八十一話 カウルの不器用なやり方
「ソフィアだ!」
後ろからの声にハッとする。見れば、遠くに一人で歩いている人影が見えた。それが彼女かどうか分からないが、カウルの声は確信に満ちていた。
だんだん見えてくると、それがソフィアだと分かった。直前で馬を止める。
彼女は突然のことに驚いて振り向いた。
「テプトさん……カウル」
「ソフィア!」
カウルが飛び降りる。そしてそのまま崩れてしまった。どうやら慣れない乗馬に、足腰をやられたらしい。
「カウル、どうして?」
カウルは立ち上がり、ソフィアに歩み寄っていく。ソフィアは後ずさりをした。
「これは、なんだ?」
カウルが掲げたのは、ソフィアの置き手紙だった。
「それは……ごめんなさい。でも、もう決めた事なの」
「決めた?何をだ。それだけじゃ分からない」
「私は奴等に復讐をしなければならないの。そのために今日まで生きてきたのよ」
やはりそうだったのか。
「俺は今まで、そんなことのために協力してたわけじゃない」
「私は最初からそのつもりだった!もしも呪いが解けたなら、奴等に同等以上の苦しみを味合わせてやると決めてた!父に偽物の魔晶を渡した奴も、母を殺した奴も、全員に!」
「方法は?何か考えがあるのか?」
「そんなの無いわ!でも、今までのことを忘れて私だけ幸せになることなんて出来ない!十年経っても、父や母と過ごした暖かな日々は今も私の胸を焦がしてる。……どうしようもないのよ。…今まで黙っていてごめんなさい」
ソフィアは悲しそうに謝った。それは、たぶんカウルに言うつもりのなかった言葉だったのだろう。カウルはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「俺もずっと言ってなかった事がある。…俺は最初に仲間が死んだ夜、お前に酷い言葉しかかけてやれなかった。その後もいろいろあったが、随分と身勝手な言葉をお前には言ってきた。だが、俺はそんな出来た人間じゃない。……俺はソフィアの方が凄いと思っている。正直、お前は冒険者に向いていない。というより、戦いに向いていない。にも関わらず、お前は懸命に呪われた運命と向き合い、いつも笑っていた。俺は、お前を見ていると自分がとても小さく見える。だから、必死でお前の傍に居られる人間であるよう振る舞ってきた。お前を守れるよう戦ってきた」
「……カウル」
「だが、お前に対する劣等感は消えなかった。だから、この手紙を見たときに俺は不安になってしまったんだ。俺には、お前の傍にいる資格を得られなかったんじゃないかと」
「そんなこと…ない。カウルは凄い。私なんかより強くて、勇敢で、努力をしてきた。私はそれを近くで見てきたから知ってる。ずっと負い目を感じてた。私が足を引っ張っていることに。でも、カウルの優しさに甘えるしかなかった。それを分かってて私はあなたと居たの。でも、今回は私一人で戦わなければいけないと思ったの。あなたについてきてなんて、口が裂けても言えなかった」
「どうしても復讐をしなければダメなのか?」
「分からない。でも母を殺され、呪いを受けたあの日から、それだけを思って生きてきたのよ?今さら変えられない!」
「ならーー」
カウルは、背中の大剣を抜いた。
「俺を倒してから行け」
「そんなの無理よ!私がカウルに勝てるはずない!」
「それでもやるんだ。…俺は覚悟が出来てなかった。今までこうやってお前を縛ってきた。そうすることでしか、お前の傍にいることは出来ないと思い込んでいた。だが、今回は違う意思を持って戦う。もう迷わない。本気でお前を行かせたくないと思っているんだ。たとえ、この先お前に憎まれようと構わない。それに、お前が本気でやったらどうなるか分からない。お前は俺よりも魔法が上手だ。弓だって扱える。勝てない勝負じゃない」
ソフィアはそれでも頭を振った。
「出来ないよ。どうしてカウルと戦わなきゃいけないの?」
「それが俺のやり方だからだ」
