7節目
ミッカジ村は阿鼻叫喚となっていた。一人の男性が血を流しながら家から飛び出す。そのまま
逃げ出すが老いた身では長時間走ることも出来ず、あっという間に追跡者に追い付かれる。
追跡者は魔狼ワーグ。俊敏さと狡猾さに長けた恐るべき魔物が、男性に再び襲い掛かる。
「グアッ!」
男はもはや助からないと覚悟して目を閉じるが、ワーグが男の喉元へ食らいつく直前に強烈な一撃が
ワーグを吹っ飛ばした。
「キャイン!」
「ああ、ムークさん!」
男を助けたのは村の唯一の狩人ムークだった。しかし、既に腕を負傷し肩で息をするほど消耗していた。
「その腕、あんた大丈夫か?」
「わしの事は気にするな。それよりも早く教会に避難するんじゃ。わしは他の村人を助けに行く!」
「俺が護衛するから早く!」
貝紫が男を先導する。ようやく平静を取り戻したが内心は緊張と恐怖でいっぱいだった。それでも、
彼らを不安にさせないように外面だけは勇ましく取り繕っていた。
「すまんカイ……お前さんにこんな危ないことをさせて……!」
「今はそんな事より教会まで行くことに集中して! まだワーグがどこかで狙っているかもしれないんだから!」
教会は既に数人避難しているが、みな少なからず負傷している。村長は無事だったが、彼一人では治療さえままならない。
「はぁはぁ……後は……!」
救助者を教会に預け、貝紫は再びムークの所へと向かう。村人もムークも誰一人失いたくなかった。
すると、村の人々とムークがワーグに囲まれているのが見えた。これでは逃げる事は不可能だ。
「ムーク!」
ワーグを追い払おうと群れに向かって棒切れを闇雲に振り回すが、魔物たちは冷静に少ない動きで
躱し隊列を乱さない。
「カイ、逃げろ!! これではお前の方が危ない!」
ムークも体力的には限界が来ているはずだ、ここで逃げたら彼も村人たちも助からない。そう思った
貝紫は絶対に退けなかった。
だが、魔物を追い払うのは子供である貝紫にはあまりにも無謀過ぎた。一匹のワーグが口で貝紫の
振るう棒切れを咥えてひったくる。唯一の武器が奪われ、魔狼の群れの目の前で丸腰となってしまった。
「カイ!」
ムークさが助けに行こうにも、守っている村人には戦う力はほとんどないため助けに行けない。
貝紫は慌てて逃げようとするが、既に退路にもワーグが回り込んでおり、挟み撃ちの状態になっていた。もはや、完全にワーグたちの独壇場だ。貝紫たちをどうするのも奴らの思うがままだ。
もしムークの言う通りすぐに逃げていたら……だが、逃げていたいたらで、ムークたちが助かる可能性はなかった。
わずかでも、助けられる方法を選んだつもりだったのにこんな結末になるなんて、神様はなんて理不尽なのだろうかと
貝紫は恨まずにはいられなかった。
ワーグが貝紫の方を先に仕留める事に決めたのか、数匹が貝紫の前に出てきてじりじりと近づいてくる。
この期に及んでなぶり殺しにするつもりなのだろうと貝紫は思った。こうなったら、最期の最期まで素手で抵抗するしかないと覚悟を決めた貝紫は群れに細腕を構える。
「来やがれ……せめてワーグと村人たちが助かるように、お前らに少しでも傷を負わせてやる!」
「やめろカイ! そんなことしたら余計苦しむだけだ!」
「だからって、何もしないでこのまま食い殺されるのなんてごめんだ! 俺だってもうこの村の人間だ! 村のみんな守るために最後までやってやるぜ!」