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人魚姫の憂鬱なる独り言  作者: 柚貴ライア
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11話 人魚姫の幸福

建国の王に嫁いだのは、まさかの身内でした。


なんだか感想がラノベのタイトルのようになってしまったけれど、この時の私は本当に驚いていたのよ。


《ラメールの建国の王は、私の15番目の姉を妻にしたのだ》


お伽噺の中でもコーラル様は「人魚姫」として扱われていらしたので、同族なのだろうな。

とは思っていましたけど、まさかの伯母様でした!


お父様は15番目の姫として私が生まれたときに、お姉様の事を思い出したと続けた。


お父様によるとコーラル様も(本当の名前は、人間の言葉では発音できないのでこのお名前で呼ぶことにした)ずっと人間の世界に興味を持っていらした方だったらしい。

私が成長し、どんどんとコーラル様に似てくるのでお父様は不安を抱えていたのだいう。


「お父様、今お姉様達は如何されているのですか?」


《謹慎をさせている》


お姉様達、ごめんなさい!

私のために、ご自分の美しい髪を代償にして短剣を作って下さったのに!


「お父様、お願いです!お姉様達は悪くないので、許して差し上げてください」


《───ならぬ。そもそも、あの魔女の所に行く事は禁じていたはずだ。それをお前たちはあっさりと言いつけを破りおって……。

姉たちには私からの罰を、お前にはレムロード殿から罰を与えてもらうことにしよう》


お父様は何故、海の魔女の存在を隠していたのか、そしてその存在を知ってしまった娘たちに会うことを禁じたのかの説明をした。


簡単に説明すると。

①そもそも罪人で、実はあの場所に幽閉されていた。

②コーラル様に人間界に行くことを唆した張本人だから。

ということなのだけれど、①の事により海王の一族を怨んでいたので②に繋がったというのが経緯らしい。


お父様、この件は隠すよりも初めから事実を私たち姉妹に告げていてくだされば良かったのに───


でも、だからこそ今の私があるのだけれど。


魔女には何か罰が与えられたのか聞いてみると、お父様からの罰はなかったという。


《魔女には罰は与えられぬ。その代わりに二度と悪巧みもできないがな》


魔女は呪いの撥ね返りによって、完全に石化してしまったらしい。

元々、コーラル様の時に呪いの失敗で下半身が石になっていた魔女は、あの場所から動けない状態だった。

そんな魔女におびき寄せられたお間抜けな私。


灰色の鱗だと思っていたのは、鱗が石化していたためらしい。


《魔女はあのサハギンとなった娘に使い魔を送ったのだ、そしてお前が海に還した短剣を授けた》


ルキャナ嬢のあの魚人化した姿は、サハギンだったのですね?話には聞いた事があったのですが、初めて見たので結びつきませんでした。


《魔女の正体はサハギン族だ。魔女は初めからあの短剣に呪いをかけていた。あの短剣を使おうとした者と魔女が入れ替わる呪いだ》


「そんな呪いがあるのですか?」


私、お姉様たちから頂いたときに一度鞘から抜いてみましたが、「使おうとしなければ」発動しないのでしょうか?


《長い年月を掛けて魔女の作り出した呪いのようだが、結果はあの様に失敗した》


どうやら魔女は、初めは私と入れ替わるつもりだったらしい。その為にお姉様たちにあの短剣を持たせた。

ところがその短剣を私が海に還してしまったので、慌ててルキャナ嬢の元へと届くように仕向けたのである。


だからこそあの時のルキャナ嬢は、私の正体が人魚であることを知っていたのだ。


海の魔女が完全に石化し、ルキャナ嬢もサハギン化してしまった今となっては、魔女がどのようにしてルキャナ嬢を唆したのかはもはや知ることができない。


ただ───サハギン族の中にありながら、人魚族の姿に変化していた魔女の力が強大であったことを考えると撥ね返った呪いもまた強かったことが解る。


《魔女はあの人間と自分の意識を入れ替えて地上で自由に動ける身体を欲しかったらしいが、最初に潰されてしまったのが人間の娘の自我だったのだ。交換する対象を失った呪いの術は暴走をした。

結果、交換したのは肉体だったということだ》


「では、今石化している魔女の身体は───」


そう問い掛ける私の横で、レムロード殿下が息を飲むのを感じた。


《人間の娘の身体が石になっておる》


つまりは海の中で石化しているのはルキャナ嬢の身体ではあるが中身は魔女の意識であり、地上で囚われているのはサハギンの身体のルキャナ嬢ということなのだろうか。


《いいや、すでに人間の娘の自我はない。潰されたと言ったが、「崩壊」といった方が良かったか……。今は、何も残ってはいない》


おそらく、彼女にとってはその方が幸せなのかもしれない。

自分の容姿に自信のあった彼女にはサハギン化してしまった今の姿は耐えられないだろう。


元々鱗を持っていた人魚の私でも、あの黒く固い禍々しい鱗で全身を覆われるのは想像しただけでも苦痛でしかない。


《人間の王子よ───》


お父様がレムロード殿下に話しかけた。


《我が娘を人間の姿に変え、そなたの前に授けたのも海の世界の魔法だが───

あの娘を醜い姿に変えたのもまた海界の魔法だ。どちらもそなたたちの日常からはかけ離れた事象だとは思うが、どれも同じ魔法なのだということを覚えていて欲しい》


(───過ぎたるは猶及ばざるが如し、ですね)


