第八章 アルシュ王国3
その晩、ソフィアとナーノをアネットの家に泊めさせ、野郎二人は車中泊としゃれこんだ。
次の日も朝食を5人分作ってくれたアネットはさすが元侍女である。
ソフィアの前に基本を周到したテーブルセッティングがほどこされ、次々に出される料理は量は少ないもののフルコースが並び完璧な給仕のもと食事は終了した。
もちろんソフィアも作法どおりの優雅な手つきで完食した。
ソフィアと同席する事を許されたその他3名は、どこかから借りてきたらしい簡易テーブルの上にまったく違う料理を出され、目の前の美しい食事風景に見入ったままなんとなく食事を終えた。
さて。
アネット自身は石垣の中に入る事が出来ないため、旧知の商売人・ロロット商会のバッカラン会長にさりげなく相談した。
110年前、商売を始めた彼の曽祖父ロロットがアネットの4代前ツィール伯爵に贔屓にしてもらったのを契機に商売が繁盛した為、バッカランはツィール家断絶後もアネットの面倒を見ていたのである。
バッカランはこの話に興味を持ち4人と面会し、ソフィアが本物であると確信した。
ロロット商会は石垣内にも店舗をかまえている。
そして、各屋敷に注文の品を配達するサービスも充実していた。
その配達リストを見せてもらったソフィアはそこに何人かの知己を見つけた。
こうしてソフィアは単身、石垣の向こうに乗り込む事になった。
*****
空に小さく雷鳴が轟く。
朝から雲がどんよりとたれこめ、まだ雨は降っていないものの横殴りの風が街路樹をなぶる・・・嵐の予感。
サマーサ・ルン・エズバラン。
彼女はかつて王族専属の乳母であった。
子供も2男2女を授かり娘は結婚して手元から離れ息子達は近衛兵舎に引っ越した。
今は広い屋敷で近衛局に勤めている夫、リスターと共に幸せに暮らしている。
サマーサは、いつもより早く目が覚めてしまい寝室の出窓からそっと外を眺めた。
『いやな天気ね・・・』
庭を見れば剪定された木々が右に左にその枝をゆらしている。
その向こうに見える道路に一台の運搬車がゆっくりとすべりこんで来た。
「?」
車は道なりに左に折れ裏玄関へと向かった。
サマーサは、なんとなくそれを追って寝室から洗面所に移動した。
洗面所の窓から下を覗くとちょうど車から一人の男が木箱を抱え、運びこもうとしているところである。
それほど大きさはないようだが、かなり重そうな荷物である。
「なんでしょう・・・」
心がときめく。
贈り物ならば事前に知らせが来るものでしょうに。
期待するほどのものでは無いかもしれない。
また夫が下らない防具を買ったのかも・・・でも
あれは私宛のものよ・・・間違いないわ。
いったい何故こんなに心が浮き立つのかしら。
何故あれが自分への物だと判るというの?
期待しちゃだめよ。
期待しちゃだめ。
と、つぶやきながらいそいそと服を着替えて階下に下りていくサマーサであった。
木箱には確かにサマーサ宛と書かれていた。
そして送り主の名はエイフォーズと書かれている。
エイフォーズ!?
サマーサは遠い昔、自分の名前を書けたと膝元に駆け寄り報告に来た幼女の顔を思い出した。
自分の名前を並び替えて『これからはこの名前でお呼びなさい』と宣言して怒られたあの可愛らしくもおしゃまな王女・・・
しばらく2人だけで秘密の名前として使っていたその名前・・・何故そんな事を急に思い出したのかしら。
「・・・これを2階に運んでちょうだい。」
執事が怪訝な顔でサマーサに一言伝える。
「奥様。まだこちらの品は中身を検めておりません。」
「結構よ。2階にお運び・・・そうね、使っていない客室で中身を検めましょう。ついてきなさい。」
執事はサマーサのあとに続いて2階に上がった。
そして合図を受けた護衛が荷物を持って2人に続く。
客室はほとんど使われていないせいか、それとも悪天候のせいか、陰湿な雰囲気をかもし出していた。
箱は意外と大きく、室内に置くと存在感がある。
執事が護衛の男に開けるよう指示すると、バールでキュッキュと簡単に解いていった。
そして・・・護衛が力をこめて上部の釘を抜いたところで箱が壊れ、中から意外なものが出てきた。
妙齢の女性が小さく膝をかかえていたのだ。
箱が壊れたところで、女性は立ち上がろうとした。
間髪入れずに護衛はこの不審者を蹴り上げ、
ガッ
異様な音と共に女性は奥のベッドまで飛ばされた。
が、次の瞬間絶叫し倒れたのは護衛の方だった。
「ぎゃっっっっっっーーーー!!」
蹴り上げた足の先が妙な角度に曲がっていた。
執事は流れるような動作で護衛の腰からサーベルを抜き、ベッドにもたれかかりながらこちらを向いている女性の喉下へ突きつけた。
女性はそれにひるむ事なく、軽く息を吸うと凛とした声でかつての乳母に命じた。
「サマーサ。この者達を下がらせなさい。」
怪我をした護衛をつれて執事が2階から降りてきた。
使用人たちは何事かと階下から見上げていたが、執事に追い払われていつもの仕事場についた・・・2階には誰も近づかないよう命じられたので中の様子は窺い知ることが出来ない。
温厚で人のよさげな普段のサマーサからは想像もつかないほど緊迫した面持ちで
「お下がりなさい。私が呼ぶまで誰もこの部屋に入れてはなりません!」
と命じられ退室してきた執事は、急いで近衛局本部にいるはずのリスター・ラン・エズバラン―――この家の主に使いを出した。




