第27話 いざ、山へ
「ふっふっふ……これは大成功じゃないですか白刃お嬢様」
「ええあきと殿、これは間違いのなく疑いようもないほど、大成功でございます」
「これなら」
「はい、かならず」
まだ上りきらない朝日がカーテンの間から差し込み、ほんの少し暗い部屋で僕らは頷き合う。まるで悪だくみでもしている殿とお姫様のように。
「喜んでくれるね」「喜んでくれますね」
*
「よーし、全員揃ったなー!」
現在時刻は8時2分。駅前で集合し、全員集まったのを確認したカズが号令を取る。
「はーい」
「はい」
「……っす」
僕と白刃さんは目が覚めているけれど、眠り姫はどことなくダルそうだ。
「体調は問題ないかー? 喉、頭、体など痛めているところは無いかー?」
「問題ないです」
「僕も」
「……あたしもー」
……神来社さん、返事がワンテンポ遅れているけれど大丈夫なのかな……?
そんな彼女を見て心配したのか、一人だけガチめで使いこなされた登山装備に身を包んでいるカズは神来社さんに近づき、手のひらを彼女のおでこに当てた。
「ふーむ、熱は無さそうだな?」
「……カズ? 今すぐこの手を離さないと関節技決めてやるわよ」
「大丈夫だ、俺は関節柔らかいからな!」
「ふんっ!」
彼女は気合を込めるような声と共に一瞬、とんでもない覇気でその身を包み、シュッ! っという擬音が聞こえそうなスピードで手を伸ばす。しかしその手は空を切る。カズは一瞬で体を引いて、避けていた。
「ほっ、さっすが合気道ウーマン!」
「うるさいっ、人前であんまりそういうこと言うなっ」
「まぁ体は万全みたいだから安心だ!」
カズのその言葉に何かしら思うところでもあったのか、少し黙りこくったあと眠り姫は静かに声を発する。
「……はいはいあたしの負けよ。体調は問題ないから行くわよ」
「はは、あんな本気で技をかけに来たのに体調不良だったらビックリするぜ!」
「次は二秒で仕留める」
「眠り姫ちゃん、こわーい!」
茶目っ気たっぷりな声色で楽しく叫ぶカズを、気持ち悪い物でも見るように冷たい表情で見つめ返す神来社さん。いつもの二人のノリが見えた気がする。
「ねぇ白刃さん、あれやばいよね……?」
「はい、あれは本当に合気道の動きと間合いでした。絶対に敵に回したくありませんね」
「あ、そっち! いやそっちもだけど!」
「ん? 他に何かやばいことがありましたか?」
「それをいとも簡単にいなしたカズも、やばくない……?」
「―あ、そういえばそうですね。彼は暴れ馬ならぬ暴れ姫をなだめられる王子様です」
「お、王子様かぁ……。どちらかと言えばめちゃくちゃに強い平民が、実力で成り上がった系が似合うかな? なんて、はは……」
「言われてみると、たしかに。生まれは質素だからこそ性格が爽やかで明朗、そんな節がありそうですね」
「そう! 辛く貧しい生活を味わってきたからこそ、無自覚に異性どころか周りの人が喜ぶことをして回るような主人公っぽさとか!」
「ありますね、あります。モテモテなのに最後、結局は同郷の幼馴染の女の子を選んで尽くしてしまうような一途さとか」
「分かるぅ……分かりみが深い……あなたはホントよく分かってるよ……!」
「いえいえ、お褒め頂き光栄でございます」
「そこの二人ども! ほら! さっさと来なさい!」
山へ向かって先導する王子様の後に付いていってたお姫様は、おしゃべりに夢中でちょっと距離が離れていた僕らに向かって怒ったように叫んでくる。
けれど多分、彼女が怒ってる理由は僕らだけで楽しく話していた事でも、距離が離れていたことでもなく。
歩幅を大きくし、少しずつ近づきながら白刃さんが何気なく言う。
「照れてますね」
全くその通りだと思い、同意する。
「うん、きっと照れてるねぇ」
「可愛いですよね」
「うん、可愛らしい」
「あとどれぐらいでくっつくと思います?」
「うーん、お姫様が詰めたら一瞬かもね」
「『王子様は避けがお上手』ではありますが、詰め切れるのでしょうか」
「とあるきっかけで、避け続けた王子が最後逆にぎゅっと抱きしめにくるっていう、泣ける展開でさ」
「最高ですね」
「でしょ?」
「あんたらさぁ……!」
どうやら彼女は耳が良いようで、僕らの会話も聞こえていたみたいだ。
きっ! と武道の気迫を纏いながら睨んでくる神来社さんへ、僕らは特に弁明などはせず誰かさんも使っていた手堅いリアクションで応答する。
「こわいよー姫さん」
「武神を呼び起こさないで下さいませ、こわいです姫様」
「御船! 白刃! なんであんたらまでこんな朝っぱらからちょっとテンションおかしいのよ!? おかしいのはカズだけで十分だっての!」
「俺のこと呼んだー?」
「読んだけど呼んではいねぇ!」
「んー? なんか俺には状況がよく分からなかったから詳しく説明してもらっても良いか?」
カズは僕らに聞いてくる。それに対して白刃さんが
「王子様の腕を掴むのには時間がかかりそうですね、というお話です」
とクールに言いのける。続いて僕が
「そうそう、お姫様はとんでもなく強いのにね」
とクールジョークに乗っかる。
「だーかーらー!」
我慢の限界を迎えたであろう眠り姫は、じっくり溜めに溜めて感情を爆発させた。
「ツッコミが足らねぇっっっっっっつってんだああぁぁぁぁぁあぁあぁぁ!」
切実な怒りのシャウト。彼女の叫び声はやまびこになってまで帰って来た。
朝。眠り姫が気だるげにしていたのは「この三人のボケを一人で相手にしないといけないのか……」と考え憂鬱な気分になっていたからである。
弁当や登山など諸々の準備で苦労していたのは僕と白刃さんとカズであろう。
しかし今日一日、継続的かつ一番苦労することをさとってしまったのは間違いなく、眠り姫でありましたとさ。




