『エリス・カルティーナ』②
カルティナ王城のとある廊下で会話が行われていた。王族の財宝を盗むためでもなく、国王を暗殺するためでもない。目的はただこの城から抜け出す。その一つだけなのだ。
「しーー!バレないように移動するのよ。メル」
「きゅー」
声を限りなく押し殺し少女がメルという魔獣に伝える。返事?は聞こえたものの、言葉が通じているかは分からない。
抜き足差し足忍び足で廊下を進んで行く。
「チラ⋯⋯チラ」
「きゅ⋯⋯きゅ」
曲がり角の死角に身を潜め、人がいないかを確認する。
「よし。行くわよメル」
「きゅー」
この道は安全と判断し進もうとしたその時
「バレていますよ。お嬢様」
すぐ背後から聞き覚えのある声が聞こえた。冷たくて澄んでいる声だった。
顔を震わせながらゆっくりと後ろへ振り返る。
背後にはやはり
「マリー⋯⋯」
専属執事のマリーがいた。音もなく近づいてくる様は幽霊に近い。
エリスは不本意ながら、自分の部屋に連れ戻された。
「どうして、廊下にいたのですか?」
マリーが慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐ。
「勉きょ⋯⋯⋯え〜と」
「⋯⋯サボりですね」
バレバレである。
「⋯⋯そーでーす」
「⋯⋯きゅー」
気まずい空気が流れる。
とりあえず、目の前にある紅茶を飲むことにした。マリーの様子を見つつカップに口をつける。何度も飲んだことのあるいつもの紅茶だった。美味しいということしか自分には分からない。
同じくマリーも紅茶を飲む。一つ一つの所作が完成されていて美しい。紅茶を置き、マリーが口を開く。
「気分転換がしたいのなら素直に言ってください。お嬢様の意志を出来る限り尊重しますから」
「⋯⋯本当?」
恐る恐るマリーの顔を見て問いかける。
「ふふ、本当です。信じてください」
笑っていた。安心させるような笑顔だった。
笑うことが好きだった。大抵、楽しいことや嬉しいことがあった時に自然となっているから。
人を喜ばせることが好きだった。褒めてくれるし、笑ってくれるから。
そっか、私のこと信じてくれるんだ
「うん!分かった」
「それじゃ、一緒にお買い物に行きませんか?」
「行くー!」
断る理由がない。元気よく返事をした。
それからすぐに身支度を済まして、マリーと一緒に市場へと向かった。
「おっかいもの♪おっかいもの♪」
リズムを取って、スキップをしながら道を進んでいく。上機嫌であることは誰の目から見ても明らかだ。
「お、第四王女様じゃねぇか!この果物買っていかねぇか。今なら安くしとくぜ」
「こっちの肉もどうだい!」
「肉と一緒に野菜もね!ちゃんと栄養摂らなきゃダメよ」
「えへへ、どれも美味しそう〜♪」
色々な店の人たちから声がかかる。エリスが国民から愛されている証拠だろう。
「お嬢様。分かっていると思いますが、全部は買えませんよ」
金銭的には問題ないのだが、あまりにも多いと食材を腐らせてしまう。それでは、店の人たちに失礼だ。
「⋯⋯分かってるし。ねぇ、メル〜」
そばにいた宝石獣のメルを抱きかかえる。顔を見合わせ、笑顔で返事を求めた。
「きゅー?」
メルは不思議そうに首を傾げた。
「メルと会話、出来ているんですか。お嬢様はそういう花持ちでもないですよね」
「出来るもん。私とメルは固い絆で結ばれてるもん。ねぇ〜♪」
「きゅー!」
「ほらー!」
さっきと同じ鳴き声だったが、少し熱意がこもっているように感じたのは気のせいだろうか。
エリスが『どやー!』みたいな顔でこちらを見ている。
「ふふ、失礼しました。お嬢様とメルはとても仲が良いんですね」
「そうでしょ〜♪とっても仲良しだし、いつでも一緒だよ」
エリスは再びメルを抱きしめ、頭を撫でた。メルは心地よさそうに目をとろんとさせている。
「マリー。私、フルーツ飴が食べたい!」
「そうですね、もうすぐ昼食ですが⋯⋯まぁ大丈夫でしょう。行きましょうか」
買い物をある程度済ませてからフルーツ飴の店へ向かった。
「これ二つください」
「あいよ。ちょっと待ってな」
飴が準備されるまで少し待つ。
「お嬢様ってフルーツ飴が大好きですよね。ほぼ毎日、食べているような気がします」
「うん、大好きだよ。お母様と建国祭で初めて食べた食べ物だから」
「なるほど。思い入れがあるということですか」
「嬢ちゃんたち待たせたな」
店員さんが二つのフルーツ飴をこちらに渡す。エリスは目を輝かせていて、早く食べたいという気持ちを抑えられないようだ。
「お嬢様。ベンチまで行ってから座って食べましょう」
「え〜〜」
「すぐ近くにありますから」
「⋯⋯分かった。じゃあ競争だー!」
「⋯はぁ」
勢いよくエリスが走り出す。
猪突猛進。誰にも止められない。
「お嬢様止まって。転んでしまうかもしれません」
食材が入った茶色の袋を持って、エリスに呼びかける。
「だいじょ⋯⋯あ」
エリスの視線が急降下、地面が急接近してくる。もちろん、つまずいて転んだからである。持っていたフルーツ飴も宙を舞っていた。
注意を聞かなかったエリスに天罰が下ろうとしたその時
「⋯⋯え?」
自分の影から手が出ており、体を支えてくれている。フルーツ飴もキャッチされていた。
「大丈夫か?」
上から声が聞こえた。頭を上げると白髪の男の子が目の前に立っている。首筋には黒い五つ花の紋様があった。
「うん、大丈夫。えっと⋯その⋯ありがとう」
支えられたまま感謝の言葉を伝える。
「怪我はないみたいだな。よかった。もう転ぶなよ」
立たせてもらい、フルーツ飴を彼から受け取る。そのすぐ後にマリーが慌ただしく駆け寄ってきた。
「お嬢様を助けていただきありがとうございます。なんと礼をしたらよいか⋯」
深くお辞儀をして彼に礼をしている。
「お気になさらず。怪我がなくてよかったですよ。それでは、用事があるので失礼します」
大人の対応をし男の子は去って行った。
「はぁ、お 嬢 様」
この言い方からして完全に怒っているのは明らかだった。
「⋯⋯ごめんなさい」
説教が終わるまでフルーツ飴を食べることはできなかった。
◇
「どこ行ってたんだ、レイ」
「ちょっと人助けをしただけです。気にしないでください店長」
黒髪の背は180cmぐらいあるだろう男性に言う。
「そうか、ならいいんだ。行くぞ」
二人の男は人気がない薄暗い道を進んでいった。