黙って見守っていた俺は、冷や汗をかきはじめていた。おいおい、マジかよ。
念のため、いつでも回復魔法を使えるように準備する。
「どうして、私のためにそこまでするの?」
「それはお前が、俺にとって大切だからだ。もう十分お前が苦しむ姿は見てきた。これ以上お前が苦しむ姿は見たくない」
「どうせ、このまま生きていても苦しいのよ?」
「それは俺には分からない。ただ、お前がやろうとしていることが間違っていることだけは分かる」
「そんなの私にも分かってる!でも、どうすれば……」
「俺が幸せにしてやる」
カウルは、大剣を構えた。切っ先がソフィアに向けられる。
「……え?」
「俺が幸せにしてやると言っているんだ。この先、どれだけかかろうと絶対に諦めない。お前が復讐を諦めて、何ものにも代えがたい幸せをその手に掴むまで、俺がずっと協力してやる」
ソフィアは口を開けたまま固まってしまった。
「どうした?剣を構えろ。これが今日から始める俺の最初の戦いだ。この先、幾度も訪れる困難に抗い、お前の幸せを掴むための最初の戦いだ」
それでも、ソフィアは剣を構えなかった。彼女は呆然と立ち尽くしていた。やがてその瞳から涙が溢れた。
「なっ!?なぜ泣く!?」
突然のことに戸惑ったのはカウルだった。
ソフィアはそのまま泣き崩れ、カウルが駆け寄ってその身を支えた。
「うっ……そんなの…ずるいよ」
「ずるい?」
「だって、私は……自分のためを思って生きてきた…なのに、カウルはそんなこと…全く思ってない」
「当たり前だ。俺はこれでも幸せに生きてきた。苦しみを味わってきたお前が、自分自身のことを思って何が悪い?」
「うっ…う…」
ソフィアはそのまま大声をあげて泣きはじめてしまった。カウルは、困ったような表情で彼女をなだめる。
俺はその様子を見て、額の汗を拭った。
なんとかなりそうだな。一時はどうなることかと思ったが、カウルの本気が勝ったようだ。本気過ぎてマジで危なかったが…。
寄り添う二人を見ていると、なぜだか暖かい気持ちになる。きっと、お互いが本音で話したのは、これが初めてなのだろう。それまで二人は、お互いを気遣ってやってきたはずなのに、相手を思えば思うほど、自分と相手のズレを感じて何も言えなかったのだろう。
だが一度話し合えば、そのズレなど些細な事なのだということに気づく。それを、些細にしてしまったのは、他でもない今までの彼等なのだから。
仲間か。カウルとソフィアが、その『仲間』というのに該当するのかは怪しいところがあるものの、とりあえずはパーティメンバーという枠組みだ。
そんな奴があと一人でも居れば、ランク外侵入などしなくても済んだだろうに。まぁ、そのお陰で今という結果がある。それが良かったのか悪かったのかは神のみぞ知ることだが、とりあえずは結果オーラ……。
ん??
今、俺は何を思った?
あと一人でも仲間が居れば、ランク外侵入などしなくても済んだ?
その時、俺の頭の中でとある仮説が電撃のように浮かび上がった。
おいおい、なんで今まで気づかなかったんだよ。その仮説に、我ながら驚愕した。
これは、調べる価値があるな。
「カウル!ソフィア!」
俺は二人の名前を呼ぶ。カウルは振り向き、涙でグシャグシャのソフィアは、カウルの服で涙を拭い、ついでに鼻をかんで顔をあげた。
「悪い、急ぎの用事が出来た。俺はギルドに戻る!」
「え!?」
カウルが驚きの声を上げる。
「どうせ、三人も馬には乗れないんだ。我慢しろ!」
言って、馬を反転させる。おっと、そうだ。
「ソフィア!復讐するにせよ、しないにせよ、一度ギルドに顔を出せ!お前はまだタウーレンの冒険者なんだからな?辞める手続きくらいはしっかりやれ!まぁ、復讐するなら、その時は俺が説得するまでだがな!」
そう言って、俺は馬をタウーレンに向けて走らせた。鼓動が早くなる。
ようやく見えたのだ。『ランク外侵入』を防ぐ手掛かりが。
ラストスパート!