「薬と言われているものも、使い方によっては毒になるということですね?」


(───薬も過ぎれば毒となる、でした!)


お父様と殿下のお話に、口を挟まなくて正解でした。


《我が一族は、古来より王子の一族を気に入っている。だからこそ二度にわたり、姫が嫁ぐことを認めているのだ。このことに恥じぬ治世を行なって欲しい》


「誓います。レムロード・リオンは、マーレ・ラメールという海の名に恥じぬ治世を行ないます。そして、海の姫を賜った幸運に感謝し、我が生涯を掛けて姫をお守りいたします」


レムロード殿下は、映像のお父様に向かって誓いの言葉を述べてくださった。


初めはお顔を拝見しての一目惚れだったけれど、こうしてお側で暮らしているうちに私はレムロード殿下の優しさ、精錬さ、潔さ、力強さに何度も恋に落ちている。


本当にお会いできて良かった。この世界に転生してきて良かったと、心から思う。


「お父様、私はお父様の娘に生まれて幸せでした。これを誇りにこれから人間界で生きて参ります。レムロード殿下の隣で、いつまでも人間界と海界の平穏を祈り尽力して参りたいと思います」


《うむ。「───」よ、達者でくらせ》


お父様は最後に、私の本来の名を呼んでくださった。


それはもう二度と私の喉では発音する事のできない、二度とこの耳では聞き取る事のできない名前であった。


私の名を呼んでくださったお父様の声の余韻に浸っている間に、海上にできていた巨大な水の幕は再び元の海水へと戻ってしまった。


私は敷物の上に蹲って泣いた。


150年間お世話になりました。ありがとうございます。お父様───




どのくらいそうしていたのだろう、私の身体をレムロード殿下が抱き上げてくださった。


「城に戻ろう、コライユ」


「はい」


私は殿下に抱き付くと、その首元に自分の額を摺り寄せていた。


「今夜のコライユは甘えん坊だね」


「今夜だけです。明日からは───」


「私にだけは、ずっと甘えん坊のコライユでいて欲しい」


レムロード殿下は、私を抱えながらもしっかりとした足取りで砂浜を歩いていらっしゃる。


「明日からコライユには、王太子妃という肩書きも背負ってもらう。でも私の前でだけは、可愛いコライユのままでいて欲しい。私が───レムロードという一人男が、君を愛するためだけに存在する時間を与えて欲しいんだ」


そう、明日私が王太子妃となるのが不安なように───いえ、それ以上にレムロード殿下はいずれこの国の王となるプレッシャーの中で暮らしている。


今後、私がどのような妻となり殿下にお仕えできるのかは解らないが、殿下の安息を守れる存在として共にありたいと願っていた。


「殿下───」


「二人だけの時は名前で呼んで?」


甘い声で催促される。


「レムロード様」


「うん?」


「今宵は、私の部屋に来てはいけませんよ?」


「えっ?」


ああ、その顔はいらっしゃるつもりでしたね?


「今宵はお義母様が、お泊まりになります」


「何故?」


嫌だわ、そんな可愛い表情でがっかりしてみせないでくださいな。


「明日のコユのドレスは、デコルテが大きく開いているからね。コユの綺麗な白い肌に痕なんかつけられたらドレスが台無しだからだよ」


レムロード殿下の腕の中から私を抱き取り、車椅子に乗せてくれたのはお義兄様だった。

どうやら私達が海岸から戻ってくるのが遅くて、迎えに来てくださったみたい。おそらくは、お義母様からの指示だと思うけど。


「では殿下、おやすみなさいませ」


お義兄様は、私たちには挨拶をする時間さえ与えずにその場から立ち去ってしまった。


私は何とか振り返って「殿下、おやすみなさい。また明日……」と手を振るだけで精一杯だった。


呆気に取られたままの殿下だったけど、条件反射で手だけは振ってくださっていた。




レムロード様、数時間後には私はあなたの妻ですよ。

ずっとずっと、可愛がってくださいね。




二度と私の独り言が憂鬱なものにならないように───。






















長らくお待たせしました。

これにてこのお話は完結です。


最後までお付き合い頂けて嬉しいです。


ありがとうございました。

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