四十一話 ローブ野郎の独壇場(前半)
「それじゃ、今回の会議はこれで終了でいいかしら?」
重苦しい空気の中、ミーネさんが静かにそう切り出した。
バリザスが立ち上がる。続けて誰かが立ち上がる音がした。
その時。
「クックック……皆さん…何かお忘れじゃないですか?」
ローブ野郎がそう言い出した。
「お前の存在か?」
「グッ!?」
安部の部長はさらりとそう言って立ち上がり、彼の何気ない一言は確実にローブ野郎にヒットしていた。それでも、ローブ野郎はその奇妙な笑い声をあげ続ける。まるで、何かを訴えているかのように。
あぁ……魔血の事か。
ようやく理解する。それから、軽く咳払いをした。
「あー…すいません。会議の冒頭で言った魔水の対策について、まだお話してませんでした。良ければもう一度座っていただけますか?」
見れば、ローブ野郎は親指を突き立てて弱々しく笑っている。それは事前に決めていた意志疎通、『完璧だ!』の合図だ。
いやいや、俺が説明をした後にする合図だっただろ。今使うなよ。ちなみに、説明をちゃんと出来なかった場合は、人差し指で二回机を叩いてもらうことにしている。これは、『仕方ないから私が説明します。話をふって下さい』の合図である。なぜ、こんなにも面倒くさいことをしているのか?
それは、彼が自分から発言する事を物凄く嫌っているからだ。彼曰く、「話し出すタイミングがわかりませんね」と言っていたのだが、さっきは普通に話してたよな?……足震えてたけどさ。
皆も思い出したのか、一瞬渋い表情をしてから自分の席に戻っていく。
「……そういえば言ってたわね」
ミーネさんが、ため息混じりに呟いた。あれ?なんかどうでもよくなってませんか?まぁ、確かに、時間的にはもうすぐお昼になろうとしている。終わったと思っていた事が、終わっていなかった残念な気持ちはわかりますけど、そんな露骨に嫌そうにしなくても。……ミーネさんは、やはり一味違いますね。
「では……前回、企画部部長より、魔血を販売する案がありました。検証してみたところ、問題なく運用出来そうだったので、再度この案の検討をお願いします」
「あぁ!?」
声をあげたのは安部の部長である。それは予想済みだったため、そちらを見ずに、ミーネさんを見つめた。
「テプト部長……検証ってどういうことかしら?」
ミーネさんは頬をひきつらせている。
「言葉の通りです。闘技場の地下施設にて、安全に魔物を召喚し、安全に魔血を採取しました。冒険者の数人にその効果を実感してもらったところ、とても良いとの事でしたので、やってみても良いのではないでしょうか?ちなみに、これが魔血を使用してもらった冒険者の感想です」
それから、俺は隅の方に放置していた紙の束を見せた。
「はぁ……テプト部長、あなたの行動力は尊敬に値するけど、手段を選ばないやり方は好きになれないわね」
額に手を押し当ててミーネさんは言った。
「その方法について詳しく聞いても?」
アレーナさんが手を挙げた。
「そんなもの詳しく聞いたところで何になる!?答えなんて分かっているだろう?ダメだ!!」
我慢出来なくなったのか、安部の部長が立ち上がった。弾みで椅子が倒れ、その音にローブ野郎がピクッと反応した。今ビビったな。
「皆もそう思うだろ?」
安部の部長は賛同を求めて、周りを見渡す。
「まぁまぁ……別に検討しようとは思っていませんよ?ですが、テプト部長は結果を残してます。彼のことだ。今回も何かしらの策を労した上で発言しているのではないですか?」
ハゲが穏やかに言った。「それに……それが分かっているから、聞く前に取り下げようとしているのでは?聞いてしまえば、通ってしまうかもしれないから」
「うぐっ!」
その言葉に、安部の部長は唇を噛んだ。図星だったのだろう。…それよりもハゲは、俺の肩を随分ともってくれるな。
「……良いだろう。納得のいく説明をしてみろ」
安部の部長は椅子を元に戻して座った。
「では、改めてーー」
コンコン。
それは、ローブ野郎が机を二回叩いた音だった。えぇ……ここでかよ?正直、彼に説明をさせるのは躊躇われた。なぜなら、彼はそういった説明をする時、決まって生き生きしだすからだ。生き生きしだした彼はなんというか…手に負えないのである。だから、無視して話を続ける。
「まず闘技場の施設についてーー」
コンコン。
「新たに分かった事がーー」
コンコン。
「…あるのですがーー」
コンコン、コンコン。
「……それは企画部部長より説明があります。…お願いします」
そう言って俺は座った。勘違いするなよ?お前のしつこい合図に、安部の部長がイラついてたからだぞ?今にも殴りそうだったんだからな?
そんな心の声など聞こえるはずもなく、ローブ野郎は咳払いをしてから立ち上がった。
「クックッ……闘技場に仕掛けられた秘密を、皆さんはご存知だろうか?」
そう話始めたローブ野郎。こいつ本当に話すの苦手なんだろうか?
「秘密?」
そう呟いたアレーナさんに、ローブ野郎はクックッと笑った。
「私もつい最近知った事ですが、あの闘技場には、建物の構造を利用して、とある魔方陣が組み込まれているのですよ」
おい、つい最近て。ちょっと盛っただろ?
「とある……魔方陣?」
アレーナさん、もう反応しなくていいです。奴は、わざとやってるんです。
「私も驚きました。実はあの闘技場には……召喚魔法の魔方陣が組み込まれているのですよ!!」
「なんだってぇぇ!!?」
「……テプト部長、あなたは知っているはずよね?」
ミーネさん……俺だって不本意ですよ。でも反応してあげないと、ローブ野郎はいつまでもその人差し指突きつけたポーズをやり続けるんですよ?
「なぜそんなものが組み込まれているのか?これは私の推測ですが、おそらく闘技場とは本来ーーー」
その時、遠くで昼の鐘が鳴ったのを聞いた。ローブ野郎は相変わらずポーズを変えて話をするのに夢中だ。もしかしたら彼は、この日のために練習をしていたのかもしれない。涙ぐましい事だ。しかし、そのかいあってか、ローブ野郎の話を皆真剣に聞いている。いや、なんでだよ。
俺にとってその説明は二回目である。しかも、前よりも内容が脚色されているような気がする。彼は話すのは苦手だが、目立つのは好きらしい。その懸命な姿は、もとの世界にいた頃の俺が、高校デビューをしようとしていた姿と重なった。
あー…これは長くなるな。




