後に必ず死にました。その人が死んだという報道を見たりその人が亡くなったと母から聞いたりしたら、あぁやっぱり、と思えてしまいました」


 やっぱり死んじゃったんだね、あの人。だって影が後ろにいたもんね。そう納得してしまった日々。


「私がずっと傘差しているのは、ある種……予防線ですよ。元々肌が弱いのもありますけれど、視界が狭まればそういう影を見る機会を減らせるかな、何て言う期待から」


 青い傘を差して視界を狭める日々。ちょっとくらいは、と期待を寄せる日々。


 そんな風に切りぬけてきた日常を――影は許してなどくれなくて。


「……小学校、五年生くらいでした。大きな影がやって来て、私の周りを囲んで――そしたら、目の前に鉄骨が振って来ました」


 何十本もの鉄骨が作りだした不気味な山。コンクリートが割れるほどの威力で降って来たそれら。


 その時を皮切りに、芦垣茉那の周りに不可解な事故が多発する。


「鉄骨が降ってくる、車は信号無視し横断歩道に突っ込んでくる。通り魔には遭うわ何かと事件に巻き込まれるわ……で、死ぬんじゃないかなーっていう場面が多々あったんです」


 耳を傾けるサンドラの顔は真剣そのものだった。その表情を満足そうに見つめると、つい、と視線をそらし


「そういう場面に限って黒い影はちらほら動いていて。本能的に、あの影が私を殺そうとしているんだと理解しました」


「…………死らしきものが、お前を直接殺しにかかっているという事か?」


「ですです。あ、今の別に『death』とかけた訳じゃないですよー」


 笑いながら手を振って否定する。サンドラの冷たい視線を一身に受けながら、ふぅと小さく息を漏らし


「そんな冷たい視線送らなくてもいいじゃないですか……。いいですよぅ、真面目に話しますよぅ」


 頬を膨らませていじけた声で呟く。死神は彼女の頭を撫でながら、呆れた風にそうしてくれと呟いた。


 頭を撫でられた瞬間、茉那の目が大きく見開いて行く。驚いた様にサンドラを見上げた。


「…………どうした?」


 対し、声の主は何も察していない表情で小首をかしげる。


「……いーえっ」


 茉那は目を細めると、酷く綺麗に笑い


「何でもないんですよ」


 ふるふると、頭を横に振った。


 さて、と会話をがらりと変える予告を漏らすと体勢を変え始める。狭いベンチの上で体育座りをし、膝を胸元に抱え込んだ。


「ここからが本題なんです」


 片手でスカートを押さえる。もう片手で膝小僧を抱え込むと、指先で白磁の肌をなぞり


「私の中にはね、サンドラさん。彼女曰く、とてもとても強かったらしい」


 満面の笑みを湛えてこう言った。





「――イフさんっていう、死神さんがいらっしゃるんです」





 


更新がまた遅れてしまいました……。ごめんなさいです…。

けれど山場になって来たので、筆が今後進むと……信じたいなぁ!!


あと数話で「Almond」は完結を迎えるでしょうが、お付き合い願います。

ハッピーエンドとは言い切れないこの話を読み切って頂けたら幸いです。

では、次回また逢えます事を!

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