八十話 らしくない
「今日は二人で軽くダンジョンに潜る予定だったんだが、待ち合わせ場所に来なくて、家に行ったんだ。そしたら扉の前にこれが挟まっていた」
そうしてカウルが取り出したのは、一枚の紙。
『今までありがとう』
それだけが書いてあった。
「心当たりは?」
「ない……いや……」
考え込むカウル。
「どうなんだ?」
「多分…だが…」
煮え切らない態度を取るカウルに、俺は思ったまんまをぶつけてみる。
「昨日のことが原因か?」
そう言うと、カウルはゆっくり俺を見つめた。そして、苦しそうに呟いた。
「……あぁ、おそらく」
「昨日もしかして、何か情報を掴んだんだろ?」
「…そうだ」
やっぱりか。悪い予感は当たってしまった。
「実は俺たちも話を聞いたんだ。十年前の事件の事。だが、彼女には伝えない方が良いと判断した。理由は分かるだろ?」
「あぁ、あれでは…いくらなんでもソフィアがーー」
可哀想すぎる。その言葉をカウルは言わなかった。が、俺にはそれだけで十分だった。
「ソフィアは多分、この町を出たんだろう。今なら追い付けるかもしれない。行くか?」
そう問いかける。カウルは少し戸惑っているようだった。それは、いつも自信満々に振る舞う彼の姿ではなかった。
どうしたんだ?そう思っていると、彼は言いづらそうに言葉を吐き出す。
「俺なんかが……関わっていい問題なんだろうか?」
は?何を言ってんだ?
「俺は昨日話を聞いて、あまりにも自分とは違いすぎる問題の大きさに怖くなった。そして、その中にソフィアが居たことに…胸が苦しくなった。それでもアイツは自分で決めてしまった。それは、俺なんかじゃ絶対に真似出来ない事だ」
カウルの口から出る言葉に、俺は沸いてくる怒りを感じた。
「……その決意を考えると、俺が行ったところでーー」
「ばか野郎!!」
その言葉を聞いた瞬間、思わずカウルを殴ってしまう。不意を突かれたカウルは、ギルドの床に転がった。辺りが一気に静まり返る。それでも、我慢できなかった。
「お前が連れ戻さないでどうするんだ?俺がまた行ってやるのか?それで彼女は戻ってくるのか?」
カウルは呆然としていた。
「一人で行った理由なんて目に見えてるだろ?お前を巻き込みたくないからだ」
「……俺を?」
「ずっと一緒にパーティ組んでたくせに、そんなことも分からないのか?」
俺は先程受け取った紙を見せる。
「これは誰でもない、お前だけに宛てた言葉だ。彼女はお前に感謝してるんだろ!彼女のためにダンジョンに潜って、彼女のためにBランクに留まって、彼女のために散々無茶してきたんだろ!それがちゃんと伝わってたって事だろ!だから、これ以上巻き込みたくないと思ったんだろ!」
「俺は……ただ、自分のやりたいようにやってきただけだ。…別にソフィアは関係ない」
「だったら、今度もやりたいようにすれば良いだろ?お前はどうしたいんだ?」
カウルは座り込んだまま必死に口を開いた。
「俺は…あいつを連れ戻したい。多分あいつがやろうとしていることは間違ってる」
俺はカウルを立たせる。
「なら、やることなんて一つだろ?もう一度聞くぞ?行くのか?」
「……ああ」
「なら直ぐに行くぞ」
その時だった。
「ちょっと!テプトくん!何やってるの!?」
人混みを掻き分けてセリエさんがやって来た。
「すいません、セリエさん。後のこと頼みます」
「へ?何いって…って!ちょっと!テプトくん!?」
その言葉を無視して俺はカウルと共にギルドを出た。これじゃ、また怒られるな。
「馬を借りよう。カウルは乗れるか?」
「いや、経験はない」
「じゃあ、俺に掴まってろ。行くぞ」
それから、近くの馬屋に行って馬を借りる。急なことに主人は戸惑っていたが、金貨を二枚掴ませると、どれでも好きなのを持っていって良いと言われた。
沢山いるなかで、わりかし丈夫そうな馬を選んで跨がる。カウルを馬上に引き上げて後ろに乗らせた。
大の男二人が跨がるのだ。馬としてもきついだろうが、頑張ってもらわなくちゃな。
「頼むぞ?」
そう言って、馬を走らせた。
「おわっ!」
後ろでカウルが驚きの声を上げる。こいつにも頑張ってもらわないとな。
そのまま俺達は町を出た。
ほんと、らしくないことをしてしまった。先程のことを思い出しながら俺はため息を吐いた。
きっと俺は羨ましかったのだ。俺と同じ万能型でありながら、自分のために必死になってくれる仲間を見つけたソフィア。不器用ながらも、己の道を行くカウル。二人はお互いをよく理解しあっていて、助け合いながら冒険者を続けている。たとえその道がイバラの道であったとしても、彼等は決して諦めなかったのだ。仲間が見つけられず、諦めてしまった俺から見れば、二人はとても輝いて見えた。そして、お互いを思いあっていたからこそ、今回のような事が起きたのかもしれない。
だから、腑抜けたカウルの気持ちも分からないわけではない。それよりも、ソフィアの決意が固かったというだけの話だ。
このまま終わらせるわけにはいかない。だって、こんな幕引きをするために、彼等は頑張っていたわけじゃないはずだ。
いや、もしかしたらソフィアは最初からーー。
「昨日は嘘を言って悪かった」
突然、後ろからカウルが話しかけてきた。
「黙ってろ。舌を噛むぞ!」
話は後だ。推測だと彼女は、王都に向かったはず。王都に行けば、事件によって処刑された者、牢獄に入っている者、失踪した者たちをより詳細に調べられるからだ。それを調べた後に、彼女が何をするかなど、想像もしたくはない。しかし一人で行ったということは、そういうことなのだろう。
『一番怖いのは魔物じゃない。人間よ』
ソカの言葉が思い出される。
今になって、安易にソフィアを店に連れていった自分を呪いたくなる。ソカが、あの店に俺を連れていってくれたとき、『あなたのためになると思って』と言っていた。余計なお世話だと思ったが、俺だって同じじゃないか!
二人を助けて、いい気になっていたのだ。馬鹿か俺は!
本当にらしくない。
後ろで、必死にしがみつくカウルの腕の強さが強くなるほど、胸が苦しくなった。その苦しみは、腕の締め付けによって起こるものではなく、気持ち的な問題だろう。
「……ソフィア」
時折後ろから聴こえるその呟きが、より一層胸を締め付けたからだ。




