第七章 アルシュ王国2
「!!!」
人間、あんなに目が開くものなのか。
ソフィアの後ろに立っていたバスコーにはそれが丁度よく観えた。
ソフィアが叩いたドアの小窓から覗いた目がみるみる小窓比率100%まで大きくなったのだ。
すぐにドアが開いて一行は奥に入るよう促された。
「アネット。まだわたくしを覚えていてくれたのですね。」
「ソフィア様。貴方を忘れる時は私の心臓が鼓動を止めた時でございます。
病でお亡くなりになったとお聞きしましたが、生きておられたのですね
・・・ああ、全ての精霊に感謝します。」
静かに佇むソフィアの前にアネットは、膝を付き畏敬の念を込めその右手を両手で包みキスをしてから押し頂いた。
「ありがとうアネット。さあお立ちなさい。少し話がしたいわ。」
つややかな茶髪に濃茶の瞳、歳は40歳くらいだろうか、こざっぱりした部屋に簡素な身なりをしたアネットはとても品の良い女性だ。
とはいえ一人暮らしの所にいきなり4人が押しかけて来たせいで家の中がせまい。
テーブルは5つのティーカップと焼きたてのお菓子を並べるといっぱいになってしまった。
その間、恐縮するアネットに微笑んで労わるソフィアを見て、ようやくハリーとバスコーは彼女が王妃ソフィアだと納得した。
アネットが王室付の侍女となったのは今から15年前の事。
3年の間ソフィアの側で仕事に励んでいたのだが・・・
「その頃、今は亡きシャーデル王が引退を決めたのです。次に誰が即位するかで城内が大変緊張していました。私の父が第二王子シャンブル様を擁立する側に立ち、結局第一王子フェルーン様が王位を譲り受け即位しました。それで私は侍女を辞める事となったのです。」
多分、いろいろあったのだろう。
キリークは絶対君主制度になってからまだ100年しか経っていない。
しかも、最初に立った王は武勲の誉れより自然科学重視の学者肌であったため絶対というところが弱く、4代目のヴァレリオ王の下では立憲君主制と言ってもいいほど王家の力は緩やかなものとなっている。
しかしこのアルシュという国は500年間、紆余曲折はあろうとも王族が頂点に立ち続けているのだ。
その王家の権力がどれほどのものか・・・ソフィアが生まれた時にすでに王宮の一角にソフィア専用の宮殿が用意されていたというだけでも想像がつく。
しかもアネットが話すその館の大きさ・意匠・庭や池の話にハリーとバスコーは眩暈さえ感じた。
あまりにも育ちが違いすぎる。
「よく、うちの王様と結婚してくれましたねぇ・・・」
感慨深げにハリーが口にすると、
「ヴァレリオ王は素晴らしい方です。」
ピシリと、ソフィアはハリーをたしなめた。
その威厳にハリーは思わず瞬時に席を立つと膝を折り頭を下げて非礼を謝してしまったほどである。
ソフィアは謝罪を受け入れて再び座るように命じたが、そばで見ていたバスコーは
『何故こいつ、貴族式の叩頭が出来るんだ?』と、思うほどの完璧な所作だった。
それはアネットも感じたようで、2人に対する態度が平民のそれから少し格上げされた。
そもそもアルシュ王国は絶対君主制度のもと、身分格差が王貴武農工商と分かれておりそれは徹底されたものだった。
住む場所は王は王宮・貴族が内城・武が外城(石垣内)に、そして平民である農工商が石垣外に住んでいる。
服装も食べ物も建てる家の材質も全てに規則があり、言葉のアクセントも貴族と平民ではまったく違っているのだ。
貴族が平民の生活や礼儀を知らないように、平民が貴族式の礼節を知らないのは常識である。
その日、遅い夕食を取りながら5人の話は続いた。