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第8話 続・キュプロス砦の番人④

 ルガイア王国の南方。

 比較的温暖で、牧歌的な地方。カルン。

 冒険者ギルドの受付嬢ミリア。

 彼女は、積み上げられた帳簿の山からようやく顔を上げた。

 疲れの滲む視界が、ギルドの入口を捉えた。

 その瞬間、驚きとともに言葉がこぼれ落ちる。


「増えてる!」


 鈍色髪の少年の隣には、以前も見かけた馴染みのある少女の姿があった。

 そしてその隣には、見慣れない一人の男が立っている。

 受付の女性の記憶の片隅に、かつて一度だけ、遠目にその姿を捉えた記憶が静かに呼び起こされた。


 ――あの子、大丈夫かしら。


 その時に抱いた微かな不安が、陽炎のように脳裏をかすめる。

 ミリアはすぐに椅子から立ち上がり、努めて穏やかな笑みを浮かべて彼らを迎えた。


「ノア君、お久しぶりです。ええと……今日は三人、ですか?」


 問いかけながら、視線は自然とユズハへと吸い寄せられた。

 えんじの長い髪を揺らす少女からは、少し距離を保ったまま軽い会釈が返ってくる。

 彼女の意識は目の前の事務官にはなかった。

 ギルド内を流れる人の動きや、他者の視線を鋭く探ることに向けられていた。

 翡翠の瞳が、何かを、あるいは誰かを切実に求めて彷徨っている。


 とあるパーティからの、カルン冒険者ギルドへの報告。


 意図を察し、ミリアは職務を超えた声音で先に言葉を投げた。


「アルファはいませんよ」


 その一言で、少女の探索するような動きがぴたりと止まった。


「……そうですか」


 短い返事。

 安堵とも、落胆とも、諦めとも取れる返答。

 ミリアはすぐさま職務上の冷静さを取り戻し、淀みなく現状を説明し始めた。


「ミリアさん。今日はその……」

「ノア君」


 マルシェリアギルドからの登録書には、パーティリーダー・ノアとある。

 少年は一応、引っ張ろうとしている。

 だが、隣の少女はきっと、それに気付いていない。

 同じく、新メンバーの一人も。


「マルシェリアの新聞を読んで思ったんだけど、南部でも『ダクネス現象』が増えてるの」

「あ。そうなんだ」

「現在はアルファと五彩が共同で警らしてるの。表に出てこないのは、その対応に追われててね」

「アルファが」

「ってか、俺達はキュプロス砦の件で来たんだけど」


 初対面の茶色の髪の青年。

 遠慮のない口調で割り込む。

 ミリアはその不作法な視線を真っ向から受け止め、深く頷く。


「そうだったわね。ノア君、そこには以前行ったことがあるわね?」

「は……い」


 そこでミリアはスイッチを切り替える。


「……依頼はマリー・ド・オルレアン様でしたね。現在、キュプロス砦は、騎士団の『青葉の剣』が管理しています」

「あれ?ライガは――騎士団の『暁紅蓮』は」

「青葉の剣のみです。騎士団『暁紅蓮』は来ていません」


 鈍色の髪の少年が放った問いに、ミリアは静かに首を横に振った。


「え?」

「そうなんです。私も、当然ライガ君たちがいらっしゃると思っていたんです。アイアンループを解体させた張本人なのですから」


 少年は沈黙した。

 思考の海に深く沈み込んでいくような、静かな沈黙だ。


「えっと?そいつらがアイアンループの一味を解体したんだっけ?」

「はい。ですが、対処でいらっしゃったのは青葉の剣のみでしたね」

「騎士団のことは分かんねぇけど、後手後手に回ってんじゃねぇのか?」


 茶色の髪の青年も不平を言う。

 ミリアはそんな彼らの焦りをなだめるように、本題へと切り出した。


「今回の依頼。私たちカルンの人間にとっても有難いのです。青葉の騎士団は、砦の内部構造を熟知していません。ノア君、案内を含めて行って頂けますか?」

「依頼だしねー」

「ってか、そういやノアも知ってんだっけ。そのためにわざわざここまで来てんだしな」


 ノアの返事がないというより、先に二人が話をする。

 翡翠の瞳の少女の即答に合わせるように、青年が肩を鳴らして同意する。

 そこで、ミリアの視線がふと一点で止まった。

 少女の腰、背中、そして手元。

 戦いに向かう者なら必ず備えているはずの鉄の輝きが、どこにも見当たらない。


「……あの、ユズハさん。今日は武器をお持ちではないのですか?」

「ん?えっとー」


 少女が困ったように隣を見やると、少年はその視線を受けてさらに隣の青年を見た。

 茶色の髪の青年は、一度盛大に舌打ちを鳴らす。


「はいはい、わーってるよ」


 青年は、少年が背負っている大きな背負子に無造作に手を伸ばした。

 慣れた手付きで留め具を外し、中をガサゴソと探る。

 ガチャリ、という冷たく鋭い金属の音が静まり返ったギルドに響いた。

 取り出されたのは、無骨ながらも美しく手入れの行き届いた、一対の鉤爪だった。


「ほらよ、ユズハ姉」

「……ん、いいじゃん。なんか馴染む」

「え……?」


 放られた凶器を、少女は吸い込まれるような鮮やかな動作で受け取った。

 何度か空を切り、感触を確かめるように軽く振る。

 そのまま、当たり前のように腰のベルトへ収めてみせた。

 ミリアはその一連の流れに、驚愕を隠せず目を見開く。


「ユズハさん。前は、別の武器を使っていませんでしたか?」

「えっと、あたし。武器ならなんでも使えるから。ねぇノア、あれなんて言ったっけ?」

「天武無縫」

「そう、それ! ミリアさん、これってやっぱり珍しい特異体質なの?」


 受付の女性の顔が、わずかに引きつった。

 信じがたい事実を突きつけられ、確認するように少年の瞳を覗き込む。


「ノア君、これは一体……?」

「ユズハは最初からこうなんです。僕は関係ありません」


 あまりに淡々とした答えに、ミリアの理解は追いつかなかった。

 視線は少女から少年へ、そしてその不思議な中身の詰まった背負子へと、行ったり来たりを繰り返す。

 数秒の、完全な静止。

 何も言えないまま、ミリアは溜まっていた空気をゆっくりと吐き出した。

 常識という枠組みを一度捨て去り、彼女は深く、深く頭を下げた。


「えー。これ、魔拳銃ついてないじゃん」

「つけてねぇよ。魔法石が手にはいんねぇんだから」

「……し、失礼いたしました。準備が整い次第、出発をお願いします」

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