第四章 シャール渓谷1
キリーク王国の北東に位置する シャール渓谷。
その中流の川原に2人の男の影があった。
「バスコー!めしだぞーーーー!」
「やっとか・・・腹がねじ切れそうだ。どれ。」
バスコーと呼ばれた男はさっそく渡された皿の中のものにかぶりつく。
「・・・どう?」
「どうって?うまいよ。」
渡した男は自分の皿をスプーンでかき混ぜながらバスコーの様子を眺めていた。
バスコーはおいしそうに食べている。
ふむ?
「・・・・・・・・・・・・そうか。良かった。」
「あ、もしや、テメー!俺を毒見に使ったな!?」
「考えすぎだよ。バスコー。」
「いや、おまえはそーゆー奴だ!」
「人聞きの悪い」
子供のように下唇を突き出しおちゃらける青年ハリー・クロノティは、赤い髪にクリクリの大きな目とその口調が相まって軽薄の感を否めない。
その向かいでバスコーと呼ばれた青年が、長く伸びた亜麻色の前髪をうっとうしげに手ではらい黙々と食事をする。
彼らはキリーク国立大の学生で、同じ研究会に所属する2人だった。
川原で、名もない雑草といやに色が鮮やかな川魚の煮込みを食べる男2人。
川のせせらぎ。
森の木々が風にそよぎサワサワとやさしい音が止まらない。
が、
川の上流から変わった鳴き声が聞こえる。鳥の声?・・・いや猿の声?
「なんだろうね。バスコー。」
「さあね。」
「行ってみてきてくれよ。」
「何で俺が?」
「お前の方が目が効くからさ。近くに行く必要がない。お前の目は鷹より鋭いしね。」
「うまいこと言って…」
しょうがないとバスコーはしぶしぶ立ち上がり、上流へ歩を進めることしばし。
少し川幅が広くなり、ところどころで巨大な岩が水面に顔を出している。
その一つ、川のど真ん中で鋭く突き出た岩の上に小猿が一匹座っていた。
しきりに鳥のような声で吼えまくっている。
「ふふーん・・・逃げられなくなったわけか。へっ明日の朝食だ。」
バスコーはナイフを取りしやすい位置に締め直し、小猿に向かって川に入った。
だが、バスコーの手が岩にかかる一瞬前に小猿はみごとな跳躍を見せ、一っ飛びで岸に降り立ち逃げていってしまったのだ。
「なんだまったく・・・ありゃ!?」
岩の影に人が半身乗り上げるようにひっかかっていた。
ナーノだった。
*****
バスコーはナーノをかついでもう一人の相棒、ハリーのもとに帰ってきた。
ハリーはすぐさま焚き火を強くし、ナーノの様子を観察する。
どこにも傷がなく、水を飲んでもいなさそうだ。
何故こんなところに子供がいるのかという疑問はまず置いといて、濡れた服を脱がせて素っ裸の華奢な身体を毛布にくるんで焚き火の近くに横たえた。
「小猿が知らせるなんて、確か聖書にそういう話載ってたよな。」
「聖人を助ける小動物の話なんざ、古今東西どこにでもある民話だがね。」
「聖人とは言ってないだろ。どう見てもただのガキだ。」
「上流から流されたのかね。人家があるのか。」
「どうだろう…この服装は旅仕様だから多分道に迷って川に落ちたんだろうな。」
「つまらん。」
「つまったら困る。」
「いっそつまれよ。」
「つまったら面倒だろ。」
「スッポン」
「やめろwww」
2人が言葉遊びでじゃれているところでナーノの目が覚めた。




